メイドの少女
そのピンクブロンドの少女は洗濯をしていた。
彼女が洗っている白い布は、ベッドのシーツだろうか。あまりにも大きいため、タライに入れて足で踏み洗いをしている。
ちなみに、この世界にも簡易的な全自動洗濯機のようなものは存在するのだが、あまり複雑な機械はグレムリンなどの餌食になる。
その関係上、そう言った便利な家電(動力は電気じゃない場合がほとんどだが)は、維持費も含めてかなり高価となってしまうのだ。
故に、洗濯板での手洗いや、人力および魔術を併用した半自動洗濯機も、この世界ではまだまだ現役であった。
ロングスカートを捲り上げ、細い生足を惜しみなく露出する美少女メイド。
効率重視なのか、あまりにも大胆過ぎる格好だ。
しかし、周囲にはそれを咎めるべき他の使用人の姿が見えない――それもそのはず、彼らは面倒な重労働を新人に押し付けて、さぼりに行ったからである。
彼女の傍らには、山のように積み上げられた洗濯物。ひとりで終わらせるなら、かなりの時間を要するだろう。
しかし、メイドの少女はジャブジャブと音を立てながら、たった一人で洗濯に勤しんでいた。
「――おい、少し話、いいか?」
背後から、突然の声。
メイドの少女は驚くかと思いきや、落ち着いた態度で洗濯を中断して振り返る。
「……どちら様でしょう? ここはレイノルズ商会の私有地でございます。出口まで、案内いたしましょうか?」
「ああ、知ってる。だけどここに、攫われた知人が売られたって聞いたんだ。それを確かめたい。中に入れてもらえないかな?」
メイドの少女に話しかけたのは、旅人風の格好をした男だった。
あからさまな不審者である。こんな男を勝手に屋敷の中に招くようなら、メイド失格だろう。
「お言葉ですが、すでに不法侵入ですね。憲兵に突き出されても、文句は言えませんよ? 今なら、見なかったことにして差し上げます。あと、無謀な真似はしないことをお勧めします」
そっけない態度で侵入者をあしらうメイド。
だが男は無遠慮にメイドに近付くと、その耳元で囁いた。
「……エルフ、入ってるだろ?」
たったの一言。しかし、その一言で、メイド少女の態度は一変する。
そっけない態度から、やや警戒するような……彼女は観察するように、サファイア色の瞳を男に向けた。
「……エルフの奴隷がご所望ですか?」
「惚けるんじゃねえ。オレの鼻は誤魔化せないぞ? 村でも一番だったんだ」
そう言いながら旅人は被っていた耳当て付きのハンチング帽をずらし、自身の耳を――獣人の証拠たるオオカミの耳を見せた。
「なあ、生き辛い世の中だ。虐げられる者同士、助け合うことは大事だと思わないか?」
「……お断りします、と言ったら?」
「人攫いにお前の情報を売る。だが、それは俺の本意じゃない」
もちろん、嘘である。彼にそんなコネはない。しかし、メイドの少女は露骨にいやそうな表情をした。
ただ、それは人攫いを恐れているというより……『面倒臭い』とか、『厄介だ』といった感じの、眉をしかめた表情だ。
「……クソッ、なんでよりにもよって……!」
小声で悪態を吐く美少女メイド。その口遣いは、意外と乱暴なものであった。
「どうした?」
「……いえ、なんでもありません。それで? 具体的には、何をなさりたいのでしょうか?」
「ああ。とりあえず、リンスさん――俺の婚約者が、彼女がここに居るか確かめたいんだ。協力してくれるよな?」
もし、手伝ってくれないのなら、情報を売るぞ。
そんな脅し文句を言外に臭わせながら、獣人の男は言った。
「……確認するだけで、満足ですか?」
「当然、居たら助け出すにきまっているだろ。もし居なかったら……彼女がここに売られたのは確かなんだ。その時は、彼女を買った奴を突き止めたい」
メイド少女は考えるそぶりを見せる。獣人の男は良い返事を期待しながら待った。
そして、ついに結論が出たようだ。
「一つだけ、条件があります。これが守れるなら、女性の方々が捕らえられている場所まで案内いたしましょう――幸か不幸か、自分が彼女たちの食事係も担当していますので」
「よし、助かるぜ。で、条件ってのは?」
メイド少女は息を吸って一泊置くと、一言一言強調しながら、その条件を口にした。
「よろしいですか? 絶対に、騒ぎを、起こさないで、ください」
決して大きな声ではなかったが、その言霊には妙な迫力があった。
「ああ。心得た」
あまり深く考えていないのか、即答する獣人の男。
思いの外あっさりと第一関門を突破できたことに、彼は内心でほっと胸を撫で下ろす。
一方で、メイドの少女は「お前、本当にわかってんのか?」と、ため息を吐いていた。
「……要するに、今日は確認するだけ。救出するなら、日を改めてくださいってことです。ご理解いただけました?」
「大丈夫だ。てか、流石の俺も、昼間から騒ぎは起こさねえよ」
とは言っているものの、もし外の広場で恋人が売られていたら、彼は間違いなくその場で大乱闘を始めたことだろう。
その言葉が信じられる要素は皆無である。
「じゃあ、自己紹介といこうか。俺はヴォルグ。よろしくな」
「よろしくはされたくありませんが……私はミトと呼ばれています」
獣人のヴォルグは握手を求めたが、ミトと名乗ったメイドはそれを拒否した。
「……まっ、いっか。それより、速く案内してくれよ」
「お待ちください。それよりもまず、洗濯を手伝っていただく必要があります。すでに私が洗った分を、どんどん干していってもらえますか?」
突然の命令に、獣人ヴォルグ怪訝な顔をした。
「はぁ?」
「いえ、仕事を途中で投げ出すわけにもいきませんし。不自然な行動をとれば、すぐに疑われます。それは貴方からしても不都合でしょう?」
言いながらメイドのミトは足踏み洗いを再開する。
「いや、速くしねえと、他の奴が……」
「来ませんよ、絶対に。今頃空き部屋で、よろしくやっているはずですから」
メイドのミトはきっぱりと言った。
「どうしました? 洗濯を終わらせないと、いつまで経っても配膳に行けません。早く終わらせれば、それだけ早く恋人を探しに行けますよ?」
「……だあ~、分かったよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」
獣人ヴォルグは渋々と、張られた綱にシーツをかける。
そして、せっせとシーツの皺を伸ばす作業を開始したのであった。