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宮廷魔導師選抜試験を記念受験した田舎者  作者: 古野ジョン


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7/8

混乱するキーガン

 猛スピードで用紙をめくる音、鼻息荒く問題を解き進める受験者たちの気配、叩きつけられるようにあちこちで紙の上を走るペン。異様な雰囲気に寝ぼけた頭を叩き起こされて、ただただ呆気にとられるばかりだった。


「……解かなきゃ」


 合格するつもりはないと言っても、流石に一問も解かないわけにはいかない。両親だって何かの期待を持って俺を送り出してくれたはずだ。爪痕の一つでも残さなければならないだろう。


 どうやら問題用紙は冊子になっているらしいな。たった一日の試験のためにこんなものを一万冊以上も製本するとは凄まじいな、などと王都の印刷技術に感心している場合ではない。どれ、めくってみるか……。


「あれ」


 冊子の真ん中あたりに何か別の用紙が挟まっていたので、手に取った。しかし特に何が書かれているわけでもなく、ただただ格子模様が描かれている。……なんだこの紙?


 ふと、出願のことが思い出される。もしや魔法で何かが仕込まれているんじゃあるまいな。ここに何か文字が浮かび上がって問題になるとか、この紙をどうにかしないと採点してもらえないとか。とにかく、魔法を使って確認を――


「……いや、待てよ」


 首元に涼しい風が吹いた気がした。……魔法って、試験中に使っていいのか? この会場では何人もの魔導師が目を光らせているはず。不正行為と間違われるような動きを見せた瞬間、火力魔法で狙い撃ちされる可能性もないわけではない。


 となれば、危ない橋を渡るのはやめた方がいいな。もしかすれば、俺が寝ている間にゾフィーが試験中の決まり事について説明していたのかもしれないが……今更そんなことを考えたって無駄だ。


 とにかく目立つ動きをするべきではないな。俺は王都のことが気に入ったが、いくらなんでもこの場所で客死する覚悟までは出来ていない。土産を持ち帰らなければ、妹に墓前で何を言われるのか分かったもんじゃないし。


「ふむ……」


 小賢しい真似は避け、ひとまず用紙をいろいろと眺めてみることにした。逆さにしてみたり、裏返してみたり。格子模様に何か意味があるのかとも思ったが、まったく合同な長方形が敷き詰められているだけだものな。


「あれ」


 よく見ると……ます目の隅に文字が書いてあるな。いや、文字じゃない。数字だ!


「……順番だな」


 最も左上にあるます目が「1」で、そこから右側に進むようにして数字が振られている。「10」まで進むと、次の行に進んで「11」から。同じことを繰り返して、「200」まで進むと終わりらしい。なんだこの数字は?


「……もしかして」


 反射的に冊子をめくり、最初の問題を確認した。そこには「1」という数字が刻まれており、次の問題には「2」と記されている。一番後ろの頁を確かめてみると、そこには右下のます目と同じ「200」の番号がついた問題があった。


 そうか、理解した。この冊子にある問題を解いて、対応するます目の中に答えを書くというわけか。試験というものの概念は理解していたつもりだったけど、実際に受けてみなければ分からないことも多いんだな。もっとも、普通の受験生には常識なのかもしれないが。


「さて」


 他の受験生に遅れること少々、俺はようやく問題に取り掛かる。まずは最初の問いから。どれどれ……。


『魔法の指向性について明らかにした人物として最も適当なものを、以下の選択肢から選べ』


 そんなの偉大な魔導師のヴィクトア・ゲルドナーに決まってるじゃないか。ええと、ゲルドナーの選択肢は……「4」か。なるほど、こうして数字で答えさせることで採点の手間を省くわけだな。


 どんな難問が襲ってくるのかと身構えていたけど、意外と易しいな。こんな問題が分からない受験生がいるのか? 一万人も受けるのに、こんな調子で点数の差がつけられるのだろうか。まあいい、二問目だ。


『下図に魔導師と目標物の位置関係を示す。火力魔法を放つ際に最も適当だと思われる仰角を以下の選択肢から選べ』


 知識を問うてきたかと思えば、随分と実戦的な問題も出してくるんだな。教科書的には三角関数表を使うんだろうが……これは肌感覚で分かる。34度くらいだ。選択肢の中で一番近いのは「36度」だから、「3」と答えればいいわけだな。


 なあんだ、どの問題も呆気なく解けるじゃないか。心配してまったく損をした。この調子で200問を全て解き終われば……って、200問?


「……」


 怪しまれないように気をつけながら、こっそり周囲を見回してみる。どの受験生も相変わらず大忙しでペンを動かしているみたいだ。こんな簡単な問題を解くのに、どうしてあれだけ必死に――


「……時間か?」


 ここでピンときた。そうだ、試験には制限時間というものがあるんだよな。だらだらと時間をかけて解くのが許されるなら、誰だって文句なしに満点をとるはずだ。にもかかわらず、他の受験生たちは追われるようにして解き進めている。


 自分がいま置かれている状況がようやく理解できた。試験終了までにどれほどの猶予(・・)が残されているのか、俺は全く知らないのだ。……つまり、残りの198問を解くのに十分な時間があるのかどうか、ちっとも把握出来ていないことになる。


 まずいな。恐らく試験時間についてもゾフィーが説明をしていたのだろうが、いかんせん俺はそれを聞き逃してしまった。簡単だ簡単だと言いつつも、途中の100問目くらいを解いている最中に試験の終わりを告げられる可能性もある。


 問題は解けるが、残り時間は分からない。俺はどうすべきか? ……この状況から導き出される選択肢は一つしかないだろう。


「……なるべく早く、解く」


 ――ただひたすらに、集中していた気がする。脳内にある魔導書をめくり、大きく描いた座標系を飛び回り、魔法が描いてきた歴史の荒波を乗りこなしていた。


 問題文を見ると、その上に答えが浮かび上がってくるような感覚があった。これまでの人生で得た全ての知識が絡み合い、ひとつの解をなしていく。自分で答えを見つける(・・・・)というより、自然と足を向けた先にそれがあるような気がした。


 あまりに集中していたものだから、受かるかどうかなんて気にしていなかった。しかし、それでもひとつだけ考えたことがある。農家には向いておらず、ただ目標もなく過ごしていた自分という存在に、ひとつだけ拠り所が出来たような気がしたのだ。


 俺にはこういうの(・・・・・)が向いていたのかもしれないな、と。


 なんとか終了の鐘の音が聞こえる前に、俺は200個のます目を全て埋めることが出来た。この試験で必要な点数が120点にも満たない――すなわち200問すべてをまともに相手する必要はない――ことを知ったのは、ずっと後のことである。

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