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薔薇の系譜  作者: 流奈
2/6

2: Theatre

「…?」

 メア・リュメール劇場は中央広場に面している。貴族街の裾に位置するせいか、行き交う面々は見るからに貴族といった者がほとんどだ。

 アーシェはいつも通りフード付のローブを頭から被って、全身を覆い、口元をマスクで隠している。どう見ても不審者にしか見えない彼女の姿に、誰かが憲兵を呼ぼうとする。しかし、傍にいる者がローブについた、吼える獅子を象った金色の紋章に気づいて止めたようだ。その紋章は【獅子王の牙】構成員の証だ。一流以上のギルドは所属構成員を厳選するため、その紋章は信用度の高い身分証明にもなる。

「…」

 妙な気配を感じる――ような気がする。アーシェの鋭敏な感覚をもってしても正体の窺えないくらい微かな気配だが、原因は劇場にあるのだろうと何となく思った。

 今この場では何もわからない。とにかく中へ入ろうと裏口へ向かう。さすがに【獅子王の牙】のハンターだと気づかれている自分が正面から劇場に入れば、何かがあったと喧伝するも同然だ。そう思って向かった裏口には、二人の警備員が立っていた。

「…何用でしょうか」

「そちらの劇団長に呼ばれた【獅子王の牙】所属ハンターのリオナです。取り次いで頂いても?」

「――お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 紋章を見せつければ、警備員は僅かに驚いたようにそれとアーシェの顔――ただしフードとマスクで目元しか見えない――を見比べた。声と体格で、まだ年若い少女だということは嫌でも気づかれてしまう。物珍しいのだろう。

 少女のハンターというだけならば珍しくもないが、少年に比べれば少ない。しかもギルドのランクが上がるほど、性別を問わず、年若い者は減っていく。実際にアーシェは【獅子王の牙】所属ハンターの中では最年少だ。

 警備員の片方に案内された先は、上客用と思われる応接間だ。貴族の生まれではあるが、市井の暮らしに染まりきった今となっては居心地の悪さしか感じない。小さな溜め息を零した直後、ドアが叩かれた。開かれたドアの先には、品のいい壮年の男性が立っている。

「――お待たせして申し訳ありません。メア・リュメール劇団の長、ウィルバー・オデットと申します」

「【獅子王の牙】所属ハンター、リオナです…早速ですが、ご本人の状況を詳しく聞かせて頂いても?」

「はい」

 劇団の下積みだろうか、アーシェよりいくつか幼い少女が、丁寧な手つきで紅茶と茶菓子を置いて退室する。アーシェと向き合う位置に座ったウィルバーは、その姿を見届けてから重々しい顔つきで話し始めた。

「我々が異変に気づいたのは、彼女を『薔薇の乙女』の主役に据えてから数日ほど経った頃です。当時はまだぼんやりと考え事に耽ったり、行動に精彩を欠いていたりしたくらいで、疲れているのだろうと思う程度でした。稽古にはいつも通り熱心に参加していたので、その内立ち直るだろうと」

 重々しげに話し始めたウィルバーの目の下には隈が浮かんでいる。顔色も若干悪く、あまり眠れていないことが窺えた。

「しかし、日が経つにつれて状況は悪化しました。独り言や台詞を延々と呟き続けたり、名を呼ばれても反応しなかったり――先ほどは誰かに謝りながら泣き続けていました。それなのに、自分の演じた役名で呼ばれると、活き活きと演じ出すんです」

「…医者に診せたと聞いておりますが、診断結果はいかがでしたか」

「それは――」

 それまで滑らかに言葉を並べていたウィルバーが、唐突に口ごもる。話の腰を折られて戸惑ったようにも見えるし、都合の悪い話題を切り出されて動揺したようにも見える。後者だろうと自分の直感を信じて、アーシェはじっとウィルバーを見据えた。

「…自分には手を負えない、精神魔術に長けた魔術師なら(ある)いは――と」

「本当に?」

「私が嘘をつくとでもお思いですか?」

「いいえ。ただ、何かを隠しているのではないかと思っているだけです」

 虚を衝かれたと言わんばかりにロを噤んだウィルバーは、難しい顔で黙り込む。十秒ほど経っただろうか、重々しい溜め息を吐き出した。

「…彼は、表向きこそ心療医なのですが、実は精神魔術が得意な魔術師なのです。その彼にも見放され、彼以上に精神魔術に長けた魔術師を探して【獅子王の牙】を訪ねました」

「なるほど」

 精神魔術が得意だという魔術師が投げ出す程の重症患者が回ってくるとは頭の痛い話だ。これは初の違約案件になるかもしれないと思ったものの、そんな様子はおくびにも出さずにアーシェは頷いた。

「…事情はわかりました。ご本人に面会することは可能でしょうか」

「もちろんです。ご案内致します」

 とにかく、話を聞くだけでは何も進展しそうになかった。精神魔術という分野において、専門家が匙を投げた問題を容易く解けると思えるほど、アーシェは自分の実力を過信していない。彼女が勝るとすれば、魔術そのものに対する感性と魔力量であって、精神魔術に関する知識や技術ではないのだ。

 ウィルバーの案内で劇場内の関係者以外立入禁止区域を進んでいく。本来、自分には一切無縁の場所を見られるのは面白いが、それ以上に今回の案件が面倒臭そうで、アーシェは小さく溜息を吐きだした。

「――メイナはいるか」

「は…はい、団長」

「すまないが、少し下がっていてくれ」

 案内されたのは劇団員用の宿舎だった。看板女優と言われるだけあって、広々とした個室を与えられているようだ。先ほどとは別の下積みらしき少女が、返事をしつつも戸惑ったようにウィルバーとアーシェを見比べるが、ウィルバーの言葉に慌てた様子で頭を下げて去っていく。

「彼女がメイナ・フェリュスです」

 そう言ってウィルバーが示したのは、独り掛けのソファに腰かけて、ぶつぶつと何事かを呟いている女性だった。緩く波打つ艶やかな金茶色の髪に縁どられた整った顔に生気はない。まるで等身大の人形でも見ているかのような気分になる。

 しかし、問題はそこではなかった。先ほどから感じていた違和感――その原因が目の前の女性にあることをアーシェは察する。

「あー…これは…」

 厄介事だと理解していたが、その予想を遥かに上回る事態に思わずアーシェは言葉に詰まる。例の魔術師が投げ出すのもわかる気がした。

「何かおわかりに?」

「…えぇ、まあ…状況は把握できました」

 さてどうしたものかと溜息を零しかけたアーシェは、それを何とか堪え、ウィルバーに向き直る。

「彼女は恐らく、例の魔術師以上に精神魔術に長けているのでしょう」

「は? それは…いったいどういう…」

「彼女は自分自身に精神魔術をかけているのです。恐らくは、恒常的に。それが何かしらの要因で変調を来したのでしょう」

 精神魔術は他者に対して使用するものだ。自分自身に精神魔術を使用するなど見たことがないし、それを試みたという話を聞いたこともない。失敗した時の危険性を考えれば当然だ。最悪、精神崩壊を起こして廃人になりかねない魔術を、敢えて自分自身に使おうとする者などそうそういる筈もない。

 尤も、今まさに目の前にいるのだが――そこまで考えて、アーシェはとうとう溜息を吐きだした。

すみません先月発売の某ゲームにどハマりしていました…!

新作ゲームにクリティカルヒットをもらったのは久々でした。


レヴィネイスさんの出番が!ない!

そのうち出てくるので、ジャンルが恋愛の癖に恋愛要素無いぞとお思いの方、すみませんがしばらくお待ちください。

それではお読みくださった方々、ありがとうございました。

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