グルートの珍客
ヴィットマンの言葉通り、俺は第三次試験に合格した。エレナとヘルマンも同様であり、やはり運命の分かれ道はあの標的に当てたかどうかだったのであろう。
合格した二十名は第四次試験へと進む。再び期間が空くようだが、対策を立てようにも例によって試験内容は全く分からない。そのため、俺は図書館に行って魔導書を読んだり、街を散歩したりして過ごしていた。
「……お客さん、ちょっといいですか」
ある日の夕方、宿屋で書き物をしていたところ、アマリアが部屋の扉を叩いた。夕食にしては少し早い時間だけど、何かあったのかな。
「入っていいよ。どうかした?」
「失礼しますっ! あの、お客さんに会いたいって方が来てます」
「俺に? エレナかヘルマン?」
「いえ、そのお二人ではないです」
あれ、違うのか。じゃあいったい誰が来たんだろう。俺をわざわざ訪ねてくるような知り合いなんて、ウルムにはほとんどいないはずなんだけど。
「その人はどこに?」
「下にいます。こちらに連れてきますか?」
「いいや、俺が降りるよ」
俺は席から立ち上がり、アマリアとともに部屋を出て階段へと向かった。知り合いと言えば、あとはあの警備兵とゾフィーが思い浮かぶけど……あの二人がここに来る理由がないし。少しわくわくするような、少し怖いような――
「おー、元気そうだな」
「……えっ?」
階段を降りた先で、帽子をとってにっこりと笑っていたのは――紛れもなく、俺の父さんだった。あまりに予想外の人物で、ついついその場で固まってしまう。
「あの、お客さん? この方は……?」
「お、俺の親父だよ。田舎にいるはずの」
「えっ? お父さん?」
「いいなあ、女の子にお世話されてるのか。田舎じゃ女っ気もなかったのに」
「父さん、なんでここに……?」
たしかに手紙を送ってから二週間以上は経っているし、父さんがここにいること自体は変じゃない。が……どうしてわざわざ王都まで来てくれたんだ。
ただただ頭に疑問符を浮かべていると、父さんがゆっくりこちらに歩み寄ってきた。少し背伸びをして、俺の頭を軽く叩いて――一言。
「お前の様子を見に来たんだよ。随分と頑張ってるみたいじゃないか」
思わず、静かに息を吐く。久しぶりに家族と会った安心感で、全身から力が抜けたような気がしたのだった。
***
「すみません。今日は夜まで店主が帰らないので、食べ物は出せなくて」
「いいよいいよ、お嬢ちゃん。ぶどう酒はあるかな」
「あっ、はい! 少しお待ちを!」
台の向こう側で、アマリアが忙しなく働いている。俺は父さんと横並びで席に座り、一息ついていた。それにしても驚いたな、まさか田舎から出てくるなんて。
「父さん、どうしてわざわざ来てくれたの」
「お前が手紙をくれたからさ。返事を出すのも大変だし、いっそのこと来てしまおうと思ってな」
「でもお金は? 俺のために畑を売ってくれたんじゃ……」
「なあに、そんなこと気にするな。子どもに金の心配をさせるつもりはないぞ」
父さんはそう言って笑った。うちの親は昔からこうだ。俺と妹に金を使うことに一切の躊躇いがない。子どもからすれば有難い話だけど、両親は本当にそれでいいんだろうか。
「そういやお前、筆記試験で一位だったらしいな。すごいことじゃないか」
「えっ、なんでそれを」
「御下賜金をいただいた、ってのはそういうことだろう? 父さんの子とは思えないな、ははは」
俺は少し不思議な気がした。王都に行くことを勧めてきたときもそうだし、父さんは妙に魔導師試験に詳しい。魔法を使っている場面なんて一度も見たことがないし、そもそも本を読んですらいないはずなのに。
「お待たせしました、ぶどう酒です!」
「ああ、ありがとうお嬢ちゃん」
考え事をしていると、アマリアの元気な声が響いた。父さんは真っ赤なぶどう酒がなみなみと注がれた杯を受け取り、軽く口をつける。とても美味そうに飲んで、ほうと息をついた。
「いやあ、しかし疲れたよ。お前がどこにいるのか分からなくてな」
「ああごめん、手紙に宿屋の名前を書いておけばよかったよ。でも、よくここが分かったね」
「困り果てて教会に行ったんだ。そしたら『グルート』という宿屋に滞在していると教えてくれてな」
「ああ、そうだったんだ」
「それでも大変だったけどな。父さんは文字が読めないから、都会の地図は分からないんだ」
教会……というのはもちろんゾフィーのいるあそこだろう。出願のとき、ウルムでの滞在先を記入した覚えがあるしな。きっと誰かが気を利かせて父さんに教えてくれたのだろう。
「そういえば、父さんは前にもウルムに来たことが」
「ああ、あるよ。もう何十年も前の話だ」
「何の用事で?」
「母さんと旅行に来たんだよ。でも、あの頃とは随分と変わったみたいだな」
「というと」
「随分と魔法が発展したみたいだな。昔も賑やかな街だったけど、ここまでじゃなかった」
「へえ……」
つまり、王都ではここ数十年の間に急激に魔法が発展したというわけか。田舎の人間が魔法を遠ざけるうちに、随分と格差が広がってしまったのか。
そういえば、うちの両親――特に父さん――は魔法を嫌う様子がなかったな。田舎では珍しいことだと思う。俺が魔導書を読んでいるのを止めなかったわけだし。なんとも不思議だな。……ああそうだ、大事なことを聞かないと。
「父さん、手紙にも書いたんだけどさ」
「ん?」
「あの納屋にあった魔導書、誰のものなの?」
「ああ……」
持ち主は誰なのか――と聞いただけなのに、父さんは意味深に杯に口をつけた。何か重大なことが隠れているのか、あるいは。少し身構えながら、次の言葉を待ったのであった――




