勝負の行方
「絶対絶命だねー」
二度目の死を味わおうとした時、サレンの意識は自分の歴史を振り返るべく走馬灯の中へと迷い込んでいた。
親の死。
そこから生活してきたこと。
クウカと初めて会った時もぐるぐると脳内の中を駆け回っていた。
だが、走馬灯の中心にいる男がサレンへと話しかけてくる。
「折角生き返ったのに、また負けちゃうんだー」
人を小ばかにしたような態度に、サレンは憮然とする。
「負けていない。今回はたまたまだ」
「二回目ともなると、その言い訳もみっともないかな?」
そもそも、命がけの戦いでの敗北に、『たまたま』も何もない。負けを否定するのが悪いとは言わないが、受け入れられなければ、ただの道化である。
道化にならないためには最終的に勝利する。
それしか方法はない。
だが――今のサレンはまさに道化ではある。
「……黙れ」
そんな道化に抑えられている僕は一体何なんだろうと、一人で精神的にダメージを追っている朧だが、気丈にグッと顔を上げ、
「とは、言え確かに神様の勝手には僕も怒ってるんだ!」
感情をむき出しにする。
「なに?」
「自分の勝手なんだから、真っ先に僕を助けに来てくれてもいいじゃん!」
ガクに便利な力を与えるくらいならば、朧を助ける為の手段の一つも講じてくれればいいのに。
「どうだかな」
二人には知り得ないが、今、この戦いを見守っているはずの金髪少女は再度眠りに入っている。つまり、ガクに力を与えたのは金髪少女ではない。
その兄だった。
あまり強力な能力を、この《ウーム》で使う事が出来ない少女の兄は、ガクへと接触を試みて、能力を与えたのだ。与えようと思えばもっと強い力を託すことも可能だったのだが、やり過ぎた場合、神の世界に気付かれる可能性がある。
だからこそ、《魔工師》で在りながら、戦闘力も申し分もないガクへと力を与えたのだ。
「まさか、僕ごと消しに来るとは……やだねー」
兄からしてみれば、こうしてピンチの際に朧が目覚めることも計算に入れている。
朧とサレンの精神が計画通りに入れ替われば十全で、入れ替わらずに、二人まとめて死んでしまってもそれはそれでいいと思っていた。
そんな神の思惑に気付かない朧は、
「だから、君に力を貸してあげる」
と、自身から湧き出てくる力をサレンに貸そうとする。
ガクと同じく神から与えられた力を――。
「それにしても、あんな風に力を送れるなら、僕達いらないじゃんねえ」
ふと、力を与えようとしていた朧が言う。
あの力があれば、世界を変えれそうな気もするが……。
「神の考えることなど知るか!」
そんなサレンに渋々と同意をする。
「ま、確かに人間の事はどうでもいいのかもしれないけどさ」
サレンに向かって左手を出す朧。
「……」
「あれ、要らないの?」
「お前の力など……俺は要らん」
「でも、死んじゃうよ?」
死んだら元もこないと説得をするが、サレンは頑なに力を拒む。
「……」
今までの様に眠ったサレンと話している訳ではない。あくまでも今の段階は走馬灯の中で朧がコンタクトをしてきているのだ。走馬灯を見る際には時間が長く感じはする。だからこそ、こうして朧と話している訳だが、実際の体感では数秒である。
与えられた時間は短く、その貴重な時間を押し問答で費やす余裕はないのだ。
ならば――、朧は作戦を変える。
「それに、与えたとしても君に使いこなせるかもわからないしね」
二回も殺される君に、僕のもつこの非常に非常に強力な能力を使いこなせるとは思えないもんねー。そうだよね。実際は僕よりも弱いなんてことが分かって死ぬのは嫌だもんね。
ゴメンね。
強がって死にたいよね。
朧が畳みかけるように言い、差し出した手を引っ込める。
「貴様!」
今まで、断固として朧を見なかったサレンが、睨みつけた。
「僕より強いと言うなら――使いこなせるよね?」
しかし、朧でも不完全な力しか使えていない。それをサレンに渡してどれほど扱う事が出来るのかは、未知数である。
実際に試してみるしかない。
「面白い」
それでも、朧よりは使いこなして見せる。
サレンの目はそう語っていた。朧よりも使いこなし、ガクをも倒す。一度で二度強さを証明できるのならば悪くわないと。
「でしょ、でしょ?」
改めて左手を差し出す朧。
「じゃあ、どうぞ」
サレンはその手を握り返した。
「効果は僕が説明してあげるから、君はあのガクとやらを倒しちゃって!」
「言われるまでもない」
「因みにね、僕はその力を『死んだ左手』と名付けているんだ!」
「名前など……どうでもいい」
サレンの頭の中を駆け回っていた走馬灯が徐々に薄れていく。それに合わせて朧も消え、サレンの意識はガクへと戻っていった。
◇
「何が……」
引き金を引き、サレンの頭を打ち抜いたはず。だが、そのサレンは無傷で立ち上がる。
銃弾を何かしらの方法でよけたそれだけならまだいい。だが――サレンを押さえつけていた全ての武器が消えていた。
自分の意思とは無関係にだ。
「お前、何をした?」
拘束から説かれたサレンへと問うが、敵であるガクの質問に答える義理はない。
「さあな!」
右手で持ったランスを構え直し、ガクへと突撃をする。間合いに入り、右足を強く踏み込んで、突進した力を乗せた突きを放つ。
「うわっと……」
混乱した頭でも、何とか攻撃を避けるガク。
「……避けたか」
「当たり前だろ?」
挑発するように答えるガクであるが、頭の中では何が起きたのかを解こうとしていた。
(いや、理由はどうでもいいか)
何が起きようとも殺せればいい。殺せるまでありとあらゆる方法を試すのみだ。
そう考えて再び無数の《武器》を呼び出そうとするが――、だが、その時、サレンが捕まっていた場所に、サレンを拘束した状態のままに《武器》が現れた。
消された筈の武器が。
「なに……?」
その光景をサレンの目にも入ってきていた。
「やはり、限界はあるか……」
朧の言う通り、力を完全には使いこなせていないのか。
「『死んだ左手』」
朧が名付けた力の呼称をサレンは呟く。
「あん?」
「今のところはそれがこの力の名称らしい」
「力だと? まさか、お前も神様から力を貰ってたのか?」
「いや、俺は断ったんだがな、もう一人、邪魔な奴が貰っていたらしい。俺はその力を借りているだけだ」
「何言ってんだ、お前?」
サレンが何を言っているのか、一つを除き分からなった。しかし、サレンは神様から貰ったことを否定しなかった。
ガクの収納と同じ神の力を――サレンが手にしているのは事実か。
「左手で触れた物を、一定時間消失させる能力。だそうだ」
「そうだって……、何、人ごとみたいに言ってんだよ!」
銃弾を放つ。
だが――力を手にする前から、見切られていた。通用しないのはガクも学習している。だからこそ、ガクは銃弾を射線をサレンには向けなかった。
ガクが狙ったのはサレンから大きく外れた何もない空間。
そして、その場所には――、
「《魔力》を弾く盾ってのも、作ってたりするんだわ!」
魔力を通さない鉱石で作り上げた盾だ。そしてガクが作った銃弾は《魔力》を圧縮して放っている。つまりは盾は銃弾を弾くことができ、弾かれた弾丸は――射線も動きも予測しえない軌道となってサレンへと向かう。
「無駄だ」
だが、跳弾を指せるという事は、サレンに届くまでの工程が一つ多くなる。それならば、消失させる能力を使わずとも避けることは可能で、
「おいおい、マジかよ……」
銃弾を避けると同時に、サレンは真っ直ぐガクへと走り込む。
意表を突こうとした攻撃が無駄だと判断したガクは、残った弾を全てサレンへ放つが、左手を射線に合わせ、《魔力》で出来た弾丸を全て消し去る。
「やめとけ、この力はこの世界を全て消失させる」
朧が異世界へと向かうにあたり、与えられた力ではあるが、これはガクに与えられたように、神が選んで与えた物ではない。朧の中で目覚めた力。異世界を救う勇者には、その人間に相応しい効果を手に出来る。
朧は自分の世界と違うものを消失させる力を手にすることが出来た。その力をサレンに貸し与えることによって――サレンは、自分の世界の物を全て否定する。
『まだ、僕も完璧に使えないし、それを君が使っても完璧な能力にはならない』
と朧はそう言っていた。『死んだ左手』も朧が勝手に名付けているだけで在り、消せる時間や物の限度があるが――、それでも、今の戦いにおいては十分に突破口となり得る。
「でも、それでも俺は負けねえなぁ」
自分とサレンの間に、何本もの剣や槍、ランスや盾、斧や槌を放出していくが、突き出した左手に触れ
ると、全てがその場から消え、一定時間後に現れる。
「糞が!」
全てを無効化するサレンに対して、ガクは最後の手段とも言わんばかりに、自分の背後から《武器》を――剣を呼び出した。
自分の体を隠し美濃にした決死の攻撃。
「お前の負けだ!」
ランスで止めを刺そうと振りかざした瞬間を狙い――自分の体を貫いて、サレンに向かって飛び出した。
「命を賭けた攻撃……嫌いではないがな」
しかし、その剣は左手を使わずとも防げる。
「だが、お前は神の力を意識しすぎだ」
普通に戦えば良かったと、サレンは言う。最後は自在に呼び出せる《武器》に頼り過ぎた。自分の力ではなく、貰い受けた力を。
「……かっ、ははは、違いねぇや」
サレンのランスが――ガクを貫いた。
城へと入るべく門には二人の戦いの後である《武器》が散乱としていた。高価な物から売れ残りまで、倒れたガクの手によって作られたものが――作成者であるガクと同じように横になっているのであった。




