十 桃
十 桃
更に月日は流れて。ある朝、真朱が大きくなってた。
「おはよ~、桃。オレ、今日から大人。青年期に入った。」
前から背が高かったのが、一段と高くなってた。
「ぐぬぅ…。お前更にデカくなりやがって…!」
「ま~ね~。甚さんの美味しいご飯のおかげかな~。」
けたけた笑った。そこに鶸もやって来た。
「おはよう、桃!その人だぁれ?」と言いかけて気付いたらしい。
「真朱っ!?」
「そだよ~、鶸ちゃん。君達、小さいねぇ~。」
「おはよ…。二人共…」
寝ぼけ眼の半が、大きくなった真朱に挨拶されて目を見開いた。眠気が吹っ飛んだらしい。
「…真朱っ!?なんだよ…、俺の方が先に大きくなると思ってたのに~!」
「はっはっは!オレが一番、霊力が安定してる、って事!って言えば、聞こえはいいけどさ~、要はこの中でオレが一番霊力量が少ない、って事だよ…。」
少し残念そうに言う真朱を励まそうとした半が口を開いた時、真朱があっけらかんと言った。
「ま!それを補って余りある才能があるからいいんだけどね~。少年達!今日も任務に励めよ~!じゃ~な~。」
そう言うと、ひらひら手を振りながら去って行った。
「何だよ~!お前だって、昨日までは少年だったくせに~!」
「いいなぁ。俺も早く大人になりてぇ~。」
「ぼ、僕は…このままでもいいかな…。」
鶸が小さい声で言った。
それから暫くして、鶸が四泊五日の遠距離警邏に出掛けている時に事件は起こった。その日は、山鳩様と僻地への配達についての相談をする日だった。水鏡を使える半も呼んで、実際の地形を確認する事になっていた。
「た、大変だ~!」
深皿を抱えた半が部屋に飛び込んできた。
「なんだ?」
「どうした?そんなに慌てて?」
「あ、あのな…。さっき、寮からここにくる間に、三人の鳥人が城下で鶸の事を聞いて回ってたんだ。」
「何ぃ!?お前、そいつらに鶸の事喋ってねぇだろーな!」
もしかして…里にいる時に鶸を苛めてたっていう奴等か?不安が胸をよぎる。
「あったりまえだろ!ここには鶸を売る奴なんていねーよ!皆、鶸が大好きだもん!商店の人達だって、皆「人違いだよ。六省の鶸さんとは違うねぇ…」ってはぐらかしてたけど…。あの調子じゃ…六省にまで「会わせろ」って言って来そうな勢いだった…。」
……里を逃げ出して来た鶸を守るようにここまで来て、数年経った。まだアイツらは鶸を売る事を諦めてなかったのか!と腹が立った。鶸が遠方に出ている時で良かった、と思うと同時に困った事になった、と思った。どうにかして、そいつらに帰ってもらうにはどうしたらいい…?と思っていたら、背後から声がした。
「お~い、お困りのようだね~。」
戸口にいたのは真朱だった。
「ここに来るまでに、鶸ちゃんについてうるさく聞きまわってる連中を見たよ~。」
「お前も!?」
どうしたら…と思った時、真朱が言った。
「そんな時には、これ!オレが作った「変色水」!」
怪しい色の液体が入った透明の瓶を目の前に出してきた。
「なんだ、それ?」
「昨日のオレの新発明。なんと!皆の色が変わりま~す!すごいでしょ~!」
ニコニコ笑顔の真朱に半が突っ込んだ。
「変えてどうすんだよ?」
「うん…。オレも昨日、作り終えてからそう思ったんだけど~。正に!今!使う時が来た!おお、天よ!」
大げさに言って、こっちに向き直った。
「そんな訳で、桃。早速、飲んでみよ~。」
「ええっ!?ヤダよ!どう見てもヤバそうじゃん、それ…。」
「ヤバくない~。味は保証する~。鶸ちゃんの為に飲んで~。」
「俺っちが飲んで、なんで鶸の為になるんだよ!?」
「え~。だって…、「これは安全な飲み物です、飲んでも人体になんら悪影響はありません」って証明をしないと、そこにいる山鳩様が飲んでくれないじゃん!」
「はっ!?俺っ!?」
いきなり流れ弾を喰らった山鳩様が素っ頓狂な声をあげた。真朱が真面目な顔で続けた。
「そうです、山鳩様。桃で用が済めばそれが一番良かったのですが、桃には翼がありません。桃に鶸ちゃんの代役は務まらない。そして今、六省にいる鳥人の皆さんは不在です。貴方しかいないのです。それに…奴らはきっと綺麗に成長した鶸ちゃんを探してる。そこに、鶸ちゃんの色をした山鳩様が現れたら、きっとすごくおも…ゴホン、二度と姿を現さないと思うのです。」
今、面白い、って言いかけたよな、真朱…。でも、分かる。山鳩様はもうご自身では飛ばないけど、体を鍛えているだけあって隆々とした筋肉をしている。強そうだ。
「お、お願いします、山鳩様っ!」
俺っちは土下座した。これで鶸を窮地から救えるなら、土下座なんて安いものだ。
「お、俺からもお願いします、山鳩様。どうか鶸の為にひと肌お脱ぎください…!」
半も倣った。
「オレも~。是非山鳩様にお願いしたいのですが…」
怪しい液体片手に真朱が言う。
「ぐっ…!心の底から断りてぇが…。鶸がいねぇとうちの桃が使いモンにならなくなりそうだしな…。(片手で頭を押さえて考えてから)仕方ねぇ!飲んでやろうじゃねーか!」
「「ありがとうございますっ!!」」
「流石、山鳩様~!」
真朱が大きく拍手した。
「じゃ~、先ずは桃。なりたい色を思い浮かべて飲んでみよ~。」
「おう…。」
「ちゃんと効いてるか、分かりやすい色がいいんじゃないか?」
半が言うから「じゃ、空の青!」と言ってから、盃に入れられたそれを一気に飲み干した。体がじわっと熱くなった。
「うわっ!本当だった…!」
「すごいな…。」
「でっしょ~!オレ、天才…。自分の才能が怖くなるな~。」
そう言って鼻歌を歌う真朱に促され、鏡を見て仰天した。俺っちの髪も目も青くなっていた。
「体でどっか不調なとこない?」
「ない!」
それを聞いた真朱が満面の笑みを浮かべた。
「山鳩様。治験終了です。ご心配でしたら、オレも飲みます。さぁ、ぐぐっと一杯!」
はぁ~っと大きな溜め息をついた山鳩様が言った。
「仕方ねぇ…。さっさと面倒事を終わらせて仕事すんぞ、お前ら!」
「かしこまり~!」
「勿論です!!」
「了解~!」
そんな訳で…。鶸の色に変わった山鳩様と「こんな面白い事滅多に無いから…」と言って俺っちの色に変わった真朱が城下に行く事になった。俺っちと半は、後ろから様子を伺う事にした。しばらく行くと、俺っち達も良く行く団子屋で揉めてる鳥人の三人がいた。どうやら、あれだ!
そこから、真朱劇場が始まった。
「あれ~、鶸!あそこにいるの、もしかしてお前の里の連中じゃね?」
聞こえるような大声で言う。その声で連中が振り返った。もう、どうにでもなれ、な感じで山鳩様がこれまで聞いた事が無い可愛い声で言った。
「久しぶりだね~、皆!わざわざ僕に会いに来てくれたの?」
「えっ!?鶸?」
「…違うっ…!!」
「…嘘だろ?」
ボーゼンとしてる三人に真朱が畳みかける。
「なぁ、鶸。もしかして…こいつらが昔、お前を苛めてたって奴等?丁度いいじゃん♪成長したお前の力を見せてやれよ!前代未聞の二人って言われる俺っち達の力を見せてやろうぜ!」
俺っちの色になった真朱が、面白そうに片目を瞑って言う。それを見た団子屋の連中も察したのか、ノッて来た。
「そうだよ!やっちまいな、鶸様!」
「里にいた頃とは違うんだって事を見せてやれ!」
「そうだ、そうだ~!前代未聞の二人の名は伊達じゃねぇっ!」
「…おうよ!行くぜ、鶸~!」
真朱が言った。
「そいじゃ~、先ずは俺っちから…」と言って、三人組を指差す。
「ひぃー!!!」
そこに、制止が入った。
「お待ちなさい!そこで何をしてるのです!」
振り向くと、蘇芳様と東雲様が立っていた。
「あ…。」
「な、なんでも無いですっ!ちょっと…、人探しをしてたのですが…」
「「「人違いでしたーー!!!」」」
三人は口を揃えて言うと、一気に飛び去った。あっけない幕引きだった。
「で…?一体、何をしていたのですか、貴方達?」
残された俺っち達に、銀縁眼鏡の縁を押さえて低い声で蘇芳様が言った。
「あ~、いや…。これは…」
頭を掻く鶸色の山鳩様とは対照的に、隣に立つ桃色の真朱があっけらかんと言った。
「人助けでございます、蘇芳様!城下で迷惑を掛けていた鳥人三人組を追い払ったのです。そして、彼らがここに来ることはきっともう二度とありません。ですよね~、皆さん?」
団子屋に居た連中に問いかけた。
「そうですよ、蘇芳様!アイツら、鶸様の事を嗅ぎまわってたんです!」
「しっつれいな連中でした!物を尋ねるのに、団子の一本も買いやがらねぇ!」
「それでいて、鶸様の事を「落ちこぼれ」だの「弱鳥」だの好き勝手言ってたんですよ~!」
隣の商店からも声が上がった。
「そうです!会えば必ず挨拶してくれて、城下の俺達に異変がないか、いつも気遣って下さる鶸様を悪く言うなんて、俺達許せねぇ!」
「あの愛らしさを汚す奴等は、金糸雀様及び鶸様警邏隊親衛隊の俺達が許しませんぜ!」
「そうとも!!真朱様にコテンパンにしてもらいたかったです!」
「そうだそうだ~!!」
それを聞いた蘇芳様がやれやれ…と肩をすくめる。
「分かった、分かった…。どうやら、君達に非はないようだ。それにしても…鶸は城下の皆に随分と愛されてるようですね。この結束力なら、再び彼等が来ても心配なさそうです…。そうして、山鳩。君がこんな城下に出てくるのも珍しい。どうです?ここの皆さんに迷惑を掛けたお詫びに、茶の一杯でも飲んでお金を落として帰ろうじゃありませんか。」
「はぁ…。」
山鳩様が溜め息をついたら、色が戻った。真朱と俺っちはそのまんま。
「ん~。どうやら、体格に応じて違う量にしないと、継続時間に差が出るのか~。」
ブツブツ言う真朱を横目で見て蘇芳様が言った。
「貴方、今朝持っていた怪しい液体を山鳩にも飲ませたのですか?」
「はい。正直、使う機会は無いと思っていたのに、こんなにすぐ使えてオレは大満足です。やっぱり、天はオレに味方するんですね~。」
桃色の真朱を不思議そうに見ていた東雲様が言った。
「変わるのは、色だけですか?相手の能力は引き継がないのですか?」
「あ~。色だけっスね…。さっき、あいつらやっつけてやろうと思って念じたけど、オレじゃ、桃がいつも使う弓は出せなかったんで…。」
「そうですか…」
東雲様は何かを考えているようだ。とりあえず、俺っち達は蘇芳様の奢りで団子を食った。
「真朱様。こないだの雲砂糖を作れるからくり、最高です!他の里の連中に披露したら是非欲しい、って言うんで、量産する事は出来ませんか?」
「ん~。したっけ、オレの里に製造発注かけるから、欲しい台数あげといて~。」
「はい!ありがとうございます。そうしたら、早速声を掛けておきますね…」
「あと、他に困ったりしてる事があったら教えて~。必要は発明の母って言うからさ~。」
そんな事を言いながら、真朱は城下の人達に囲まれていた。
「全く…、真朱は抜け目がありませんね。」
茶を啜りながら、感心したように蘇芳様が言った。
「役人でありながら、商人の面も持つ。霊力が足りないのなら技術で補う。うん…、本当に…若い世代が入ると組織が活気づきますね。」
「えぇ。私も色々と考えさせられます。」
東雲様が穏やかに微笑んだ。
事件の二日後に帰ってきた鶸は城下に入るやいなや、沢山の人達に声を掛けられたそうだ。歩いて六省に戻って来た時には、両手いっぱいに抱えきれない程の菓子を持っていた。
「ねぇ…、なんか城下の皆さんが僕に沢山お菓子をくれたんだけど…。僕の居ない間に何かあったの?」
不思議がる鶸に真朱が言った。
「なんもないよ~!皆、鶸ちゃんの姿が見えなくてさみしかっただけ~。な~?」
そう言うと、鶸が持ってた饅頭を「一個、も~らい!」と取って、パクっと口に入れた。
「うん…。皆、金糸雀さんと鶸の事、大好きらしいよ。」
そう言った半に、鶸が饅頭を渡す。受け取った半が礼を言う。
「そうなの?」
「そうだよ!」
俺っちも言った。
「お前がいるべき場所はここなんだからな!おかえり、鶸!」
「うん!ただいま。」
にっこり笑顔で鶸が言った。うん、鶸、お前はそうやって笑っているのが可愛いぞ。だから、お前の笑顔を曇らせる奴は、俺っちが皆やっつけてやる!
*****
真朱を除く俺っち達三人はまだ子供のままだと思ってたのに、今度は半が大きくなってた。
「あ~っ!何だよ!もしかしなくても半?マジ?大人になってる~!すげー!」
「うん…。起きたらなってて、変な感じ…。」
「そっかー。俺っち、まだなんだよな~。後で話聞かせてよ!じゃな!」
今朝は急ぎの仕事があるから、三人を背にその場を離れた。
「鶸。俺も遂に、大人になったよ~。」
「お、おめでと、半。吃驚したよ…。」
「うん、俺も朝起きて吃驚した。でも、身長は真朱を越えられなかったのが悔しい…。」
「しっかたないじゃん。小さい頃から、オレの方が高かったし~。」
昼休憩の時、いつも半がいる部屋に真朱と二人で行ってみた。鶸は遠距離警邏に出掛けたから、戻ってくるのは五日後だ。
「お~い、半。でっかくなった時の話を聞かせてよ。」
食堂で買って来た握り飯片手に訊く。
「いや、ホント…。寝てる間に大きくなってたから、特に話すような事は何も…」
そう言う半を「ふ~ん…」とニヤニヤした顔で真朱が見た。
「寝てる間に“オトナ”になった、と。その原因は昨日、万屋で買ってた例の本だね~!」
そう言うと真朱はすっくと立ち上がり、ここに来る時に手にしていた取っ手がついた長い棒を持って書棚へ向かった。そして、その棒を書棚の後ろに差し込む。
「うわ~っ!!!やめろ~!!」
半が慌てて立ち上がり、真朱を阻止しようとした時にはもう真朱の手に一冊の書物があった。
「半ク~ン。これ、そんなに良かったの?」
満面の笑顔の真朱の前に、完全敗北した半が項垂れた。
「く…っ!あの店の親父は口が固いから、誰にもバレないと思ったのに…。」
「アハハ!甘いな~、半。オレ、あの時、店の奥で商談してたんだよね~。半が来たから声掛けようと思ったんだけど、人目を気にしてるようだから、そっと行動を見守っといてやった。」
面白そうに言う。
「チクショウ…。声掛けろよ…。そしたら出直したのに…。でも…。なんで隠し場所が分かった…?」
「だって~、オレ達が入って来た時、こっち見たし~。あと大体、こういう物の隠し場所は見当がつくしね~。」
二人のやりとりで気になった。
「なぁ。それ、何の本?」
「え~?桃知らないの?春本だよ!」
「春本?」
「そ~。春本じゃなければ、猥本とでも。枕草紙とも言うね~。見た事無い?」
「俺っち、本読むの好きじゃないし…。その…難しいのはちょっと…」
「アハハッ!全っ然、難しくない!中身、殆ど絵だし!」
そう言って、パラパラっと中身を見せて来た。
「え…っ?何これ…?」
ほぼ全頁にわたって、裸で抱き合う二人の姿が描かれていた。カッと顔が熱くなる。
「何って…、房事でしょ~。何?マジで桃、何も知らないの?」
驚いたように真朱が言う。
「わ~!真朱の馬鹿!桃と鶸は純粋培養なんだから!」
「マジかよ…。オレ、鶸ちゃんが年中桃の事「大好き」って言ってるから、てっきりお前らとっくの昔にデキてると思ってたわ…。」
「な、なんだよ…!デキてるって…?」
「ん~。恋人同士で、こういう事してる仲かと…」
そう言って開かれた頁には、お互いが口を付け合って抱き合う裸の絵があった。
「し、し、し、し…!してる訳ねーだろっ!!!」
「その反応…。本当に知らなかったんだ~。」
唖然とする真朱がこっちを見る。
「真朱~っ!お前っ!桃だからまだ良かったけど、鶸にはっ!絶対にそういう事言うなよ!」
「ん~…、分かった~。半が春本買った事も黙っとく~。」
「一言多いっ!」
ズガッと真朱の頭に半が一撃を食らわせた。殴られた頭が痛いのか、擦りながら真朱が言う。
「でもさ~、マジで桃は鶸ちゃんに対してこういう気分になったりしない訳?別に鶸ちゃんじゃなくてもいいけどさ~、置屋に行ってみたくもならない訳?」
「置屋?」
昔、聞いた事がある言葉。良く分かんないけど、勝手に悪の巣窟って認識してた。実際は何をしてる所なんだろう?
「そ~。表向きはさ、芸事を披露してくれる事になってるけど、実際はさ、相手がいない独り身に春を売る商売をしてる所だよ。」
「え…?」
「ん…?分かりずらかった?要は、金さえ払えば、こんな風に口吸いも結合も思いのままにさせてもらえる場所だよ。性の捌け口だね。」
「な、なんだよ…。それ…」
声が震えた。もしかして、鶸はそんな所に売り飛ばされようとしてたのか?
そんな俺っちの言葉を置屋の存在意義に対する疑問だと思ったのか、真朱が続ける。
「あ~、言わんとする事は分かるよ…。本来、房事とは、恋を経て愛し合う二人がする行為だからね。でもさ~、世の中、全員が全員、愛する人と結ばれるかって言うと、違うんだな~。絶対にあぶれる奴が一定数いる訳よ。そんな奴等は持て余す精力をどうする~?放っておいて、道行く誰かを襲ったりしたら困るでしょ~?そんな犯罪が起きないように、お金という対価を払って一夜限りの恋人を買う場所が置屋だよ。ま、一種の必要悪だね~。理解出来た~?」
「出来ねぇっ!」
「ん!?」
「そ、そんな事…出来ねぇ…!」
俺っちは立ち上がると、駈け出した。体中が熱かった。
「桃っ!午後の仕事は~!?」
背後に掛けられる慌てた半の声に走りながら叫んだ。
「悪ぃ!休むって、山鳩様に伝えといてー!」
ごめんなさい、山鳩様っ!でも、それどころじゃなかったんだ…。
走って走って、自分の住む礼省の屋敷に戻ってきた。汗がすごい。ひとっ風呂浴びようと浴場の戸を開けた瞬間、「あっ!」という裸の薔薇様と目が合った。そこにあった光景に体が固まった。
「やだ…。見られちゃった…。」
「だから、言ったろ。まっ昼間から誘ってくるんじゃねぇって…。」
薔薇様と紅様が裸で抱き合っていた。
「…悪ぃな、桃。取り込み中だ。お子様は部屋に帰って大人しくしててくれないか?以後は僕もちゃんと自室でするようにするが…今は、どうにもならなくてね!」
「う、う、う…、うわーーーー!!!」
戸を閉めて、一目散に自身の部屋に駆けあがった。
心臓が煩い位に音を立てている。変な汗が止まらない。あの二人…、そういう関係だったんだ…。そこに吃驚するやら、さっき本で見たばかりの行為を実際目の当たりにしたなんとも言えない感情がぐるぐる渦巻いて、頭がぐわんぐわんと痛くなってきた。
そこで、真朱が言った言葉を思い出した。
『鶸ちゃんが年中桃の事「大好き」って言ってるから、てっきりお前らとっくの昔にデキてると思ってたわ…』
『ん~。恋人同士で、こういう事してる仲かと…』
口吸いをしていた絵を思い出したら、全身が火照った。
ブンブンッ!と頭を振る。鶸の言う「大好き」はそういうんじゃないっ!昔、売り飛ばされそうになってた自分を救ってくれた恩人に向けての「ありがとう」の意味の「大好き」だ。「桃は頼りになる」から「大好き」なのであって、あんな…、あんな行為をするような「大好き」じゃない。それは自分が一番分かってる。だって…、俺っち達は桃園で出会った日からの友達で、一蓮托生を誓って一緒に試験を受けた前代未聞の二人なんだ。「友達」なんだ。
ぴしり、と心に亀裂が走った。本当に「友達」なだけ?
思えば、初めて見た時からすごく可愛い子だと思った。また会いたいと強く思った。「ぼ、僕、鶸。君の名前は?」と名乗った鶸にまっすぐ見つめられた時に感じたあのムズムズの正体は、もしかして…「恋」だったのか?
深呼吸して、ゆっくり息を整える。これまでの事を思い返す。繋いだ手を意味もなく離せなかったのはなんで?風呂場で半が鶸の裸をジロジロ見てた時に割り込んだのはなんで?鶸の笑顔をもっと見たくなるのはなんで?鶸の笑顔を曇らす奴を許せないのはなんで?
『……大好きだからだよ!』
自覚した。俺っちは鶸が大好きなんだ。そうだよ!思えば鶸以外の奴に「一蓮托生」だなんて、言った事無い。鶸だけだ。
そして、思った。もし、自分が大きくなって、そういう行為をするとしたら相手は鶸がいい。いや!鶸じゃなきゃ嫌だし、鶸が自分以外の誰かとそういう行為をするのは耐えられない!昔、鶸が里を逃げ出して来た時を思い出して、深い安堵の息を吐いた。
あの時…、鶸を攫うように都に出て来て良かった。だって…。そうじゃなかったら、鶸は置屋に売られて、今頃知らない誰かに抱かれていたかもしれない。それも複数…。そう考えて、ゾッとした。体が震えた。
…嫌だ!あの美味しそうに金平糖を食べる小さい口に、俺以外の唇が触れるなんて…!いつだって胸の前でぐっと両手を握って俺を励ましてくれる鶸の細い体を俺以外の誰かが抱きしめるなんて…!お日様みたいな鶸の目が俺以外の誰かを熱く見つめる時が来るなんて…!いやだ…、イヤだ…、嫌だ…。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…。嫌だっ!耐えられないっ!!
可愛い鶸を抱きしめて、唇を重ねて、鶸の深部に触れていいのは俺だけだっ!
そう強く思った時、自身の身体の変化に気が付いた。目の前の手のひらが大きくなっていた。下半身が痛い位に熱を持っていた。
嗚呼…!半と真朱が言っていたのは、この事か…。身を持って理解した。鶸に対する申し訳なさを抱えつつ、鶸を想って自身の熱を解放した。
残ったのは…どろりとした液と感情。
鶸には言えない。知られたくない。




