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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の盗賊2』

 ソナーレとの取引とは、恐らく俺が金を掏った二人組の旅に同行するってことだろう。

 店を飛び出すと同時に、呪文を唱える。


「疾風の如し速さを与えよ」


 風を纏い、身体が少し軽くなったかのように、走る速度が加速する。

 魔法は必ずしも呪文を必要としない。ただ、魔力の流れをイメージとして定着させることで、より洗練された魔法を用いることが出来る。

 呪文じゃなくともソナーレのような吟遊詩人ならば音律を工夫することで、踊り子だったリーフェルは動きと連動することで魔法を発動させていた。


 魔法都市スペルフィルのように魔法や魔力の発展が著しければ、何も無しで高等魔法を使えるかもしれないけど。

 どうせ俺が使える風の魔法は、感付かれにくくし、動きを身軽にするくらいの低級魔法だ。


 町中を、人々の合間を走り抜けていく。そのスピードはまるで風と一体化したかのように素早く、常人ならば目で追うのがやっとだろう。

 行きよりも遥かに短い時間で家へとたどり着いた。

 すぐに解錠してログハウスの中へと入ると、侵入者はやはり大通りですれ違った二人組だった。


「あ、あの、お邪魔しています……」


 俺の存在に先に反応したのは、剣士の方だった。

 短く揃えた銀髪に、透き通るような白い肌。少女は俺よりも少し若いように思う。

 驚くべきことに、鎧は氷で作られているようで、僅かに冷気を放っていた。


「腕利きがいるってソナーレから紹介されたんだけどよぉ、あんたのことでいいのか?」


 もう一人の方はネコ毛な赤髪と灼眼、服装は金色の刺繍が施された真っ赤なローブという、赤尽くしの少年だった。こっちは俺と同い年くらいだろう。

 二人はリビングをうろついていたようだが、玄関へと歩いてきた。


「申し遅れました」


 少女は律儀にもスカートの裾を持ち上げながら頭を下げる。


「私の名前はレイン・スノウホワイトと申します」

「俺はフレア・アップルイン、よろしくな」


 笑顔で差し出された手を容赦なく払う。


「今すぐこの家から出てけ」


 冷たく告げ、鋭い眼光を向ける。レインは申し訳なさそうに目を伏せた。

 だがフレアは――

「お前ってさぁ」


 暖炉に飾っていた写真立てを手に、挑発的な態度をとる。


「過去にすがってしか生きられねぇの?」


 写真立てには、俺とリーフェルとメイジーの3人で笑い合う姿が収められている。偶然遊びに来たソナーレに撮らせた写真だ。

 ――俺が一番、汚されたくない想い出の証。


「さっさと出ていけ……っ!」


 怒鳴り付けたところでフレアは態度を改めない。


「いつまでも過去に引きずられて生きてんじゃねぇよ」


 頭に血が上り、フレアの胸ぐらを掴みかかる。それでもなお、嘲るように笑っていた。


「ソナーレに、二人とも死んでるって聞いた。家族も親友も」

「ああそうだ」

「でもよぉ、無意味に生き続けるよりも、死を乗り越えて生きるのが大事なんだろうが」


 気圧され、パッと手を放してしまった。目を逸らしながら負け惜しみのように呟く。


「お前には、わかんないだろ……」


 リーフェルは大切な家族だ。姉のように、時には母親のように接してくれていた。

 メイジーは俺が唯一心を開けた友人だった。同い年の子供なんてこの田舎町にはいなかったから、関わりさえ持つことがなかった。

 俺の居場所は、二人が居てくれたこの田舎町、グリーングラス。そしてこの家だけなのだ。


「…………時間が止まってるんですね」


 ただ傍観していたレインが、ようやく口を開いた。


「貴方も、私と同じように」

「は?」


 意味がわからずにレインを見つめ、次の言葉を待つ。


「私と状況が似ているから、ソナーレさんは貴方を紹介してくれたんでしょうね」

「状況が似ている?」


 思わず吹き出しそうになるのを堪える。


「……そんな簡単に共感されてたまるかよ」


 ふと、目頭が熱くなっていることに気付く。涙腺が緩んだのかもしれない。

 フレアは頭が冷えたのか落ち着いていた。ただ、俺を見つめる視線はどこか寂しげに感じた。


「レイン、これ戻しといてくれねぇか?」

「えっ?」


 レインが写真立てを受け取ると、フレアは手を軽く振った。


「そんじゃあ、詳しくはレインが話してくれるはずなんで」


 そう言い残し、フラッとフレアは家を出ていった。

 俺の心と、この家の空気を荒らすだけ荒らし、レインだけを残して……


「あ、あの……」

 レインが写真立てを両手で握ったまま、しどろもどろとしている。


「お前も早く出てけ」


 強めに言うと、レインはビクンと跳ねて縮こまった。


「ごご、ごごごめんなさいっ」


 怯えているのか声が震えている。


「返せ」


 手をレインの前に出すと、無言で写真立てが置かれた。何故か放してはくれない。


「おい」

「……その頭巾の人、私知ってます」


 頭巾とはメイジーのトレードマークだった。


「メイジーを?」

「はい」


 レインはハッキリと、断言してみせた。


「その方は、まだ生きているかもしれません」


 僅かな希望に胸が高鳴る。だが、俺は喜びきれなかった。


「……俺は死体を見た」


 それだけ言うと、レインの手から写真立てを奪い取った。

 大事に大事に胸元で抱き締める。


「私は、過去にすがることは悪いことではないと思います。けれど、前を向いて生きなければいけないというフレアの言葉もまた、間違ってはいないと思います」


 それは俺に向けられたというよりも、自分自身に言い聞かせているかのようだった。


「お邪魔しました」


 再度お辞儀をするレイン。俺は去ろうとする腕を掴んでいた。


「アイツに伝えろ。俺が間違ってると思うなら、力で証明してみせろって」


 レインは驚いて目を丸くしていた。


「フレアは強いですよ?」


 でも、あれだけ噛み付いてきたのだから、決闘で力を示すのが一番手っ取り早く諦めてくれるような気がした。


「大事なもののためなら、俺は負けられない」


 レインは首肯した。


「では、また」


 一人になり、俺はこれからのことを考え始めていた。

 確かに過去ばかりにこだわっていては前に進めないと、自分でも認知していた。

 この田舎町で犯人を探したとして、目星はすぐにつく。俺は二人の死を言い訳に、これまで生きてきたにすぎない。

 だけど俺には一人で前に踏み出す勇気が足りていない。いもしない犯人を探して町をさ迷い続ける。


 ――いい加減終わりにしないと。

 頭の中では理解していても、やはり俺はキッカケなしには前を向けなかった。



          ☆☆☆



「おや? お前さんハヤテとケンカでもしてきたのかい?」


 一人酒場のカウンターでグラスを傾けていた俺は、入り口に立つフレアへとヒラヒラと手を振った。


「別に、そんなんじゃねぇよ。俺が一方的に言っただけだ」


 不機嫌気味にフレアが隣に座る。

 フレアの顔に影が落ちたのを見逃さない。

 あーりゃりゃ、後悔するくらいなら言わなきゃいいのに。

 ……いや、伝えられなくなるくらいなら、後悔の方がマシか。


「やり過ぎたとは思ったわけだ?」

「まあ、アイツの全部を知ってるわけじゃねぇし……」


 素直に自分の非を認めるフレアを物珍しい目で見つめる。

 同世代との交流が少ないフレアにとって、ハヤテとの出会いは刺激になったようだな。


「そうかいそうかい」


 琥珀色の液体が入ったグラスをカウンターに置くと、カランと音を立てて残っていた氷が傾いた。グラスが片付けられ、代わりにキンキンに冷えたエールが置かれる。


「お前さんらはそっくりだねぇ」

「そっくり? アイツと?」

「ああ、そうさ。二人とも相当ひねくれてる」


 ニヤリと笑い、竪琴を鳴らす。

 ハヤテのことを思うなら、思ったことを素直に吐き出しちまえばいいのにな。

 何がハヤテの為になるかじゃなく、何をハヤテとしたいか。

 俺も年を取ったもんだな。若者達の関係が眩しく見えちまう。


「音楽のように、もっと素直に心を開かなくてはいけないよ?」

「知らねぇよそんなん」


 ふてくされるフレアの前に、レモーネの果汁を搾ったジュースが置かれた。

 この酒場の看板娘であるウエイトレスからだ。


「注文なんかしてねぇぞ?」


 フレアがウエイトレスへ言うと、ウエイトレスは首を振った。


「これはほんの気持ちよ」

「?」

「ハヤテのこと、ヨロシクね」


 そう言ってウエイトレスはパチンとウインクする。

 どうやら話が聞こえていたらしい。


「リーフェルはこの田舎町の人気者でね、ハヤテのことも含めて、自分達の家族のように思ってくれる人が多いのさ」


 そう言いつつ苦笑を浮かべるのは、ハヤテがまだその事に気付いていないからだ。

 本人はリーフェルやメイジーとの『家族』に執着してるが、本当は手を伸ばせば届く距離にあるんだよな。


「早く気付いて、前へ進んでくれたらいいんだけどよぉ……」

「ソナーレも家族の一人っつーわけか」

「まぁ、そゆこと」


 しんみりとした口調は俺に似合わなかったのか、フレアがクスリと笑った。


「なんだ、アイツ色んな人に愛されてたのか……」


 フレアはレモーネのジュースを一口飲み、視線を落とす。

 水面に浮かぶ自身の姿を覗き込みながら溜め息を吐いた。


「俺らの勝手な都合で連れ出すわけにはいかねぇかもな……」


 その独り言は誰にも聞かれないよう、俺が竪琴で奏でた音色で掻き消した。

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