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娼年赤ずきんは暗殺者   作者: ナナシノネエム
第二章 とある少年の物語
10/19

盗み聞き

 昼間とは打って変わって、ひっそりと人気(ひとけ)のない建物の中。

 ごくまれに、短剣と拳銃で武装した警備員が巡回してくる程度。


 ちなみに、この世界における『銃』という武器は、決して剣や槍、そして弓を淘汰できるほどの存在ではない。

 なぜなら、魔術との併用を考慮した際、銃はそれらより特別優れた武器ではないからだ。


 ただし、誰でも使える火薬依存の安定した威力に加え、初手を素早く放てる射撃武器だという最大のメリットは健在である。

 戦闘に関してずぶの素人であっても、銃はある程度の水準までは引き上げてくれるのだ。

 とはいえ、ある程度以上の魔力をもつ敵が相手だと、それを打ち破るほどの魔力を込めなければ豆鉄砲以下となる場合が多いのだが。


 つまり要約すると、銃は魔獣との戦闘には向かないが、人間が相手――さらに言えば、非戦闘員を殺すには最も効率が良い武器であった。


 それはさておき、建物内に侵入したあと、闇に身を潜めながら獣人ヴォルグは考えていた。


(……さて、どこから調べようか)


 昼間は、奴隷の宿舎に侵入した。

 牢獄のある場所や、その鍵が保管されている場所は把握済み。

 なので、今度はあの鎖の刺青(いれずみ)――ゲッシュとやらの解除方法を見つけなければならない。


 問題はその調べる場所だ。


 ヴォルグは奴隷を()()()()時か、売買の際の手続きに、あの刺青(いれずみ)の秘密があるのではないかと目を付けた。

 そのタイミングで奴隷への権利や命令権を設定・譲渡するならば、それを(おこ)なう場所に何かが存在するのではないか……そう思ったのである。


 しかし、それが実在するとして、いったいどんな形で、どこに保管されている?

 どこから探すべきだろう?


(そもそも奴隷を買うときって、普通はどうするんだ……?)


 当然ながら、奴隷を買った経験のないヴォルグには難しい問題だった。


 まさか露店で買い物するときのように、小銭と商品を直接交換する……なんてことがあるとは考えにくい。田舎者のヴォルグでも、そのぐらいは分かる。

 なんか証文とか小切手とか、そう言った無意味に複雑なやり取りがあるのは想像に(かた)くない。


 ただ、こんな大きな商館の、いったい何処(どこ)にそういった書類が保管されているのかなんて、一端(いっぱし)の狩人にすぎないヴォルグには想像すらできなかった。


(やっぱり余裕があるうちに調べ始めて正解だったな。今晩中にここの大まかな構造を……ん?)


 ヴォルグのオオカミ耳がピクリと反応する。

 誰か来た。見張りの巡回だ。


 彼は静かに飛び上がると、天井と壁に足を掛けて、器用に張り付いた。

 明かりもない深夜の廊下だ。気配を完全に消した獣人の狩人を見つけるのは、ただの人間には難しいだろう。


 やがて(かど)を曲がって表れたのは、魔石ランプを持った警備員たち。

 どうやら、二人一組で巡回しているようだ。

 ヴォルグは耳をそばだてると、見回する者の会話が聞こえてきた。


「……なあ、お前、いい加減泣き止めよ?」

「ううっ……そんなこと言ったって……」


 片方は泣いていて、もう片方は相方を(なぐさ)めている。

 好都合だ。見回りに集中していないのだから、バレる危険(リスク)はぐっと下がるだろう。


「仕方ないって。あの子がこの商会で働くって決めた時から、いつかはこうなることが決まっていたのさ。諦めろ」

「でもよう、あんないい()が、あの野郎の(なぐさ)み者になるなんて……」


 なるほど。おそらくここで働いていた従業員か使用人(メイド)の誰かが、この商会のお偉いさんから手籠(てご)めにされるらしい。

 だが、何一つ珍しい話ではない。権力者が金と権力に物を言わせて女を無理やり抱くなど、ありふれた話である。


「それでも、しばらくは金に困らない暮らしができるんだ。あの子も内心、喜んでいるだろうよ」

「ふざけるな! あの()は……ミトちゃんは、そんなアバズレじゃないやい!」


(――って、ミトのことかよ!?)

 ヴォルグは天井から、思わず大声でツッコミを入れそうになった。もちろん、ぐっと(こら)えたが。


「ミトちゃんはなあ、ちょっと無表情だけど、可愛いし優しいし、差し入れもくれるし……イジメられても頑張って働く健気な子でよお……あんな娘はとびっきりのいい男と結ばれるべきなんだよお……」

「そこで自分がって言えないのが悲しいところだな……」

「若い奴に言いよられても貞操をちゃんと守っているし……それなのに、処女をあんなクソ野郎に捧げることになるなんて!」


(処女どころか、男だけどな……)

 なお、実際はいろんな意味で()()ではないのだが……ヴォルグには知る(よし)もないことである。


「まあ、いいんじゃないか? 若くて綺麗なうちは、ちょっと媚びるだけで贅沢し放題だ。俺はむしろ(うらや)ましいと思うね。初めからそれ目当てでここに来る子も多いし、ミトちゃんも案外そうだったのかもな」

「だから! ミトちゃんを、そんな風に言うな!」


(……男ってバレたら、あいつどうなるんだろうな)


 真実を知るヴォルグは、少しだけ心配になった。


 あの少年メイドは、あんなに小柄で、少女にも間違えられるぐらい線の細い少年だ。

 騙されて怒り狂った大の男から暴力を振るわれたら……最悪、死んでしまうかもしれない(ちなみに、男同士で夜伽(よとぎ)を続行するという発想は、彼には無かった)。


「それにあの野郎、嗜虐趣味(サディスト)だって話じゃないか! 他のメイドが青アザを作っているのも見たことがある! 今まで辞めた娘も、本当はとっくに死んじまっているって噂だ!」

「おい、滅多なことを言うな! 誰か聞かれたらどうする!?」

「いーや、言うね! 俺は元々あの野郎が気に喰わないんだ! 他人を泣かせて稼いだ金で、さらに女を不幸にするクソ野郎がよ!」

「いや、奴に雇われて金を得ている時点で、俺らも人のことは言えないからな?」

「うるせえ! 金がなきゃ生きていけないだろ!?」


(……俺には、関係ない。関係ない)


 ヴォルグは自分に言い聞かせる。


 彼だって、真下で愚痴(ぐち)(こぼ)しているだけの警備員と同じだ。

 どれだけ世界が間違っていると思っていようと、それを正すことなんて絶対にできやしない。


 財力、権力、武力――あらゆる(チカラ)がないから、他の人間を容赦(ようしゃ)なく見捨てる覚悟をしたのだ。


 だから、これは仕方がない話なのだ。


「まともな仕事さえあれば、こんなところ明日にでも辞めてやるわ! チクショウ、メアリス教どもめ!! 奴らが来てからだ! 世の中がおかしくなっちまったのは! 奴隷の刺青(いれずみ)だって、メアリス教の奴らが作ったんだろ? やっぱり普段から、そういうことばっかり考えているんだ!」

「おいコラ、流石にそれは冗談じゃ済まねえぞ!? 声を落とせって!」


 誰かに聞かれてないか不安になったのだろう。慰めていたほうの警備員が周囲を見回す。

 天井を見られなかったのは、ヴォルグにとって幸運だった。


「へっ! お前だって前に言ってたよな? 『こんな低賃金じゃ奴隷とたいして変わらない』って! そうさ! それが奴らの目的なんだ! 見てろ、今に亜人以外が奴隷にされ始めるぞ! あの刺青(いれずみ)は、やろうと思えば俺たちにだって付けられるんだからな!」

「分かった、今夜は飲もう、な? 酒を飲んで寝たら、少し落ち着くさ」

「て言うか、絶対今だってそうだろ! あの野郎、手を付けたメイドの娘たちを、あの刺青(いれずみ)手籠(てご)めにしてるんだ! だから女の子たちは逆らえないんだ!」


 とうとう想像の果てに、とんでもないことを叫びだす失恋(と表現すべきか微妙なところだが)した警備員。

 ミトが抱かれるショックのあまり、だいぶ荒れているようだ。


 ただし、その陰謀論をただの妄想と済ませるのは、いろんな意味で危険である。


「いや、それは考えすぎだろ……」

「じゃあ、いくら贅沢できるからって、顔に青アザできるまで殴られたいか!? 俺だったらソッコーで逃げ出すね!」

「でも……ほら、愛人ってウワサの子たちも、別に首は隠してないし……」

「知らねえのか? あれは、場所なんてどこでもいいんだよ! 奴隷でもへその下に付ける場合もあるし、もしそうなら裸を見られない限り絶対にばれねえ! あいつの部屋には道具だって(そろ)っているはずだ。それが証拠だ!」


(オイ!? いま、こいつ、なんて言った!?)

 その情報は、ヴォルグにとっても重要なものだった。


「言っておくが、あれは普通の刺青(いれずみ)とは完全に別物の魔道具だ。インクを塗って契約書にサインさせれば二度と落ちねえ刻印になる! そんな明らかに高価な魔道具、なんであいつの私室にそれが必要なんだ? 応えは単純、()()()()使()()()()()、そうに決まってるだろ!」


(……要するに、今ミトのところに行けば、その契約書とインクが手に入るってことだよな)


「お、落ち着けって……」

「落ち着いてられるか! このままじゃミトちゃんが奴隷に――」


 その時、彼らの背後に何かが降り立つ気配がした。

 正体はもちろん、彼らが通り過ぎた天井に張り付いていたヴォルグだ。


 彼はそのまま目にも留まらぬ速さで片方から剣を奪い取り、二人の革ベルトに装着された銃のホルスターを切り落とした。


「……おい」


 床に落ちた拳銃を一つ蹴り上げ、空中でキャッチ。もう一つは遠くへ蹴り飛ばす。

 そして、手に取った銃の引き金(トリガー)に指をかけて警備員たちに向けた。


 とは言っても、実は安全装置を切り替えていないため、このままでは撃つことができない。彼は正確な銃の使い方を知らなかった。


 しかし、軽いパニックに(おちい)っていた二人に、そうだと気付く洞察力を求めるのは酷だろう。


「今の話、もっと詳しく聞かせろや」


 獣人特有の鋭い犬歯を()くような笑みで、驚愕(きょうがく)のあまり腰を抜かした二人にヴォルグは問いかけた。




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