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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の決闘3』

 俺は口元に手を当て、必死に笑いを堪えていた。

 フレアの臭い台詞がツボに入った。本人には聞こえないほどの小声で復唱する。


 敵は笑ってなどいない。

 険しい顔つきは、ただ目標への障害物を排除する目的のみに固執していた。

 炎のように熱く闘志を燃やすフレアを見るのは、なんだか懐かしい。


「……くくっ……熱血漢だなぁ」

「わりぃかよ」

「いんや、お前さんらしいさ」


 気恥ずかしそうな素振りを見せつつも、フレアは向き合っている敵から目を逸らさない。

 さっすが騎士団随一の剣士だな。

 総合的な戦力なら団長様が最強だが、剣術ならばフレアだ。

 毎年恒例の騎士団全員参加の決闘大会で最年少優勝を果たした。


「そりゃどうも」


 雑談が一区切りしたところで、退屈そうにフレアは大きく腕を伸ばし、欠伸してみせた。初歩的で分かりやすい挑発だ。


「舐めるな」


 敵の一人が影に溶けて消えた。

 敵の姿は捉えられないが、四方八方から苦無が飛んでくる。

 フレアが剣を横凪ぎに振るい、苦無を打ち落とす。


「死角から放たれた物まで察知するとは、ただ者ではないな」

「気配は消せても殺気が丸出しじゃあ、防いでくれっつってんのと変わんねぇよ」

「なるほど」


 闇に紛れるための黒い装束を身に纏い、声の主が木陰から姿を現した。

 フレアは睨み合いながら、武器と服装から相手の分析を行っている。

 俺はあれが何者か知っている。

 暗殺や隠密を得意とし、素早い身のこなしを得意とする大和の国独自の兵士。確か忍者と呼ぶんだっただろうか。

 一見すれば力は拮抗しているようだが、実際は異なる。


「お前、名前は?」

「……ヤナギバツクヨミ。大和ノ国の忍」

「ふぅん……」


 まるで技量を見極めるかのように、フレアは底無しの余力を隠している。

 鋭利な刃物のような殺気がツクヨミの心に突き刺さった。

 ツクヨミは化け物と対峙しているかのように背中に悪寒が走り、体が意図せず震えているようだ。


(武者震い? ……否、恐怖か?)

「こんなもんが全力じゃねぇだろ?」


 フレアは腕を前に出すと、手をクイッと立てる。『かかってこい』という合図だ。

 あーあー、本当に相手を煽るのが好きだねぇ……


「俺は奥の手隠したまま勝てるほど、甘ぇ相手じゃねぇぞ?」


 幾多の戦場を駆け抜けてきたであろう気迫に、ツクヨミは圧倒されるばかり。

 今にも尻込みしてしまいそうだが、フレアがそれを許さなかった。


「……本気で戦わねぇのは相手に失礼だとは思わねぇか?それに――」


 鬼の形相とも取れるほどに、フレアは憤慨していた。


「お前は俺が一番嫌いなタイプだってのっ!!」


 ツクヨミの脳内ではフレアを倒す方法をいくら計算しても糸口が見つからず、それならばいっそ素直に負けるべきだと、ありもしない未来ならば放棄しようとしていたんだろう。

 フレアは『未来』を諦めたその態度に憤怒していた。


「絶対に負けるってわけじゃねぇんだ! 最後まで足掻いてみせろやぁっ!」

「やれやれ、熱いねぇ……」


 一方、俺が対峙していたのはたすきという細長い布で袖を縛った、袴を着用している少年だった。竹光と呼ばれる竹製の刀の柄に手を添えている。


「いざ尋常に」


 精神を研ぎ澄ませ、微細な動きでさえも逃さないよう、神経を尖らせている。

 周囲の空気が変わった。


「おやぁ? もしやこれは俺と同じ系統の魔法か?」


 額を冷や汗が垂れた。

 うっすらと地面には水が張っており、足元から波紋が広がっていた。

 なるほど。同じ感知の系統でも俺は音だが、こりゃあ水の属性だな。

 敵の動作を感知するための水の絨毯は凝視していなくとも、足に届く波紋から相手の動きを読み取ることができるようだ。

 音を鳴らす必要がある俺と違って、水を張り巡らせておけば常に相手の動きを感知できると……厄介だな。


「お前さん、武士ってやつかい?」


 小銃の銃口を武士に向けた刹那、その銃口が地面に落ちた。

 あまりの速業に目が追い付かなかった。何が起きたか理解できない。


「拙者はホヅミヤギンシ。お主の言葉通り武士なり」


 ギンシの姿勢が前傾となり、ゆっくりと竹光を鞘に納めているのを観察し、ようやく状況が飲み込めた。

 竹光は普通の刀よりも軽く、達人ならば一振りの速度は鉄の剣の数倍だ。

 抜刀術により、その速度はより洗練される。

 俺は肩を落とすこと無く小銃から手を放した。


「やれやれ、高かったんだぜ?その――」


 小銃を握っていたのとは逆の手で竪琴に触れていた。


「ライター」

「なっ……!?」


 最初から、俺はいつでも左手で竪琴を弾けるよう準備していたのだ。

 こうして油断させることが勝機に繋がる。


「さあさあ皆様ご一緒に♪ 愉快な愉快な音楽の世界へごあんな~い♪」


 気が抜けるような奇妙な音律により、ギンシの気力を奪っていく。緊張感皆無な陽気で暢気な歌声のせいか、はたまた魔法のせいなのか判別出来ずにいるようだ。

 時折高い声を混ぜられることで集中力を阻害する。

 音の魔法は近場にいれば巻き込まれるわけで……


「ソナーレ、そのうっぜぇ歌さっさと止めやがれ」

「お前さ~んは♪ ちょ~いと頭を冷やすべきだと思うがねぇ♪」

「だ・か・らぁっ! 歌うなっつってんだろうがっ!!」

「だ~が断る♪」

「はぁっ!? っざっけんじゃねぇぞっ!!」


 心乱され憤慨するのはフレアのみ。ツクヨミとギンシは冷静な判断を取り戻していた。

 ふむ……仲間に通用しても意味がないんだが……

 仲間割れという一網打尽にできる絶好の構図を逃さず、ツクヨミは隠し持っていた手裏剣を俺らの影へ突き刺した。

 指で決められた印を切り、魔法が発動する。


「まぁまぁ落ち着け♪」

「お前のせいで落ち着けねぇんだよっ!」


 ギンシは凛とした姿勢で竹光を構えた。


「仲間割れとは醜いものだな、崩すことは容易かろうて……!」


 一息で踏み込まれ、フレアは後退しようとした。だが、足が動くことを拒んだ。

 いや、縫い付けられているという表現が正しいかもしれない。


「……はぁっ!」


 剣を弾かれ、腹を斬られる。鈍い音がした。


「ぅぐっ……」


 幸運にも防御力の高いローブを着ていたため、斬撃というよりも打撃としてのダメージの方が強かったようだ。自分の意思で身動きが取れず、膝をついてしまった。


「癒しを与えようか♪ 女神の慈悲のごとき安らぎを~♪」


 集中力を欠く適当な詩から治癒力を促進させる詩と演奏に切り換える。

 瞬時に対応したおかげか、痛みはすぐに薄れたようだった。

 それでも、フレアも足の拘束を解くことは出来ず、移動は叶わない。


「お前らはそこで大人しくしていろ」

「大将首を狙うなれば、ここは任せよ」

「ああ」


 竹光をいつでも引き抜けるよう構え、ギンシはツクヨミに先へ行くよう促した。ツクヨミはそれに従おうとするが――


「俺は負けらんねぇんだよっ!!」


 フレアの叫びと共に、影に刺さっていた手裏剣がひび割れ、跡形もなく一瞬で燃え尽きてしまった。

 フレアの力量はツクヨミの予想の範疇を越えていたのだろう。

 力量を見誤ることはある。それは格上が手を抜いている場合だ。つまり、こいつらはフレアに勝てない。


「……魔法は使えないと聞いていたが?」

「確かに俺は魔法をほとんど使えねぇけどよ、俺の魔法は破壊の系統だぜ?」

「小さな火種でも大きな効果が得られるのが、フレアだけの魔法だな」


 フレアが少しでも魔法を使えるようになったことを喜ぶ。

 まだ剣術が未熟だった頃は魔法が使えないことをコンプレックスとして抱えていたからな。


「さて、お前さん達に譲れない事があるように、こっちも死ぬ気で嬢ちゃんを守り抜く覚悟なんだ。悪く思わんでくれよ」


 俺も本気を出すために、魔力を跳ね上げた。

 指向性を持たせて竪琴を弾く。


「戦の女神よ見守りたまえ♪ 我らの生き様その覚悟を♪」


 フレアに戦闘力を鼓舞する効果が降りかかる。


「剣士よ勇め、誓いの元に♪」


 フレアはツクヨミが影に逃げ込むのを見逃さなかった。剣先に微かに炎を灯し、影へと突き刺す。

 影から放り出されたツクヨミの鳩尾に剣の柄を叩き付けた。


「ぐはっ……!」


 ツクヨミの忍者装束は速度に秀でるよう軽量化されており、薄手の布で作られているために防御力が低く打たれ弱い。

 回避できずに食らったフレアの一撃でグッタリと倒れてしまった。


「ツクヨミ!」


 ギンシはツクヨミに近寄ろうとしていたが、充電が切れたかのようにグッスリと眠りに落ちた。

 ギンシの意識がフレア達に向いた隙に楽器を入れ換えた俺は、安らかなメロディーを奏でていた。いつもの竪琴ではなくフルートから口を放す。


「リラックス効果がある曲は、自然と人を眠りにつかせるってわけさ」

「最初から本気出せば終わったんじゃねぇの?」

「お前さんもだろう? それに――」


 剣を鞘に納め、フレアは苦々しい表情を浮かべた。

 襲われた理由はある程度読めている。

 だから空気を読んでわざと本気を出さなかった。


「それでは意味が無い。だろう?」

「まあな……」


 戦いの意味を知らぬハヤテと戦うことが出来ぬレインの身を案じ、俺は曇り空を見上げた。


「ボーッとしてんじゃねぇよ」

「――いや、なんでもないさ」


 雲間から、僅かに光が差し込んでいるように見えた。

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