剣の舞
「切り札があるなら、最初から使えばいいのに」
何かを隠し持っていたらしいジャクリーンに、ミトが不機嫌な口調で言う。
もしさっきまでの戦闘が、無意味にリスクを負わされただけだとしたら……この女上司との付き合い方を考え直さなければいけないかもしれない。
しかし、その心配は無用だった。
彼女の出し惜しみには、ちゃんと理由があったようだ。
「ヒャヒャッ! 悪いな! だが、コイツは高価なうえ、繊細なヤツでねエ。おまけに一発しかねえんダ!」
ヘラヘラと笑いながら、リボルバー銃のシリンダーをはめ込むジャクリーン。
一見すると不真面目な態度だが、それは不安や焦燥を隠している笑い方であるとミトには察することができた――これでも、そこそこの付き合いがあるのだ(その付き合いにはベッドの上の情事も含まれていた)。
だが、相談している間にも、新たな肉体操作方法を確立した魔女狩り人形は再稼働を開始する。
お喋りしている時間は、もう無いみたいだ。
「じゃあ、早くソレを撃ってください。それで終わりでしょう?」
「それができたら苦労はないさネ! さあミト、ボウヤ! どうにかして、こいつを魔女狩り人形の脳天にぶち込む隙を作ってくれ!」
言いながらジャクリーンは二発ほど発砲。そして即座に魔女狩り人形距離を取った。なお、牽制のために放たれた普通の鉛弾は、今度も炎の壁に防がれていた。
その場に取り残された二人も、再稼働した殺戮兵器に向かって、それぞれの武器を構える。
「じゃ! 任せたゾ!」
離れたところから気軽な調子で言ってくるジャクリーン。その無責任な態度にミトは舌打ちした。
「相変わらず、勝手なことを言ってくれるな!」
「で、どうすんだよ?」
ヴォルグが尋ねてくる。
二人の視線の先では、魔女狩り人形の少女が右手を掲げ、すでに詠唱を開始。再び紅の炎が彼女の周囲に浮かび始める。
「やるしかないだろ! クソッ! 弓矢さえあれば……!」
少年メイドはスカートを翻しながらナイフを構えた。
つくづく自分の担当が色仕掛けだったことを悔しがるミト。
とはいえ、普通の木製弓矢がこの場にあったところで、彼が魔女狩り人形を攻略するのは難しかっただろう。少年が想定しているのは、王子時代から愛用している特別製の弓だ。
そして残念なことに、そんな高価な弓がこの場にあるわけはなかった。
飛来する火球。それは向かってきながら分裂し、二人が経っている場所に炎の雨を降らす。
防ぐ手段はない。二人はそれぞれ別方向へその場を離脱した。
いま敵対している三人のうち、脅威となるのはナイフを投げたピンクブロンドの少女のみ。魔力の壁を越えられない獣人の二人より、真っ先に排除すべき対象は彼女。
人形の少女は感情の伴わない頭脳で、的確な判断を導き出す。
「紅蓮の槍……貫け」
新たなる炎の槍が、より排除の優先順位が高いミトに狙いを定め、威力よりも速度重視で放たれる。
ミトは飛び込むように身を投げ出し、地面を転がって攻撃を躱した。
「オォオオ!」
その隙を突くように剣を小脇に構えて吶喊するヴォルグ。ただ、魔力を剣に纏わせていないため、魔女狩り人形の肌に傷を付けることすらできないだろう。
ヤギ角の少女は額の宝石で警戒すべき少年メイドの動向を捉えたまま、突っ込んでくるオオカミの獣人に注意を向けた。
少年メイドから魔女狩り人形の視線が逸れる。
しかし、第三の――悪魔の瞳とも呼ばれる額の感覚器と、ヤギのように視野の広い横向きの瞳孔は伊達ではない。彼女の認識外に逃れることは困難を極める。
ゆえに、その事実を知っていたミトは下手に隙を突こうとせず、むしろヴォルグと一緒に攻撃へと打って出た。
攻撃は最大の防御。左右からの挟撃。
逆に守りに入って、彼女に対処以外の行動を許すのは悪手。
隙を作るためにも、ガンガン攻めるべきなのは、決して間違いではないのだ。
別々の二方向から、ほぼ同時の攻撃。
だが、魔女狩り人形慌てない。
機械のような彼女の思考は無慈悲に、そして冷徹に最適解をはじき出す。
「炎よ、断罪の刃と為れ」
彼女を中心にして周囲へ突き出すように展開される炎の刃。
敵が向かって来てくれるなら、迎え撃てばいい。単純な論理だ。
「――回れ」
あえて喩えるなら、それはミキサーのように。炎の刃は無差別に、そして無機質に、周囲の全てを薙ぎ払う。
彼女を中心とする半径数メートルが、鋭い炎の支配する領域となる。
ヴォルグとミトはそれぞれ急停止し、さらに伸びてくる炎の刃を後方に跳ねて躱した。
そんな動きができるあたり、ヴォルグの戦闘センスもかなり優れているのだが、やはり決め手に欠ける分魔女狩り人形にとっては脅威ではない。
とはいえ、まさか完全に躱されるなんて、彼女にとっては予想外だった。雄獣人の評価を上方修正しつつ、厄介なメイドだけでも確実に息の根を止めようと、さらに追加で魔術を使用する。
「炎よ、貫け」
人間離れした魔術の連続使用。ミトは内心で大変驚かされたが、顔には一切出さず、さらに横ステップで躱す。
一方で、行動の余地ができたヴォルグ。彼は咄嗟に持っていた剣を投擲してみた。
はっきり言って、ただ投げられた剣では魔女狩り人形に傷一つ付けられない。それでも、注意を逸らすことで多少なりミトのサポートになればいいと思ったからだ。
だが効かないとはいえ、顔に向かって飛んで来る剣を無視することはできない。
魔女狩り人形は魔力で強化した細腕で、飛来する凶器を払いのける。
結局なんの役目も果たすことなく、空中でくるくる回りながらヴォルグから離れていく剣。
そのまま重力に引かれ、勢いを失くし落ち始める。
「借りるよ」
そして、狙ったように目の前に来た剣を、少年メイドが華麗にキャッチした。
メイドの衣装に不釣り合いな鋼の剣。
その予想外の行動に、魔女狩り人形の判断は一瞬だけ遅れることになる。
たった一瞬、されど一瞬。
偶然とはいえ、少年メイドはヴォルグのおかげでできた隙をうまく活用することができた。
――魔女狩り人形の下した評価は概ね正しかった。
ジャクリーン、ヴォルグ、ミトの三人のうち、最も警戒すべきはミトだ。
身のこなしや冒険者としての戦闘経験もそうだが――何より、王家の血を引く少年は保持する魔力も豊富であり、英雄となる素質は十分だったのである。
唯一見誤ったのは、その実力。
魔女狩り人形はまだ過小評価していた。
確かに、少年は年相応に非力だ。おまけにメイン武器は弓矢である。
しかし――少年は剣の扱いにも長けていたのだ。
「光の精霊よ!」
久々の属性付与。
剣自体はただの鋼の剣だが、今なら飛竜の鱗すら貫ける。
まだ幼さが残る少年にとって無骨な剣は重く、本領は発揮できない。
本当なら炎と対の関係になる水や氷の属性が理想的だが、残念ながら少年に適性はない。
それでも、炎の刃を切り裂いて魔女狩り人形へ斬りかかるには充分だった。
本編で使った技能をちょくちょく出していくスタイル(魔術剣とか)。
赤ずきん単品で呼んでいると唐突だな……と思いつつ、番外編だからいいよねって開き直ったり。




