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娼年赤ずきんは暗殺者   作者: ナナシノネエム
第二章 とある少年の物語
15/19

魔女狩り人形《ウィッカー・ウィッチ》

紅蓮(フラマ・ラ)の槍、(ンチェラム・)破滅の(イクシティウ)一撃よ(ム・ウヌス)……」


 その詠唱によって生み出されたのは、燃え盛る炎の槍。ただし、その色はさっきと違い、普通の赤い、あるいは橙色の炎だった。


 夜の闇の中、揺らめく炎に彼女の姿が照らし出される。

 建物を侵食する赤い炎と黒い炎、光と影のコントラストが、彼女をますます悪魔染みた姿に()せた。


 宙に浮く炎の槍は、彼女の(かたわ)らで膨大な熱量を溜めながら、射出される瞬間を待つ。


「――咎人共(スキュゥエラ)を貫け(・ピッカートル)


 そして、詠唱が終わると同時、三人を目掛けて炎の槍が放たれる。

 とはいえ、長い予備動作から真っ直ぐ飛んで来るだけの攻撃。戦闘の素人ではない三人は簡単に避けることができた。


 しかし、名も無き魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)の目的は、炎の槍によってコソコソと隠れた獲物を(あぶ)り出すこと。

 まんまと遮蔽物(しゃへいぶつ)の無い広場に引きずり出された獣人二人とメイド。彼らの姿を視認した人形は、黒い炎の詠唱を開始する。


憎悪に(フラマ・)燃える(オディウム)……」

「させねえヨ!」


 ジャクリーンは片手で銃を構え――。


 タァンッ、タァンッ!


 (いく)つかの乾いた発砲音。

 ジャクリーンの持つ銃から、鉛の弾丸が放たれた。


 だが、事はそう上手く運ばない。

 発砲の直前、危機を察した魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)。彼女は引き鉄が引かれるよりも少しだけ早く、対策となる詠唱に切り替えていた。


焔の壁よ(フラマ・ムルム)


 ゴウッと、風の音を響かせながら、弾丸の前に立ちはだかる炎の壁。

 しかも、ただの炎ではなく、魔術の炎だ。


 現実に干渉できるほどの(チカラ)を得た幻想(ほのお)は、(まりょく)の宿らない鉛弾をあっさりと拒絶する。

 推進力を失った弾丸は地に落ちる前に融解を始め、あろうことか炎の壁に呑まれて蒸発した。


「チィッ! やっぱり普通の弾丸じゃダメみたいだネ!」

 ジャクリーンは舌打ちしながら言った。


 ――以前にも記述された通り、この世界において銃は、剣や弓を淘汰できるほどの武器ではない。

 その理由は、魔力の存在がゆえだ。


 この世界の(ことわり)では、魔力は存在の価値(おもさ)を示す。

 具体的な例を挙げると、魔力を込めていない弾丸なら、殺せる魔獣はせいぜいゴブリン程度の小物相手だけなのだ(もっとも、口径が小さい拳銃程度では、魔獣でない普通のクマすら殺せないが)。


 そして、ドラゴンなどの上位魔獣や人間の枠をはみ出た英雄、あるいは魔女と称される存在だったり――逆に、その魔女を殺すための兵器だったり……そんな幻想的な存在と相対する場面では、この非情な現実が重くのしかかってくるのである。


 悲しいことに、ジャクリーンに魔力は無い。

 まったく保持していないという意味ではないが、単純に魔術として体外に放出するのが苦手だった。少なくとも魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)の防御を(つらぬ)けるほどの魔力を弾丸に込めることはできない。


 ……だが逆に言えば、魔力さえ込めることができるなら、原始的な武器でも魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)に対して有効であることを意味する。


 たとえば、そう――ミトが投擲(とうてき)した投げナイフのように。


 炎の壁を突き破ったそれは、ザクッと鎖骨を断つ鈍い音を立て、魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)の左肩に刺さった。


貫け(スキュゥエラ)


 即座に反撃する魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)は、短縮された呪文で小さめの炎を放つ。

 無感情な少女の顔は、ナイフが刺さったままであるにもかかわらず、苦痛に(もだ)えることすらない。


 ほぼ反射的に返された炎は真っ直ぐとミトのもとへ向かったが、少年メイドは難なく回避した。


炎よ、(フラマ・)貫け、(スキュゥエラ・)貫け、(スキュゥエラ・)貫け(スキュゥエラ)……」


 少女の口から、機械的に繰り返される呪文。連射される炎。

 しかし、彼女が少年メイドに(かま)けていると、横から何者かが斬りかかる。


「オラァッ!!」


 叫ぶ声の主は、剣を振りかぶった獣人のヴォルグだった。


 最高のタイミングで決行された、死角からの一撃。

 しかし、せっかくの奇襲なのに、(みずか)らそれを知らせるなんて愚の骨頂である。


 振り下ろされた彼の剣は、魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)の右手に受け止められてしまった。


「ハァッ!?」


 指が細い少女の手は、剣の刃をがっちりと鷲掴(わしづか)みにする。

 見た目からは想像もできないほどの怪力だ。(つか)を両手で握っているにもかかわらず、ヴォルグは剣を(まった)く動かせなくなる。


(魔力で身体能力を上げているのか? だが、俺だってかなり強化してるんだぞ!?)


 だが実際のところ、魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)にとって獣人の二人は、特別危険視すべき相手ではなかった。

 彼らの攻撃が自分に届かないことを、彼女は知っていたのである。


 圧倒的な魔力格差。彼女と対等に戦える相手は、そもそもかなり限定される。

 今のところ彼女にとって敵となるのは――皮肉にも、英雄になれなかった少年メイドだけだった。


炎よ(フラマ)……」


 心無き少女の唇が、ヴォルグを殺そうと詠唱を開始する。

 ヴォルグは直撃を覚悟する。


 炎が熱を帯び、彼の髪を()がし始める――しかし、今まさに炎が放たれようとしたところで、魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)は剣から手を離した。

 そして数歩後ろに下がり、首筋を狙って飛んできたナイフを(かわ)したのだ。


 ヴォルグを救ったのは少年メイド。

 彼がナイフで牽制(けんせい)したため、魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)は後退したのである。


 ミトはヴォルグの襟首をつかむと、後方に下がり相手から距離を取った。


「バカなんですか? こういう場合は剣から手を離して逃げないと。無駄死にしたいのなら別ですが」

「うっ……すまねえ、ミト!」


 言われてみればその通りだ。どうやら軽くパニックになっていたらしい。

 ヴォルグは素直に自分の判断ミスを(あやま)った。


「……」


 一方で、白髪褐色肌の戦闘機械は沈黙する。

 油断なく三人を視界に収めたまま、自身へのダメージを分析する魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)


 彼女が感じているのは、骨を断たれた痛み。だがそれだけでなく、どうやら即効性の神経毒を食らわされたようだ。

 おそらく、さっき肩に刺さったナイフにでも塗られていたのだろう。


「……死して(サルタント・)なお、(スーペル・モ)踊れ(ルトゥース)人形(・ドール)


 彼女は自分の身体を、魔力を使って無理やりに動かす。まるで、操り人形か何かのように……。


「毒自体は効いているみたいですが……彼女は文字通り、命ある限り戦い続けるでしょうね」


 少年メイドのミトは、感情を無理やり抑えたような声で言った。


「仕方ねエ。あまり使いたくなかったガ……切り札きらせてもらうヨ」


 いつの間にか二人に近付いていた、ハイエナの獣人ジャクリーン。

 彼女は弾を装填しながら、さりげなく二人の背後に位置取る。


 そして、リボルバーに装填する最後の一発には、懐から取り出した特別な弾丸を彼女は込めた。




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