十三 鶸
十三 鶸
ここのところ、ずっと落ち着かない。自分だけじゃなく、この世界全体が不安定になっているような気がして、心がザワザワする。そう思うのは、黄丹様が身罷られたからだろうか…。
黄丹様…。信省一位で六省内で一番偉いお方なのに高位を鼻にかけることなく、僕が六省に入ってからずっと優しかった御方。たまに「これを桃とお食べ」と言ってご自身で作られた琥珀糖を下さった。
「黄丹様…。」
ぽとん、と涙が落ちた。せめて、お姿を見てお別れを言いたかった。それすら叶わないなんて…。黄橡様がおっしゃっていた。「黄丹様は滅せられました」と。滅するとは何?消えて跡形も残らないと言うこと?この信省の屋敷のあちこちに黄丹様がいらした形跡は残っているというのに、黄丹様だけがいない。黄丹様が大切に育てていた盆栽の数々を見ながら、僕は溜め息をつく。
「これから…どうなっちゃうのかな…。」
*****
故人を悼む気持ちと関係なく世の中は動いている。黄丹様の盆栽は、緑様によってどんどん形見分けされていった。“矢文の盆栽”だけは、生前黄丹様が名指ししてたそうで桃の手に渡った。庭で枝を広げた松の木を囲むように沢山並んでいた盆栽は残りわずかだ。庭がとても広く感じる。
そうして、黄丹様の痕跡をかき消すかのように、新しく信省一位となる方を迎える準備が進んでいた。
「僭越ながら、皆様の上位に立たせていただくことになりました蒲公英です。ヨロシクお願いいたします。」
そう言って深く頭を下げたのは、「ゆるし色」の少年だった。自分より上位の黄橡様を差し置いて一位になっただけでも緊張するというので、せめて、と同じ少年期の僕が蒲公英様の付き人になった。省内の案内から何やら色々説明していく。付き人になって分かった事は、省内一位の方はとてもお忙しい、という事だ。やらなければならない事が沢山ある。警邏ではなく省内の仕事が主になったのに、桃と一緒に過ごす時間が全然取れなくなってしまってしょんぼりする。夜もお持ち帰りの公務をなさるというので、手伝えるところは手伝った。夕飯位は桃と甚さんの所で食べたかったな、と思いつつ、芥子様が作って下さったご飯を一緒に食べた。ご飯を食べながら、蒲公英様とお話しする。蒲公英様は勉強熱心な方だ。
「ボク、今、頑張って勅撰和歌集を読んでいるのです。」
「はぁ…。面白いですか?」
「ハイ!『古今和歌集』『後撰和歌集』『拾遺和歌集』『後拾遺和歌集』までは読みました!『金葉和歌集』や『千載和歌集』を読むのも楽しみです!」
「……。」
コキンワカシューまでは聞き取れたけど、後は呪文みたいに聞こえて良く分からなかった。僕は和歌とか良く分かんない…。
「あっ!す、すみません…。つまらないお話をして…。」
「いえ…。僕こそ、教養が無くてすみません…。」
「そ、そんなっ!ボクはユカリ様に憧れているので、沢山和歌を覚えてユカリ様とお話してみたいだけですからっ!」
「あぁ…。」
成程、と思った。ユカリ様は雅を愛する優美で博識なお方だ。
「確かに、ユカリ様は和歌を良く嗜んでおいでですものね。」
「そうなのです!里長や他の大人の方からお話を聞く度に、いつかお話してみたいと思っていた憧れの方なのです!今度六省の試験を受けに行こう、と思っていた矢先にこのようなお話を頂いたので、恥知らずにもお話を受けてしまいました。ですが…まさか…、「禁色」の黄橡様を差し置いて信省一位になるなんて知らなくて…。ごめんなさい。鶸さんもいきなり来た子供が一番偉い席にいるなんてお嫌ですよね…。」
「そ、そんな…!黄丹様が仰ってました!「禁色」や「ゆるし色」なんて関係ないって。これからを担える者に信省をお願いするから皆、頼む、って。大丈夫ですよ!僕達も頑張って蒲公英様をお支えします!」
「あ、ありがとうございます…。因みに、鶸さんは普段はどんな御本を読まれるのですか?」
「ぼ、僕は…道中記が好きです…。色んな場所があるって分かって面白いので…。」
「成程。お仕事も警邏ですものね!鶸さんが早く元のお仕事に戻れるよう、ボクも早く省内の事を覚えます!でも、同じ少年期の者同士、どうか仲良くして下さいね。」
「は、はい!恐悦至極…。」
*****
そうして、約一か月間の付き人生活が終わった。
「金糸雀さ~ん!」
「鶸~、お疲れ様でした~♪」
休憩していた金糸雀さんの所に飛んで行く。
「漸く今日から元通りの生活です!またよろしくお願い致します。」
「ふふっ。頑張りましたね~♪」
いつも歌うように話す金糸雀さんの声が心地よい。
「あ~。僕、金糸雀さんと組めて良かったぁ…。」
しみじみ思った事が口から出た。金糸雀さんが微笑んだ。
「そうですか~?」
「はい…。蒲公英様と僕は同じ少年期だけど、蒲公英様は信省一位になるだけあって頭が良くてとっても難しい漢字もスラスラ読み書きするし…。なんて言うか…、隔たりを感じてしまいました。僕、もっと頑張らないと駄目なのかなぁ…って。」
「ふふっ。十人十色~♪皆違って皆いいんですよ~♪今の鶸が大好きって人も~、沢山いるでしょう~?」
「…はいっ!」
そうだ、一位になるような方と比べて落ち込まない!僕は僕、だもん!
「金糸雀さん、ありがとうございます!僕、頑張ります!」
そう言って、一か月ぶりの警邏に出掛けた。一か月あれば季節は変わるし、風景も違う。気になる所がないか見ていく。見た目はなんら変わりないのに、なんだろう…。どこか…空気が淀んでいるような気がした。
「金糸雀さん…」
「…鶸も~、感じますか~?」
「――はい。」
どこか、なにか、少し。だけども確実に淀んでいる。
「報告する必要が~、ありますね~♪」
僕達は急いで、六省に戻った。
「…成程。分かりました。」
僕達の報告を聞いた蘇芳様が銀縁眼鏡をおさえて頷いた。
「どうやら、こちらの世界に手出ししたい誰かが本格的に動き出したようですね…。今、こちらの世界は揺らいでいる。それを敏感に察したというところでしょうか…。ふむ。この六省は警備は万全。だとすると…」
「相手が最初に狙うのは警備が手薄な防人の地かと…。近年は盂蘭盆でも無いのに、黄泉への道が開いて怨霊の出現率が上がっている、と青様の文にありました。」
蘇芳様の傍に控えていた東雲様が言葉をついだ。
「ああ。深黒が防人の地に出向以降、その数は確実に増えているようだな。すまないが、明日から二人は防人の地へ行き、気になる箇所を調べて来てくれないか?」
「「はい。」」
「先に言っておくが、詳細が分かるまでは内密に頼む。他言無用だ。」
折角、明日から桃と一緒におやつを食べられると思っていたのに出鼻をくじかれた。でも、仕方ない。それが僕のお仕事だもん。仕事終わりに一か月ぶりに桃や半、真朱と夕ご飯を食べに行った。
「僕、明日から防人の地に行く事になった。」
「付き人生活が漸く終わったらそれかよ…。」
半が顔をしかめる。
「…うん。」
「鶸、大丈夫か?気疲れする付き人が終わってすぐに遠距離警邏に行くなんて…」
桃が心配してくれた。嬉しい!
「だ、大丈夫!ずっと室内が多かったから、むしろ気分転換になるよ。また何かいい物を見付けたら、皆にお土産買ってくるね♪」
「無理しなくていいよ~。」
「そうだぞ、鶸。お前が無事に帰って来るのが一番なんだからな!で、どれ位かかりそうなんだ?五日位?」
「ん~…。詳細不明…。」
「そ、そっかぁ…」
桃が力なく言った。僕もしょんぼりした。
帰り。桃が信省まで送ってくれると言うので、久し振りに一緒に歩いて帰った。桃は何かを言いたそうにしてる。なんだろう…?
信省の屋敷前に着いた。
「桃。送ってくれてありがと。おやすみなさい。明日の朝、行く前にぎゅってしてね。」
「あぁ…。あ、あのさ!」
「…なぁに?」
「ま、前に…。その…、昔、鶸がお揃いにくれた砂金あったじゃん?」
「うん…?」
「そ、それさ、暫く俺っちに貸してくんね?」
「…いいけど…。どうするの?」
「そ、その…。今はまだ言えないんだけど…、ちゃんと返すから!な!お願いっ!頼むっ!
この通りっ!」
何だか必死に両手を顔の前で合わせて拝むから、「いいよ」って言った。
「ちょっと待ってて!」
そう言って、飛んで窓から自分の部屋に入った。押し入れの隅に置いている小箱を開ける。中に桃色の懐紙に包んだ砂金の粒がある。それを掴むと大急ぎで戻った。
「はい、これ。」
「あ、ありがと、鶸!」
「うん…。」
桃がそっと中を確認する。
「俺のは丸っこいけど、鶸のは三角っぽいから間違えないな。」
「うん…。桃は桃だから木の実みたいに丸い方にしたの。」
「そっかー。俺っちのこと考えてあっちをくれたんだな。ありがと、鶸!明日からの警邏も頑張れよ!」
そう言うと、丁寧に包み直して大事そうにしまった。砂金粒は桃と一緒にいられていいな…。そう思って返事をした。
「うん…。頑張るね…。」
「…なんだよ…。そんな元気ない返事して…。お前がそんなんだと心配になるだろ!ほらっ!」
そう言って、桃が右手を差し出す。
「?」
「明日もするけど…、今日も!寝る前にぎゅっとしとけば、少しは元気になるだろ!」
「――!!桃、大好き!」
両手で桃の右手をぎゅっと包み込んだ。両手からポカポカが伝わって、心がぱあっとあったかくなる。
「えへへ…。元気出た!桃、ありがと!」
「…どういたしまして…。こんなんでよきゃ、いつだってしてやるからな…。」
「うん!おやすみなさい。桃、また明日。」
「おう!お休み、鶸!明日に備えてしっかり寝ろよ~!」
桃はそう言って大きく手を振ると走って帰って行った。僕は桃の後姿が見えなくなるまで見送ってから、屋敷内に入った。
お風呂を済ませてから、明日の準備をする。全部終えてから、そっと押し入れの奥から風呂敷包みを取り出す。中からそっと、桃柄の着物を取り出した。置屋用と知ってからは恥ずかしくて、経緯を知ってる金糸雀さん以外には見られないようにこっそりしまっている物だ。ぶかぶかのそれを頭からすっぽり被って、布団に入った。桃の手を握った両手があったかい。
「えへへ…。桃、優しい…。大好き…。」
桃と出会った日の桃園の景色を思い出してにっこりした後に、気になった。桃はあの砂金を一体どうする気なんだろう??




