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宮廷魔導師選抜試験を記念受験した田舎者  作者: 古野ジョン


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6/8

絢爛のウルム大聖堂

 試験当日の朝は、あいにくの曇天であった。「グルート」の物置から拝借した古い鞄に筆記用具と受験票を詰め込んで、店の前に立つ。


「お客さん、頑張ってくださいね!」

「兄ちゃん、パイ焼いて待ってるからな!」

「ありがとうございます。行ってきます」


 アマリアと店主の見送りに礼を返してから、教会に向けて歩き出した。試験開始の時刻は昼飯時より少し早いくらいの頃。ぎりぎりに行こうかと思ったのだが、早めに行くことをアマリアに勧められたので、大人しく従っておいた。


 宿屋から教会までは一本道。周囲を見回すと、ガウンを着て杖を携えた者が多く歩いている。きっと俺と同じ受験生だろう。ガウンはともかく、筆記試験に杖を持っていく理由は分からないが……いつ何時でも肌身離さず持っておきたいのが魔導師の性というものか。


 結局、試験当日までガウンの意味は分からずじまいだったな。店主とアマリアに何も言われなかったから、試験を受けるのに必要というわけではなさそうだが。あれを着ている受験者が多い理由が気になるな。


「おー、未来の宮廷魔導師様かー!」

「お前らー、頑張れよー!」

「絶対受かるからなー!」


 人通りの多い区域に差し掛かったところ、沿道から多くの声援が飛んできた。周りの受験生たちは照れ臭そうに手を振り返している。きっと王都の人々にとっては、三年に一度のお祭りみたいなものなんだろう。


「ん」


 近くの商店から魔法の気配がした気がする。目と鼻を利かせてみると、二階の窓からこちらを見下ろす男を見つけた。ちらりと視線を向けた途端、その男はパッと部屋の中に引っ込んでしまう。


「……」


 気のせい、であればいいのだが。もしかすると、浮足立つ受験生たちを監視する魔導師が配置されているのかもしれない。


 不正行為は死罪だなんだとゾフィーが言っていたが、何か粗相をすれば大変な目に遭うのは間違いないだろう。別に合格はしなくてもいいが、絞縄を首に掛けられるのだけは勘弁したいものだな。


 少しだけ気を引き締めて、足を速めた俺であった。


***


「すごい人だな……」


 教会に着いて初めて、アマリアの言葉の意味を理解した。出願のときには閑散としていた大聖堂の前に、多くの受験生が列をなしている。これはたしかに早めに来なければ大変だった。田舎じゃ、祭りでもここまで人が集まることはないんだけどな。


「三千番台の受験生はこちらに分かれてお並びくださーい!」

「なるべく前に詰めてー!」


 修道女たちは声を張り上げて人の波を整理している。一万人規模の受験生を収容可能な大聖堂があり、かつ多くの人手を動員出来る……ということで、教会という組織は試験の実施を委託するのにうってつけというわけか。


 魔法と宗教は相いれない存在だと思っていたが、このウルムではうまく共存を図っているのだろう。田舎の教会にあまり良い思い出はないけど、ここでは俺ももう少し信心深い教徒になれたのかもしれないな。


「もしもし、お困りですか?」

「はい?」


 考え事をしていたら、長髪の修道女に話しかけられた。きっと俺が立ち往生していると思ったのだろう。……実際、あまりに混雑しているものだから途方に暮れていた。


「えっと、どこに行けばいいのかも分からなくて……」

「受験票はお持ちですか?」

「あっ、はい」

「受験番号ごとに列が違いますので、それに従ってください」

「じゅ、受験番号?」


 慌てて鞄から受験票を取り出すと、たしかに番号が記されていた。ええと……「10211」と書いてある。素数だな。


「あっ、素数ですね」

「えっ?」


 考えていたのと同じことを修道女に言われたので、不意を突かれた。


「いえっ、わたくし普段は数学をしているもので。それでは、一万番台の列にお並びください」

「ああ、ありがとうございます」

「一万番台の受験生は少ないですから、すぐ大聖堂に入れるかと思います」

「何よりです」


 ゾフィーといい、やはり王都の修道女は学があるな……。ペコリと礼をしてから、指し示された列に向かった。実際に並んでみると、たしかに他の列に比べて進みが早い。田舎者には助かるな。


「はい、受験票を見せて。次は……」


 背伸びをして前の方に目をやると、簡素な机の前に座った老修道女が受験票を確かめていた。その奥には若い修道女が立っていて、受験生の荷物を改めている。不審な物が持ち込まれないか調べているのだろう。


「……はい、結構。じゃあ、次の人」

「はいっ」


 しばらく待って、自分の番がやってきた。手招きされるまま歩いていき、机を挟んで老修道女と向かい合った。


「名前と受験番号を」

「キーガン・バウアー。受験番号は……えーと、10211です」

「受験票を見せてちょうだい」

「はいっ」


 波型に切り取られた受験票を手渡すと、老修道女は手元にまとめられた大量の控えをめくり始めた。しかしなかなか見つからないようで、首をかしげている。


「ええと……もう一度番号を」

「10211です」

「あなた、本当に出願したのかしら? 10210までしかないわ」

「えっ、そんなはずは」


 何かあったらしいと気づいたのか、周囲の受験生がざわつき始めた。おかしいな、確かにシスター・ゾフィーが俺の出願を受理してくれたはずなのに。


「えっと、シスター・ゾフィーという方に申し込みをしたんですが」

「えっ? あの方がそんな雑務をするはずがないでしょう」

「でも、たしかに四、五日前――」

「四、五日前?」


 困り果てたのか、老修道女はもはや苦笑いを浮かべていた。そうだった、普通はもっと早く出願するんだったな。……あれ? じゃあ、もしかして――


「シスター、これではありませんか!?」

「あっ、それだわ!」


 その時、後ろの方から別の修道女が走ってきた。騒ぎを聞きつけて急いで探してくれたのか、その手には控えが握られている。


「10211ですよね? 事務所に置きっぱなしでした!」

「よかった、助かったわ! あなたもよかったわね」

「はあ、どうもすいません」

「きっと神のご加護よ。今回はあなたが最後尾の受験者なのね」

「ありがとうございます」


 老修道女は控えと照合したあと、受験票を返してくれた。最後尾……か。単に出願するのが遅かっただけ、と言えばそれまでだろうが。これも何かの記念になるだろう。


「では、向こうで荷物を拝見するわ」

「分かりました」


 指し示された方向に歩いていくと、既に若い修道女が待ち受けていた。俺のせいで後ろの方が詰まってしまったので、少し焦っている様子だ。


「えっと、持ち物はその鞄だけですか?」

「はい、そうです」

「では、中身を確かめます」


 若い修道女は鞄の口をやや乱暴に開けて、中を見始めた。が、すぐに怪訝そうに顔を上げて俺のことを見てくる。


「……本当に中身はこれだけですか?」

「受験票と筆記用具以外に必要なものがあるんですか?」

「いえ、そういうわけでは……ただ、参考書も何もないもので……」

「は、はあ」


 参考書、というのは何のことだろう。


「まあいいです、怪しい物はないようですのでお通りください。座席は受験番号で決まっていますから」

「ありがとうございます」


 幸い、特に問題になるものはなかったみたいだ。俺は若い修道女の脇を通り抜け、他の列から来た受験生に囲まれながら大聖堂に向かって歩いていく。


 そういえば、出願のときには建物の中を見られなかったんだったな。魔導師試験を開催出来るくらいだから、王都でも特に大きい教会なのは間違いないだろうが。


 田舎の教会にある礼拝堂は、壁はひび割れていたし色もくすんでいた。お世辞にも綺麗な建物とは言えなかった記憶がある。もっとも、最後にあそこに行ったのがいつかも思い出せ――


「えっ……」


 ――目の前に広がる光景が、信じられなかった。高窓から陽の光が差し込み、受験生たちを優しく照らしている。全周を取り囲むように設置された豪奢なステンドグラスは、夢幻的な雰囲気をこれでもかと醸し出していた。


 精巧な石造で出来た建物には傷一つなく、柱や壁に取り付けられた聖母像は穏やかな笑みを浮かべている。講壇がどこにあるのか分からないほど、手前から奥までおびただしい数の長いすと机が並べられていた。


 このとき、俺の頭にひとつの言葉が浮かんでいた。敬虔な信者なら一度は訪れることを夢見るという、この国における宗教の中心地。王都の人々が威信をかけて建設した、知恵と努力の結晶。ああ、そうか。ここがそうだったのか。


 ――絢爛のウルム大聖堂。


 名を聞いたことはあったが、ここがそれだと気づいたのは今になってからだった。


 神に祈りを捧げぬ俺ですら、この場に立って感動を覚えているのだ。篤信家であれば流涙するに違いない。自分がいかに素晴らしい場所に立っているのかと思うと、言葉に出来ないほど感慨深いものがあった。


「……ちょっと、邪魔だよっ」

「あ、すいません」


 その場に立ち尽くしていると、後ろから来た受験生に押しのけられてしまった。ふと周囲を見回してみると、誰も美しいステンドグラスに目をくれることはなく、各々の席に向かっているようだった。


「……行くか」


 思わず頭をぽりぽりとかいた。そうだ、観光に来たわけじゃない(と言い切れるかは怪しい)からな。


 俺は自分の席に向かって歩き始めた。一万人も受験者がいるのだから、自分の席を探すのも大変なんじゃないかと心配したが、最後尾なのですぐに見つかった。


「はあ……」


 座席に座り、机のうえにペンを出した。ようやく一息つけるな。


「……」


 他の受験者たちの様子を見ると、皆が一心不乱に本か何かを読み込んでいる。あれがさっき言われた参考書(・・・)なんだろうか。試験直前まで知識を詰め込む、というわけか。


 よく考えれば、日頃からウルムで暮らしている人間にとっては見慣れた光景なのかもしれない。試験直前にうっとり大聖堂に見惚れている俺の方が呑気なんだろう。なんだか自分だけ別世界にいるみたいで、不思議な気分だ。


「ふあ……」


 あまりに煌びやかなものだから逆に眠くなってきてしまった。早めに着いたから、試験開始までにはまだ時間がある。少し昼寝でもすることにしようか。


 今日は筆記試験。どんな問題が出るのかも知らないし、どれくらい解けるのかは見当もつかない。あまりにも難しかったら落書きでも残して帰ることにしようかな、なんて……。


 ふああ……。


 ……。


 ……。


「……では、皆さんの健闘をお祈りいたします」


 ……あれ? シスター・ゾフィーの声だ。講壇から声を張り上げているのか。


 すごいなあ、あの年でよくそんな元気があるな。って、あれ? なんでシスター・ゾフィーの声がするんだ? それに健闘を祈るって、いったい何の話――


「それでは、はじめっ!!」

「へっ?」


 一斉に用紙をめくる音が聞こえ、ようやく目が覚めた。自分の前にも問題用紙が置かれているし、他の受験生たちは一斉にペンを走らせ始めている。


「……始まってるの?」


 ようやく事の重大さを理解した。


 宮廷魔導師選抜試験、第一次試験。俺が惰眠を貪る間に、既にその火蓋は切られていたのである――

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