終幕
「いやー、こうしてハコのお姉ちゃん、ラシーヌも戻って来たし乾杯でもしますか!」
ハコとラシーヌの家。
テーブルを囲んだ4人は、クウカがラシーヌを連れ出す際に、ついでに盗んでおいた食物が盛大に置かれていた。ラシーヌもハコも自分で歩くことは出来たので、《騎士団》にさえ出会わなければ、別段危険なミッションではなかった。
だが、満足そな表情を浮かべているのはハコとクウカだけ。
サレンは不満げであり――救い出されたラシーヌは悲しそうな顔をしているのだった。
「あれ? なんか、そういう空気じゃないの?」
グラスを手に取って立ち上がったクウカは、ここで初めて4人の空気が一致していないことに気付いたのだった。
「サレンどうしたのー。目標は達したのでしょ?」
自分を殺したガクも倒したし、《騎士団》も壊滅状態に追い込んだ。ガクを倒したサレンが即座に《騎士団》の相手をしてくれたからこそ、沢山の宝や食料を運び出すことができた。
それなのに、何故、サレンは不足なのか。
「俺は――」
自分の力でガクを倒せなかった。朧の力を、神の力を受け取った。
それはまだいい。
サレンが何よりも許しがたいのは……、
「ガク……」
救い出されたラシーヌは、サレンが倒せなかった男の名を呟いたのだった。
ラシーヌが抱えているのは美しい宝石や、細部まで丁寧に作り込まれたほのかに桃色の短剣。ラシーヌが持つことをイメージした、ラシーヌのための短剣。
「まさか、生きていたとは」
武器で貫いたように思ったのだが、致命傷は与えられていなかったのか。
「自在に収納可能なら力が相手なら、それくらい分かると思うけどねー」
自分のミスなんだから、不満そうな顔をしないとグラスを無理やり持たせるが、すぐにテーブルへとおいてしまう。
「うるさい」
「ま、折角の復讐の機会を逃しちゃったんだから、気持ちは分かるけどねぇ?」
意地悪い笑みを浮かべるクウカは、恐らくサレンの気持ちを微塵も分かってはいないのだろうが、しかし、それ以上は何も言わずに、黙って席へと座る。
「……」
城の中で一通り《騎士団》を倒し、クウカたちが戻るのを待っていたサレン。無事に戻ったクウカ達と、門から外へと脱出をしたサレンは、倒した相手である、強敵であったガクの姿を確認しようとした時――そこには散らばった《武器》が全て無くなっていた。
いや、一つだけ《武器》があった。
それは――ラシーヌが抱えている短剣である。
ガクが倒れていた場所にあった。地面には刀で削り取られた文字が添えられて。
『姫へ』
と、その二文字が残されていた。
『姫』の意味が分からないサレンであったが、それを見たラシーヌが短剣へと走りよった。
ラシーヌだけが分かる、ガクからの贈り物。
それを大事そうに今も抱えている。
「お姉ちゃん……大丈夫?」
「私は大丈夫です」
折角、一緒にまた入れるのに何でそんな寂しそうなんだろうと、ハコは姉へと聞くのだが、妹にも教えてはくれない。
「でも、なんか元気ないよ?」
姉妹の中でも不穏な空気が流れているのだが、関係のないクウカはズバリと切り込む。
「それは……」
そんな姉を庇う様に、
「でも、こうしてまた暮らせて良かったです!」
と、無理に大きく喜んで見せた。
「私たちは、このまま、この王国を離れて、上の方にある王国を目指します」
《カオズ王国》の一つ上にあるのは、山に囲まれた自然が特徴の国である。
「《シナマ王国》を目指します。あそこなら果物も良く取れますし、比較的、農民が暮らしやすい土地だ
と聞いていましたから……」
「そっか」
姉と二人で果物を育て暮らすのだとハコ。村は滅んでしまったのだけど、自慢の姉のドライフルーツを地道に売って生活をしていこうとする。
農業が盛んな国では厳しいけど、頑張っていきますとハコは言う。
「本当にありがとうございました!」
サレンとクウカに改めて立ち上がって、深々と頭を下げるハコに、
「ふん、別に構わんさ」
「はは、照れちゃって」
クウカがサレンへと言うのだが、実際の所照れているのはクウカの様に見えるのだけど……。
そんな二人に、
「あの、良ければ一緒に行きませんか?」
共に《シナマ王国》へ行かないかとハコは言う。何も一緒に暮らそうと言う訳にではない、《シナマ王国》までの道中を共にしないかと言う提案なのだ。
しかし、
「断る」
「なんで?」
「俺は世界を変える。力も手に入れたからな、今度は更に強い敵を求めるさ。《シナマ王国》では、今の俺には物足りない」
「私はサレンについていこうかなー。また、お宝チャンスあるだろうし」
農業が盛んであるがゆえに、そこまでの横暴が酷い訳ではない。サレンが倒したいのは真の強さが否定される世界。ハコやラシーヌのように、例え農民だろうと強く生きようとしている人間を邪魔する強者のふりをする存在だ。
「……」
本当はもっと一緒に居たい。
そんな子供の心理。
「泣かないでよ、ハコちゃん。また、遊び行くしさ」
「本当ですか!?」
「うん、そしたら一緒にどこか遊び行こうね!」
「はい!」
目に涙を浮かべて頷く。
「……」
そんな妹をほほえましそうに見つめていたが、だが、どうしても視線を落としてしまう。ガクの残した短剣へと。
「貴様は何故、そんなにあの男の事を気にする?」
サレンはそんなラシーヌの行動に疑問を持ったのか、ラシーヌへと問う。捕らえられていた相手を何故そんなに心残りを持っているのか。
サレンが人を気にするのは、強敵であったガクをは認めた証でもあった。
「それは――彼だけが私を見てくれました」
私を王の求めた農民としてではなくラシーヌとして。
「なるほどな」
「また……会えるでしょうか?」
更に胸の短剣を強く抱いて言うが、
「俺が知ったことか――」
サレンに一喝されてしまった。
「だが、俺は奴と必ず会う。まだ、決着は付いていないからな」
ラシーヌがガクをどう思っていようとも、サレンにとっては、自分を殺した相手であることには変わりがない。決着をつけるまでは、逃すつもりはなかった。
「その時、もしよろしければ――私が待っていると、伝えて下さい」
「伝えてもいいが、俺は奴を殺すぞ?」
伝える意味がないとラシーヌへ警告するが、それでもいいのだと意思は強かった。
「構いません。また、会いに来てくださいと」
「一応覚えておいてやる」
「はい、じゃあ、堅苦しいのは今日はお終い! 折角4人もいるんだから――祭りだぁー!」
「はい! お姉ちゃんも!」
「サレンもだよ!」
二人はハコとクウカに捕まれて、無理やり体を揺すられる。楽しそうな笑い声、鳴き声、怒号が――滅んだはずの村に響くのだった。
◇
「本当にお世話になりました!」
「助けていただきありがとうございます」
翌朝。
そんなお礼の言葉と共に、朝早くからハコとラシーヌは自分たちの育った家を出た。
《シナマ王国》を目指して。
滅んだ村に残ったクウカとサレン。
「良かったの?」
姿か見えなくなるや否や、サレンに聞いた。
「何がだ?」
「あれ? ラシーヌに惚れてるんじゃないの?」
凄いきにしてたじゃん、と、ケラケラと笑うクウカに対して、
「まさか……。俺はハコもラシーヌも別にどうも思ってない」
『愛』などという幻想を俺は抱かない。恋なんて勘違いでしかなくて、欺瞞である。そんな世界を許せなくて戦っているのだ。
「本当!? じゃあ、私とラシーヌどっちが可愛い?」
クウカが何故か嬉しそうにサレンの腕を掴んだ。
「それは……客観的に見てもラシーヌだろ?」
「馬鹿!」
掴んでいた腕を話して、サレンの頬を叩こうとするが――、
「冗談だ。お前はお前だろう?」
と、クウカの手を掴んだサレンはそういうのだった。真っ直ぐ向けられたサレンの視線に、思わず目を反らしてしまうクウカ。
頬が真っ赤になっていた。
「……馬鹿。でも――死んで良かったかも」
今までのサレンじゃ答えてもくれなかったのに。クウカはそんな小さな幸せでも、今回頑張った意味があると――思えた。
「確かにな。この力があれば誰にも負ける気はしない」
「そうじゃないって」
だけど、肝心のサレンは死んだことで、朧から貰った力を使いこなして見せると意気込んでいた。近くに居るのにかみ合わない二人。
これから二人は新たなる敵を求めて旅を続ける。
時にはハコやラシーヌを助けたみたいに、人を救うかもしれないし、人を傷つけるかもしれない。だが、それでもサレンは進む。
自分が求める遥かなる頂を手にする為に――サレンの求めるものは、まだ高い。
◇
二人のそんなやり取りを、サレンの精神の中でほほえましそうに見ている朧。
いつかここから抜け出したいが、今はまだ、サレンの中で我慢するのも悪くないとそう思いながら――笑っていた。
◇
そして、もう一人。朧と同じようにサレンとクウカを観察している目があった。いや、正確には観察している筈の目が在った。
その目は閉じられているのだけれど。
朧の気配が強くなっているにも関わらずに、見届けなかった金髪少女の神様。幸せな表情をして寝返りをうった所で――兄に起こされる。
俺がお前のために危険を冒したんだぞと――妹に優しい神様も流石に怒りを叫ぶのだった。




