『風の盗賊2』
ソナーレとの取引とは、恐らく俺が金を掏った二人組の旅に同行するってことだろう。
店を飛び出すと同時に、呪文を唱える。
「疾風の如し速さを与えよ」
風を纏い、身体が少し軽くなったかのように、走る速度が加速する。
魔法は必ずしも呪文を必要としない。ただ、魔力の流れをイメージとして定着させることで、より洗練された魔法を用いることが出来る。
呪文じゃなくともソナーレのような吟遊詩人ならば音律を工夫することで、踊り子だったリーフェルは動きと連動することで魔法を発動させていた。
魔法都市スペルフィルのように魔法や魔力の発展が著しければ、何も無しで高等魔法を使えるかもしれないけど。
どうせ俺が使える風の魔法は、感付かれにくくし、動きを身軽にするくらいの低級魔法だ。
町中を、人々の合間を走り抜けていく。そのスピードはまるで風と一体化したかのように素早く、常人ならば目で追うのがやっとだろう。
行きよりも遥かに短い時間で家へとたどり着いた。
すぐに解錠してログハウスの中へと入ると、侵入者はやはり大通りですれ違った二人組だった。
「あ、あの、お邪魔しています……」
俺の存在に先に反応したのは、剣士の方だった。
短く揃えた銀髪に、透き通るような白い肌。少女は俺よりも少し若いように思う。
驚くべきことに、鎧は氷で作られているようで、僅かに冷気を放っていた。
「腕利きがいるってソナーレから紹介されたんだけどよぉ、あんたのことでいいのか?」
もう一人の方はネコ毛な赤髪と灼眼、服装は金色の刺繍が施された真っ赤なローブという、赤尽くしの少年だった。こっちは俺と同い年くらいだろう。
二人はリビングをうろついていたようだが、玄関へと歩いてきた。
「申し遅れました」
少女は律儀にもスカートの裾を持ち上げながら頭を下げる。
「私の名前はレイン・スノウホワイトと申します」
「俺はフレア・アップルイン、よろしくな」
笑顔で差し出された手を容赦なく払う。
「今すぐこの家から出てけ」
冷たく告げ、鋭い眼光を向ける。レインは申し訳なさそうに目を伏せた。
だがフレアは――
「お前ってさぁ」
暖炉に飾っていた写真立てを手に、挑発的な態度をとってきた。
「過去にすがってしか生きられねぇの?」
写真立てには、俺とリーフェルとメイジーの3人で笑い合う姿が収められている。偶然遊びに来たソナーレに撮らせた写真だ。
メイジーが写っていた他の写真は、ある日燃えて灰になり、これが唯一残ったものだった。
俺が一番汚されたくない、二人との想い出の証だ。
「さっさと出ていけ……っ!」
怒鳴り付けたところでフレアは態度を改めない。
大きくため息を吐き、あきれた様子で頭をかく。
「いつまでも過去に引きずられて生きてんじゃねぇよ」
頭に血が上り、フレアの胸ぐらを掴みかかる。それでもなお、フレアは俺を嘲るように笑っていた。
「ソナーレに二人とも死んでるって聞いた。家族も親友も」
「ああそうだ」
「でもよぉ、悲しみに暮れて後ろ向きに生き続けるよりも、死を乗り越えて、未来を生きるのが大事なんだろうが」
怒気が入り交じった声音に気圧され、パッと手を放してしまった。目を逸らしながら負け惜しみのように呟く。
「お前に俺のことはわからないだろ……」
リーフェルは大切な家族だった。姉のように、時には母親のように接してくれていた。
メイジーは俺が唯一心を開けた友人だった。同い年の子供なんて他にはいなかったから。
俺の居場所は、二人が居てくれたこのグリーングラス。そしてこの家だけだ。
「…………時間が止まっているんですね」
傍観していたレインが、静かに口を開いた。
澄んだ水のような瞳で、射抜くような視線を向けている。
「貴方も、私と同じように」
「は?」
意味がわからずにレインを見つめ、次の言葉を待つ。
「私と似ているから、ソナーレさんは貴方を紹介してくれたんでしょうね」
「お前と俺が似てる?」
思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
いつまでも手を振って見送った背中と、炎に呑まれる親友の家が脳裏を過ぎり、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……そんな簡単に共感されてたまるかよ」
ふと、目頭が熱くなっていることに気付く。涙腺が緩んだのかもしれない。
フレアは頭が冷えたのか落ち着いていた。ただ、俺を見つめる視線はどこか寂しげに感じる。
「レイン、これ戻しといてくれねぇか?」
「えっ?」
レインが写真立てを受け取ると、フレアは俺に表情を見せないように顔を背けた。
「後はレインに任せる。先に宿に帰っとくからよ」
そう言い残し、フレアはふらっと家を出ていった。
俺の心と、この家の空気を荒らすだけ荒らし、レインを残して。
当のレインは写真立てを両手で握ったまま、しどろもどろとしていた。どうやら独断の行動で、予想外の出来事だったらしい。
「あ、あの……」
「お前も早く出てけ」
強めに言うと、レインはビクンと跳ねて縮こまった。
「ごご、ごごごめんなさいっ」
怯えているのか声が震えている。
「返せ」
手をレインの前に出すと無言で写真立てが置かれたが、何故か放してはくれない。
「おい、いつまで」
「……その頭巾の人、たぶん知ってます」
頭巾とはメイジーのトレードマークだった。
暑い日でも天気が悪い日でも、年がら年中被っていた。
あれだけ目立つ格好なら、見たことがあってもおかしくはないとは思う。
「メイジーを知ってるのか?」
「はい」
そしてレインはハッキリと、自信ありげに断言してみせた。
「その方は、まだ生きているかもしれません」
「俺は死体を見た」
それだけ言うと、レインの手から写真立てを奪い取った。
想い出を噛み締めるように、大事に大事に胸元で抱き締める。
「私は、過去にすがることは悪いことではないと思います。けれど、前を向いて生きなければいけないというフレアの言葉もまた、間違ってはいないと思います」
それは俺に向けられたというよりも、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
「お邪魔しました」
再度お辞儀をするレイン。俺は無意識のうちに、去ろうとする腕を掴んでいた。
何にも知らないのに言いたいだけ言って逃げやがって、今さらまた怒りが湧き上がってきた。
「アイツに伝えろ。俺が間違ってると思うなら勝負しろって」
レインは驚いて目を丸くしていた。
「フレアは強いですよ?」
「やってみないとわからないだろ」
こんなのはただの八つ当たりかもしれないが、レインは静かに首肯した。
「わかりました。では、また」
一人になり、俺はこれからのことを考え始めていた。
確かに過去ばかりにこだわっていては前に進めないと、自分でも認知している。
この田舎町で犯人を探したとして、本当にいるなら目星はすぐにつく。俺は二人の死を言い訳にして生きてきたにすぎない。
だけど俺には一人で前に踏み出す勇気が足りず、いもしない犯人を探して町をさ迷い続け、窃盗で手を汚しながら暮らしている。
――いい加減終わりにしないと。
頭の中では理解していても、キッカケなしには前を向けなかった。
☆☆☆
「おや? お前さんハヤテとケンカでもしてきたのかい?」
一人酒場のカウンターでグラスを傾けていた俺は、入り口に立つフレアへとヒラヒラと手を振った。
「別に、そんなんじゃねぇよ。俺が一方的に言いたいことをぶつけただけだ」
不機嫌気味にフレアが隣に座る。
フレアの顔に影が落ちたのを見逃さない。
あーりゃりゃ、後悔するくらいなら言わなきゃいいのに。
……いや、伝えられなくなるくらいなら、後悔の方がマシか。
「やり過ぎたとは思ったわけだ?」
「まあ、アイツの全部を知ってるわけじゃねぇし……それに」
「それに?」
「『未来』を諦めてるアイツのこと、なんか放っておけねぇんだ」
素直に自分の非を認めるフレアを物珍しい目で見つめる。
同世代との交流が少ないフレアにとって、ハヤテとの出会いは刺激になったようだな。きっとそれはハヤテも同じだろう。
「そうかいそうかい」
琥珀色の液体が入ったグラスをカウンターに置くと、カランと音を立てて残っていた氷が傾いた。グラスが片付けられ、代わりにキンキンに冷えたエールが置かれる。
「お前さんらはそっくりだねぇ」
「そっくり? アイツと?」
「ああ、そうさ。二人とも相当ひねくれてる」
ニヤリと笑い、竪琴を鳴らす。
ハヤテのことを思うなら、素直に吐き出しちまえばいいのにな。
何がハヤテの為になるかじゃなく、何をハヤテとしたいか。
俺も年を取ったもんだな。若者達の関係が眩しく見えちまう。
「音楽のように、もっと素直に心を開きたまえよ」
「知らねぇよそんなん」
ふてくされるフレアの前に、リモーネの果汁を搾ったジュースが置かれた。
この酒場の看板娘であるウエイトレスからだ。
「注文なんかしてねぇぞ?」
フレアがウエイトレスへ言うと、ウエイトレスは首を振った。
「これはほんの気持ちよ」
「?」
「ハヤテのこと、ヨロシクね」
そう言ってウエイトレスはパチンとウインクする。
どうやら話が聞こえていたらしい。
「リーフェルはこの田舎町の人気者でね。ハヤテのことも含めて、自分達の家族のように思っている人が多いのさ」
そう言いつつ苦笑を浮かべるのは、ハヤテがまだその事に気付いていないからだ。
本人はリーフェルやメイジーとの『家族』に執着してるが、本当は手を伸ばせば届く距離にあるんだよな。
「早く気付いて、前へ進んでくれたらいいんだけどよ」
「ソナーレも家族の一人っつーわけか」
「まぁ、そゆこと」
しんみりとした口調は俺に似合わなかったのか、フレアがクスリと笑った。
「なんだ、アイツ色んな人に愛されてるんじゃねぇか……」
フレアはリモーネのジュースを一口飲み、視線を落とす。
水面に浮かぶ自身の姿を覗き込みながら溜め息を吐いた。
「俺らの勝手な都合で連れ出すわけにはいかねぇのかな……」
その独り言は誰にも聞かれないよう、俺が竪琴で奏でた音色で掻き消した。




