十一 鶸
十一 鶸
今日は吃驚した。だって…、まだ子供のままでいると思っていた半が急に大きくなってたんだもん!昨日別れた時はまだ少年の姿だったのに…。真朱に続いて、半まで…。次は僕?それとも桃?どっちが先に大人になるのかな?
半に話を聞きたかったけど、僕は今日から遠距離警邏に行くから、詳しい話が聞けるのはまた今度だ。今朝の桃は急いでたみたいで、いつもみたいに手をぎゅっとしてもらえなかったから、寂しいな…。
そんな事を考えながらも、目はあちこちに光らせて金糸雀さんと空を飛ぶ。僕はこの仕事が好き。自分の知らない事や場所を知る事が出来る。六省の試験を受けて良かった、こんな時、いっつも桃に感謝する。あの時、桃が僕を連れ出してくれなかったら、今頃僕はどうなっていたんだろう?置屋に売られて、丸焼きにされて食べられちゃってたのかな?僕なんか、あんまり肉もついてないし、食べても美味しくないと思うけど…。世の中には、僕の知らない事が沢山ある。食人文化もきっとそうなんだろう…。
二日目の仕事を終えた後、時間が出来た。ここの町はきらびやかで、いろんなお店がある。キョロキョロしてたら、金糸雀さんが微笑んで言った。
「ふふっ。珍しいですか~?宿に荷物を置いたら~、散策に~、出掛けてみたらどうでしょう~?」
「いいんですか?」
「ええ~♪後は私におまかせあれ~♪世の中を知るのも~、仕事のうちですよ~♪でも~、あまり~、遠くに行ってはいけませんよ~♪」
お言葉に甘えて、荷物を置いてから一人で町へと繰り出した。砂糖をまぶした揚げ菓子が売られている。「味見して見るかい?」そう言われて、一つもらった。早速食べた。その先では、職人さんが目の前で鳥や猫の姿に形を変えて、飴を売っている。すごい!じっと見てたら、「何だい?どこの子だい?欲しいのかい?他の奴には内緒だよ。代わりに今度ヨロシクな」って、小さい花の形の飴を一つもらった。早速舐めた。歩いてたら、一軒の店の前で足が止まった。その店の軒先に、一面の桃の花が描かれた艶やかな着物があったんだ。
「…すごい…。綺麗…。」
昔、桃と一緒に屋根の上から見た光景みたいだった。桃と初めて会った場所。懐かしいなぁ…。あの時、無性に桃の花が見たくなって一人で歩いて桃園に行ったんだっけ…。折角行ったのにまだ咲いてなくて…。がっかりして帰ろうとしたら、上から声が降って来たんだよね…。それから、桃自身も降ってきたんだっけ。ふふっ。思い出しておかしくなった。それから…、桃の花がついた枝をもらって友達になったんだ。指切りなんて、あの日初めてした。桃は優しくて、頼りになって…。僕はあの日からずっと桃が大好き。だって、桃の隣は僕にとっての桃源郷。
思い出に浸っていたら、声を掛けられた。
「やぁ、その着物に目を付けるとは…。いやぁ~、お目が高い!いいでしょう、これ!正絹ですよ!」
「ショーケンって…何ですか?」
「ぜ~んぶ混じりっけなしの絹って事ですよ!触ってごらんなさい!うっとりするような手触りですよ!」
「じゃ、じゃあ…。お言葉に甘えて…」
そっと裾を撫でてみる。さらりとなめらかに指が滑った。
「ホントだ…!凄い…!」
「そうでしょう、そうでしょう~!貴方は肌が白いから、羽織れば大層映えると思いますよ~!誰もがイチコロ!この町一番の売れっ子になれます!」
…一体、何の事だろう?と思ったけど、手触りもいいし、何より大好きな桃の花が描かれているから欲しくなった。これを部屋に飾れば、一年中桃園にいる気分になれる。今日は桃にぎゅっとしてもらえなかったけど、これを抱えて眠れば安心して眠りにつけそうな気がした。
「あの…。因みになんですけど、これ…、おいくらでしょうか?」
おそるおそる聞いたら、店の主人は吃驚するような値段を口にした。さっき売られていた飴細工よりも安い。
「え…?それは…、いくらなんでも安すぎませんか?」
「いえいえ~。私、今日初めて貴方を見ました。それ即ち!貴方、これから初お披露目を控えているのでしょう?私の目に狂いは無いっ!きっと貴方はこの町一番の売れっ子になる!そんな貴方が初お披露目の時に着ていたのが、うちの着物だと分かれば…!うちはウッハウハのガッポガポ!そう考えたら、やっすいもんですわ~!」
そう言うと、ささっと着物を畳んで包んでくれた。その勢いに押されて、僕は言われた分だけお金を払った。
「お客さん、これもおまけにつけとくんで!私が客になった暁にはヨロシク頼みますよ!」
そう言って、手のひらに貝殻を載せて来た。なんだろう?良く分からないけど、お礼を言って、桃柄の着物が入った風呂敷包みを抱えて更に歩いた。通りには、螺鈿細工で出来た髪飾りや綺麗な組紐、煙管に綺麗な陶器や珍しい楽器を売るお店がいくつもあって、ワクワクした。お店の人達も皆親切で、商品に対して丁寧に説明してくれたし、楽器の実演もしてくれた。
夢中で歩いてたら、街の雰囲気が急に変わった。それまでは商店が多かったのに、いきなりかっちりした不思議な建物に変わった。戸の前に全部、格子がある。不思議な家の造りだった。ぼんやり見ていたら、格子の向こうの戸が開いて、金ぴかの飾りをつけた綺麗な人にふいに袖を引っ張られた。思わずよろける。
「坊や。アンタがここで働くって決めてるならいいが、そうでないなら今すぐ帰りな。ここはあんたみたいな子供が来る場所じゃないよ。」
「え…?あの…、ここは一体、何でしょう?」
「…アンタ、知らずに迷い込んだのかい?ここは花街。置屋が並んでいるだろう?」
「置屋?」
どきん、と心臓が跳ねる。僕が昔、売られそうになった所?じゃあ、この綺麗な人もこれから誰かに食べられて骨だけになっちゃうの?カタカタ震える僕を見て、綺麗な人は言った。
「どうやら、何も知らないようだねぇ…。ちょいと待っといで。そこを動くんじゃないよ。」
そう言うと、綺麗な人は格子の向こうの戸を閉めて消えた。僕はその場に立ち尽くした。暫くした後、しゃなりしゃなりと豪奢な着物に身を包んだその人が現れた。すごく高さのある履物をはいていた。
「ほら、行くよ!アンタ、どこの宿屋に泊まってるんだい?」
「え…えと…」
僕は金糸雀さんのいる宿屋を告げた。
「おや。随分と良い宿に泊まってるんじゃないか。これ、持ってるのかい?」
親指と人差し指で丸を作って訊いてくる。お金の事かな?僕は「ううん」と頭を振る。
「し、仕事で来ただけです…。」
「へぇ~。そんなに小さいのに仕事してるんだ。えらいねぇ~。」
そんな話をしながら歩く僕達二人を、さっきの通りの人達が目を丸くして見てた。さっき、僕が着物を買ったお店のおじさんに至っては拝んでた。変なの…。でも、拝みたくなっちゃう気持ちも分かるな。だって、隣を歩くこの人、すっごく綺麗なんだもん。
通りを抜けて、今晩泊まる宿の玄関を開けたら、番頭さんが腰を抜かした。
「うへぇ…!五色太夫様っ!!!」
「あぁ、気にするな。この童を送って来ただけだ。すぐ帰る。」
「いえ!滅相も無いっ!お茶だけでも召し上がって行って下さいまし!」
そう言うと、バタバタと向こうに走って行った。
「えと…。送って下さってありがとうございます。その…、良かったら、宿の方もああ言っておられましたし、僕達の部屋でお茶を飲んで休んで行かれますか?」
「そうだねぇ~。お言葉に甘えて、すこぉし、サボって行くとするかねぇ~。」
綺麗なその人は、悪戯っ子のように笑った。
今日泊まる部屋の戸を開けた僕と一緒の人を見て、金糸雀さんが目を丸くした。
「ひ、ひわ…?」
驚きのあまり、いつも歌うように話すのに、普通に喋った。
「お初にお目にかかります。五色太夫と申します。以後、よしなに…。」
きちんと正座して指を揃えて頭を下げたその人を見て口をぱくぱくし、僕を見る。そこに「はい。茶菓子を持ってまいりました~!ごゆるりとおくつろぎ下さいませ~」と宿の人が来た。卓上に茶菓子を並べ、茶を注ぐとそそくさと消えた。
暫くの沈黙の後、五色太夫と名乗ったその人が笑い出した。
「あ~、おっかしぃ!こんなに笑ったの久し振り!」
それで、魔法が解けたみたいに、金糸雀さんが言った。
「鶸、これは一体~?どういう事ですか~?」
「そ、それは…」
僕はそれまであった事を話した。僕の話を聞いた五色太夫さんは手を叩いて笑った。
「アンタ!それ、町の連中に置屋に新しく来た子だと思われてるよ!」
「ええっ!?」
ひーひー涙を流して笑う五色太夫さんが言った。
「まぁ、無理もない…。こんな可愛い顔をしてたら、町の連中皆勘違いしちまうだろうねぇ!アンタに皆、優しかったろ?」
「はい…。お菓子をもらったし、お菓子より安い値段で着物を売ってもらいました。」
「へぇ、どんな?見せてごらん。」
「こ、これです…。」
僕は風呂敷包みを解いて、一面に桃の花がちりばめられた着物を広げる。
「へぇ…。正絹じゃないか!これを菓子より安くねぇ…。アンタ、よっぽどの上玉だとあの店の親父に思われてるよ!愉快だねぇ~!」
そう言って、アハハと笑う。
「あの…、何か良く分からないけど、おまけもつけてもらいました。」
「何だった?」
「これなんですけど…。」
二枚貝が合わさった物を見せると、五色太夫さんは更に笑った。
「こりゃあ、すごい!あの強欲野郎があたし以外にこれをやったなんて、驚きだねぇ!」
「…なんです、これ?」
「使った事ないのかい?」
そう言うと、カチンと貝を外した。貝殻の内側が玉虫色に光ってた。
「ほら、良く見てごらん。この色、玉虫色に光ってるだろう?高級品さ。安い紅は赤いんだ。高い物だけ、こういう色をしている。筆を使って、唇に塗るとツヤツヤ輝くよ。アンタ、元がいいからきっと美人になる。」
そう言うと、貝を元通りに合わせて返してきた。
「もっとも…。今のアンタにゃ不要の長物だがね。ま、とっといて、いざ!って時に使ったらいいさ。」
「いざ?」
「そうさ~、好いた男を落とす時にでも使えばいい。」
「す、す、す…!」
吃驚して貝を落としてしまった。折角合わさった貝殻が二つに分かれた。
「なんだい、そんな動揺して…。はぁ~ん…。さてはいるんだね?どんな男だい?この五色太夫様に話してごらん?」
ゴホン、と咳払いがした。金糸雀さんだった。
「子供相手に~、なんの話を~、するおつもりですか~?」
ちょっと怒ってる。
「ありゃ?おかんむりかい?怖いねぇ~。元をただせば、監督者のアンタが目を離して、花街に迷い込んだこの子をあたしが保護してやったのに…。」
「……。それに関しましては~、申し訳なく~…」
「あははっ!いいって、いいって!そのおかげで久し振りに客を取る事も無く町を歩けて、こっちは楽しかったんだ!でも…、そろそろ帰らなきゃなんないかねぇ…」
暮れゆく空を見て、淋しそうに言って立ち上がる。
「…お待ちください~♪ならば、お詫びに一晩、貴方を買いましょう~♪ですが、仕事はせずに結構です~♪」
「おう、太っ腹!あたしは高いよ?払えんのかい?」
「…こう見えて~、六省勤めですから~、お気になさらず~♪」
「なんだって!?アンタ達、役人なのかい?」
さっと五色太夫さんが姿勢を正した。
「大変失礼な口をききました事を、謹んでお詫び申し上げます。」
深々と頭を下げる。
「どうぞ、お顔をあげて下さい~♪そんな大層な者では~、ございませんので~♪」
にっこり微笑む金糸雀さんを目にして、二人の関係が逆転した事が分かった。金糸雀さんは傍らにあった紙を取ると、何やら文字を認めた。
「これを~、宿の者に頼んで~、貴方の置屋に届けてもらいましょう~♪」
「なんだい?」と五色太夫さんが覗き込んで、読み上げる。
「こちら、信省五位金糸雀と申す者。こ度はこの町を知るべく、五色太夫殿に話を聞きたい所存。故に一晩、お借り申し上げます。御代は言い値で結構…って!こりゃ、傑作だ!」
手を叩いて笑い出した。
「アンタ、あたしが法外な値段をふっかけたら、どうするつもりさ?」
「分割払いで~、お支払いいたします~♪」
金糸雀さんは動じない。
「あはは!さいっこー!今夜はとても、楽しいねぇ!アンタ、さっさとこれを宿の連中に渡して来な!六省のお偉い様に指名してもらったとなりゃ、このあたしに箔がつく!置屋の連中もそう思うだろうさ!なあに、お代なんかいらないよ!この書状がお代みたいなもんだ!これからどっさりお釣りがくらぁ!どのみち、あんたら、あたしにそういうの求めちゃいねぇんだろ!」
「ふふ…」
金糸雀さんが笑った。五色太夫さんも笑った。だから、僕は大急ぎで宿の人にお手紙を届けて下さい、ってお願いに行ったんだ。
それから、五色太夫さんは僕達と一緒にご飯を食べて、お酒を飲んだ。いい気分になったのか、三味線を弾き出した。上手だった。拍手した。
「はぁ~、今夜はとても楽しいねぇ…。」
五色太夫さんは三味線を置くと、今度は扇を広げ、歌いながら踊り出した。
「貴方~、タダ者ではありませんね~♪」
金糸雀さんはそう言うと、そっと両手を合わせて何かを唱えだした。そして、パチン!と柏手を打った。
「今、結界を張りました~。宜しければ~、貴方の事を~、お聞かせ下さい~♪」
「綺麗な顔して、アンタの方こそ、食わせモンだねぇ…。そうさ、あたしは目的があるから、置屋にいる。ここは交易が盛んな町さ。いろんな所から、人が来る。あたしゃ、そんな奴等から寝物語に情報を仕入れてるのさ。」
「何かを~、お探しですか~?」
「人探しをしてるんだ。都にいるアンタ達なら、何か知らないかい?滅紅って名前を聞いた事無いかい?」
「メッコウ…」
金糸雀さんが口元に手を当てる。
「以前…、耳にした事が…。おそらくですが…その方は~、もういらっしゃらないのではないか、と…」
「……そうかい…。」
五色太夫さんは深い溜め息をついた。
「なにか?」
「そいつは、あたしの愛した男だよ。渋くて…カッコイイ奴だった。一緒に住んでたんだ。ある時、「すごい所を見付けた」って言って出掛けたきり、帰ってこなくなった。いなくなっちまったんだよ!」
そう言うと、それまで盃に注いでいたお酒を、徳利のままぐいっと飲み干した。
「はー!!あのバッカ野郎!あたしを置いてどっこに行っちまったんだか!」
「…そんなだから~、捨てられたのでは~?」
金糸雀さんが辛辣な一言を放った。
「はぁ~!?バッカお言いでないよ!あの野郎はあたしにゾッコンだったんだ!何?その目!信じてないでしょ!?本当さ!「お前は本当に面白い奴だ。俺が愛するのはお前だけだ」って言ってたもん!」
だん!と徳利を置く。
「はぁ…。それが、今では春を売っているのですか~?」
「あぁ~ん?売る訳ないだろ?アンタ、さっき結界を張った、って言ったね?ここでの話が洩れる事ないなら、教えてやるよ。あたしゃ、置屋にいても操は立ててるよ。愛の言葉は売っても、体は一切売らねぇ。置屋に来るような連中なんざ阿呆だからさ、ちょいと膝枕しながら耳掃除しつつ相手の話を聞いてやって、うんうん頷いてりゃ、イチコロよ。飲ませる酒に睡眠薬を混ぜときゃ、朝までぐっすりだ!後は起きてきたそいつらに「昨晩は激しかった…」とでも言っときゃぁ、バッチリよ!変な見栄があるからか、実際何もしてなくても「あぁ、凄かった」って言って帰るってワケ!酒を飲んでもなかなか薬が効かない奴には「お疲れのようですね」って言って肩を揉むフリして、急所のツボを押せば一気に崩れ落ちる、ってワケ!このあたしを抱こうなんざ、五十六億七千万年早い!てーの!」
豪快に笑って、徳利を空ける。金糸雀さんが唖然としてた。
「綺麗な顔して…。貴方…、たくましいですね…」
「なんとでも言いな!黄泉だろうが、何処だろうが、もう一度あのバッカ野郎に会える時まで、あたしゃ、この愛を貫くんだよ!覚えときな!」
「…はい。その一途さ、感服致しました~♪会えると…良いですね…」
小さく、泣きそうな顔で金糸雀さんが微笑んだ。
「おうよ!だけど、気になってんだ…。あの野郎は「すごい所を見付けた」って言ってた。「すごいモノ」じゃない…。それは、一体どこを指していたんだろう?」
「さぁ…?」
「まぁ、いいや。アンタ達さ、都の役人なんだろ?何か手がかりがあったら、あたしに教えておくれよ。あたしもアンタ達が知りたい情報があったら、流してやるからさ~。悪い話じゃない。ね、いいだろう?」
少し考えた後、金糸雀さんは言った。
「…いいですよ~♪私達は~、共犯者です~♪」
そう言うと二人は「乾杯」と言って、盃をカチンと鳴らした。僕はお茶を飲みながら見ていた。二人の話が漸く終わったようなので、気になっていた事を聞いてみた。
「あのぅ…。それで…、置屋って結局何をする所なんですか?」
「何って~」と言いかけてから、五色太夫さんが聞いてきた。
「なんで、そんな事聞くのさ?」
「だって…。僕…、昔置屋に売られそうになったから…。「食べられちゃう」って聞いて、怖くて…里を逃げ出したの。僕なんて小さくて、肉もそんなについてないし、食べる所少ないのに…。だから、五色太夫さんもそのうち食べられて骨になっちゃうのかな、って心配で…。」
それを聞いた五色太夫さんと金糸雀さんが顔を見合わせて頷いた。
「今、見たろ?三味線を弾いたり、踊りを見せてやるんだよ。」
「食べられたりしない?」
「あ~、別に肉を食べたりするワケじゃ~ないから、そこは安心しな。」
「そ、そうなんですね…。良かったぁ…」
ほっとしたけど、気になった。
「あ、でも…。さっき、体を売るとか何とか言ってませんでした?まさか…、指を斬りおとされたりするんじゃ…」
チッ!と舌打ちをしてから、五色太夫さんが手招きした。
「鶸、ちょっとこっちに来な。」
「は、はい…。」
そしたら、こてんと転がされて膝枕された。ふわん、といい香りがした。
「こんな風に耳掃除をしながら、相手の話を聞いてやるんだよ。膝を貸してやる事を体を売るって表現したのさ。」
「な、成程…。膝を時間貸しするんですね…。」
「…ちょっと違うけど、そんなもんだ。けど、いいかい、鶸。覚えときな。置屋の事なんざ、金輪際口にするんじゃないよ。それが暗黙の約束だ。置屋はある意味、日陰のモンだ。日向に出しちゃいけない。分かるかい?」
「…は、はい!」
「いい子だ。ほら、こうやって膝枕される時、綺麗な着物で綺麗な見目の方が気分がいいだろう?だから、置屋にいる連中は艶やかな着物や紅を身に付けるんだ。でもさ…。本当は、そんなの無くていいんだよ。本当に好きな人となら、なんだっていいんだ。一緒にいるだけで幸せになれるからさ…。分かるかい?」
優しく髪の毛を撫でながら言われているうちに眠くなってきた。
「はい…。僕、桃といるとポカポカする…。」
「そうかい…。アンタが好きなのは桃って言う奴なのかい。だから、あんな艶やかな桃の花の着物を買ったのかい?」
「うん…。昔一緒に見た風景に似て、すごく綺麗だったから…。あの着物があれば、冬でも桃の花が見られるし、会えない時も桃と一緒にいられるような気がしたの…。」
「そうだねぇ…。ちょいと、金糸雀さん。それ、取ってくんな。」
そう言うと、五色太夫さんは僕の上に桃柄の着物を掛けてくれた。
「ほら、桃の花が咲いたよ。綺麗だねぇ…。春が来たみたいだ…。」
「うん…。あったかい…。」
正絹の肌触りの良さを頬に感じる。優しく髪を撫でられて、欠伸が出た。
「なんだか…眠くなってきちゃいました…」
「ゆっくり休みな…。良い夢を…」
優しい声が耳に落ちてくる。僕は、そのまま目を閉じた。
夢の中で、僕と桃は花盛りの桃園にいた。半も真朱も、金糸雀さんも皆いた。甚さんが「おやつだぞ!」って大きな重箱を持ってきた。中には綺麗な三色団子が並んでた。
「美味しそう…!」
僕が言ったら、真朱が言った。
「お~い、こっちで雲砂糖作ろうぜ~!」
「おう!真朱はすげーな!」
桃が面白そうにそっちに走って行く。
『―――待って!行かないで!』
そこで目が覚めた。僕の隣で、いびきをかいて五色太夫さんが眠ってた。金糸雀さんが壁にもたれて眠っていた。僕の身体には、桃の花の着物が掛けられていた。
「桃…。会いたいよ…。」
僕はぎゅっと着物を抱きしめる。知らない場所で眠るのは、今でもちょっと苦手だ。こんな風に、夜中に目が覚めて不安になる。早く帰って、桃にぎゅっとしてもらいたい。桃が手を握ってくれると安心する。桃の手はいつもあったかくてポカポカするから。あと三日…。早く都に帰りたい。そう言えば、今日は物珍しさが勝って、桃へのお土産をまだ見てなかった。でも置屋の話はするな、って五色太夫さんが言ってたから、今日の出来事は土産話に出来ないし。どうしようかな?帰りがけに寄る町で何か美味しい物を買って帰ればいいかなぁ…。
ふと思いついて、桃柄の着物を羽織ってみた。僕にはまだ大きいけど、大きいから頭からすっぽり被れる。昔被ってた布みたいで、安心した。だから、桃柄の着物にすっぽりくるまって眠った。桃にぎゅっとされてるみたいであったかい…。
今度は、朝までぐっすり眠れた。
*****
それから、遠距離警邏を終えて、近くの町で美味しいと評判の饅頭を買って帰った。城下に入った時、「ヒワ―!」って大きな声がした。桃が天守の上で大きく手を振っていた。
「おかえりー!!」
大きな声が辺りに響いた。
「お土産を~、渡してきたらどうですか~?」
「は、はい…。すぐ戻りますね!」
僕はひゅん、と飛んで天守に降り立つ。
「お帰り、鶸!おつかれさん!」
「うん!ただいま、桃。あのね、これ…皆に買って来たお土産のお饅頭。とっても美味しいんだって!」
「へぇ~。ありがとな!半と真朱にも渡しとく。」
「うん!じゃ、僕、報告書作成に行ってくるから、また後でね!」
「あぁ…。」
「あ、そうだ!」
「ん?どうした?」
「あ、あのね…、桃。ぎゅってして。」
左手を出す。
「……。」
「ほ、ほら…。今回出掛けに桃にぎゅってしてもらえなかったから、僕、元気出なかった。」
「あ~!なんだよ…。それ位、いつでもしてやる、って~の!ほら、お疲れ様!」
そう言って、ぎゅっと握ってもらった。桃の手はいつだってあったかい。けど、今日はあったかいを通り越して熱かった。
「桃…。熱あるの?」
「え?」
「だって…、いつもより手が熱いよ?大丈夫?」
手を繋いだまま、おでこをくっつけて熱を測ろうとしたら「うわー!」って手を振り払われて吃驚した。
「うわっ!ごめん、鶸!ちょっと吃驚した!」
「う、うん…。僕こそ、急にごめんね…。熱あるか測ろうと思ったの…」
「あー…。あー!熱な!多分、だいじょぶ!あれだ!今日も真朱の実験に付き合って、変なモン食わされたから、その副作用かも!心配してくれて、ありがと!ほら、お前も早く戻んねーと、金糸雀さん待たせちまうだろ!また後でな!」
「う、うん…」
桃は、天守の屋根から素早く室内に入って行った。僕も急いで、金糸雀さんの元に向かった。
どうしてか、胸がちくん、と痛んだ。桃、真朱の実験に付き合ってたって言ってた…。僕が仕事でいない時、桃は真朱と一緒にいるんだと思ったら、何故だか胸が苦しくなった。
なんでかな?




