第1話 フルーツサンド
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
◇◇◇
金曜日の夜、残業を片付け、疲労困憊状態で家に帰ってきたはずだった。
お風呂に入る気力もなく、ベッドにダイブした後の記憶はない。これでも私、健康食品の会社で営業していて、成績はいい。陰では痛々しいアラフォーだの行き遅れだの悪口を叩かれていたが、どうでも良い。ただ目の前のことを一生懸命こなしているはずだったのに、私、今、どこにいるか謎。
どこかの森の中らしいが、足元に咲いてるお花も派手だし、葉っぱの緑も濃い。看板は立っていたが、全然見たことない言語。夢の中にいるみたいに現実感がない。
「まさか異世界転移てやつ? とりあえず死んではいないから異世界転生じゃないっぽいが」
こんな時でも冷静に分析しつつ、森を突き進む。足元のキノコ、色が紫だ。毒キノコだろうか。どうやら令和日本とは全く違う世界だと理解した時、一軒の店を見つけた。
レストランらしい。いい匂いもするし、外観も宮沢賢治の世界的。看板の文字は読めないが、可愛い店だ。玄関のリスや猫の置物も目立ち、庭には赤やピンクの花が咲き乱れてる。この華やかさにぞくっとしてきた。
「私、食われるか?」
とはいえ、何かわかるかもしれない。とりあえず入店すると、中は案外こじんまり。テーブルも一台だけでチェックのテーブルクロスがやたらと派手。
「誰かいる?」
返事はない。困った。本格的に変な異世界に来てしまったと理解した時、テーブルの上にメニューブックがあるのに気づく。
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
メニューブックはそれだけ印刷されてた。写真も料理の名前や値段書いてない。なぜか日本語だが、どういうことか。働きすぎてついに頭がおかしくなったのか。これも夢なもだろうかと思った時、今の時間、普通にしてたら土曜日の朝だと気づく。
この異世界でも時間の流れは同じなのか。ここでも朝だった。朝陽が差し込み、小鳥の鳴き声も響く。なんとも呑気。別にこの世界から帰れなくても死にはしないだろうと余裕も出てきた。
「好きなものね……」
テーブルにつき、メニューブックを開いても案外思いつかないものだ。
「私一体何食べたいんだっけ?」
職業柄、健康食品も好んでいた。社長もスピや自然派に浸かっていたし、小麦、砂糖、油、肉を猛烈に嫌っていた。私もそんな思想にかぶれ、なんとなく避けていた。営業先でも似たような思想の客も多く、先日、波動が良い水というのを貰ったばかり。
好きなもの、わからない。嫌いというか、避けている食べ物はいくつも思い浮かぶのに。カップラーメン、菓子パン、コンビニの海苔弁が頭の中をぐるぐる。
「わからない……」
頭を抱えてしまったが、好きなものを注文しないと帰れないんだったら、考えるしかない。ウンウンと唸りながらも、食べたいものをひねり出す。
「なんか甘いものがいいな。ふわふわでさ。小麦粉もいっぱい使ってあって瑞々しくて……」
確かに土曜日の朝ぐらいは好きなものを食べてもいい。いいじゃないと自分を許すと、急に頭の中にフルーツサンドが浮かんだ。
「フルーツサンド!」
そういった瞬間、まるで魔法みたいにフルーツサンドが出現した。
丸い皿にぎっしりと盛られてる。苺、キウイ、バナナ、パインの断面も綺麗。パンは少しぼそっとしているのに、宝石よりもずっと綺麗に見えてしまう。
一口齧ると、舌の上がふわふわに溶けていく。普段はこんなもの避けていたから、余計に甘い。
「お、おいしい!」
叫んでしまった瞬間、自宅に戻っていた。スマホを確認すると、ちゃんと令和日本だし、静かな土曜日の朝だった。
「中途半端なところで帰されたな……」
まだあのフルーツサンド、全部食べていないのに。そう思うと、急にお腹が減ってきたから困る。
「フルーツサンド、食べに行く?」
誰に許可とる必要もないだろう。土曜日の朝ぐらい好きなものを食べてもいい。
「よし、食べに行くか!」
着替えて外出する準備をしていたら、余計にフルーツサンドが食べたくて仕方がない。今は素直に食べたいものを楽しもうか。




