宰相の挑戦 参
本日2話目の投稿です
「ロメル様……?」
「……いや、何でもねえ。続けてくれ」
窺うように声をかけてきたアルフに対して手を振りつつ、続きを促す。
再びアルフの口からは、俺の求めていた情報が出てきた。
フィリング公爵。
リンメル公国五大公爵家の内の一つであり、北東部に広大な領地を有する。
資産規模は五大公爵の中は三番目で、当主はブルーノ・フィリング。
妻はケリー・フィリング。
政略結婚ながら夫婦の仲は良好、子どもは男女一人ずつ。
「……ケリーの実家の交友関係について、新たな情報は?」
「再度洗い直しましたが、ケリー・フィリングの実家である伯爵家の交友関係も、グリンドル公爵家を筆頭に穏健派の国内の貴族のみでした」
アルフの答えに、一度だけ頷いた。
その反応を見届け、再びアルフは口を開く。
領地の名産は大麦を発酵させ作られる酒。
国外にも輸出しており、その関係でフィリング公爵家はタスメリア王国やアカシア王国と交友関係がある。
タスメリア王国内においては未だ商会レベルの交流に留まっているものの、アカシア王国ではタスメリア王国でいう貴族レベルとも交流があった。
当主であるブルーノの趣味は読書。
ブルーノに限らず代々当主は読書家で、領内には大きな図書館があった。
「温和かつ聡明な当主との評判であり……叩いても、埃は一切出ません。評判通りであれば、タスメリア王国への侵略を反対しているのも、ひとえに戦争による自国民への犠牲を厭うからこそ……また、自身の領地が豊かかつ広大なため、犠牲を出してまで国を拡大をする必要はないと考えているのかと」
アルフの口から語られる情報を頭の中で整理するかのように、目を瞑ったまま無言を貫く。
その反応に慣れているからだろう……アルフもまたその場に無言で佇んでいた。
「……良いおさらいになった。ありがとう、アルフ」
当然、ここに来る前に一通りの情報を頭に入れてある。
それでもアルフに情報を口にさせるのは、記憶にあるそれと齟齬がないか、新たな情報がないかとアルフに彼自身の頭にある情報を口にさせたのだ。
「いえ。……ちなみに、フィリング公爵家お抱えの商会であるスタウト商会には、引き続き手の者を忍ばせております。勿論、フィリング公爵家にも」
「そうか。……何か動きがあったら即知らせてくれ」
「心得ております」
「よろしくな。……にしても、衰えねえな」
つい、楽しくなって笑う。
「さあ、どうでしょう。誰しも、寄る年波には勝てぬものですから」
それに対して、アルフは苦笑いを浮かべていた。
「ハハハ……それを言ったら、俺もお前に初めて会った時から随分と年を取ったさ。懐かしいなあ……アルメリア公爵家の影として、お前さんが俺の前に初めて現れた日のことが」
「ええ、私もあの日のことはよく覚えておりますよ」
過去を懐かしむように、一瞬アルフは遠くを見て微笑んでいた。
「俺が、今のルイより少し若い頃だったか? ……そう考えると、知らず識らずの内に時を積み重ねてるんだな。あっという間に過ぎていくもんだから、普段は全く意識なんてしてねえが」
「そうですね。……ですがそれは、それだけ日々を懸命に生きているということでは?」
「ハハハ……違いねえ。我武者羅に働いて、働いて、気がついたらもうこんな歳だもんだなあ。……そういや、お前んところの次世代も随分と育っているようだな?」
「ベルン、ですか。……そうですね。ルイ様のご迷惑にならないほどには、育っているかと」
「迷惑どころか……むしろ、ルイの方から随分と頼らせて貰っているみたいだけどな?」
「影冥利につきるかと。……ですが、良かったので? 私の技術を、『国の影』であるベルンに教えてしまって」
アルフの問いに、息を吐く。
「……人材の育成は、国として喫緊の課題。早々に、お前さんのような人材の確保が必要だったから、仕方がねえ。それにあいつは、国を守るということに己の全てを捧げているような奴だ。……国の政を預かる宰相としては、非常に心強い」
「それこそ先ほどクロイツ様たちと話されていたように、同じ目的に向かって歩む同志だからということでしょうか?」
「ああ。……だが、お前さんの方こそ俺の申し出を了承してくれたが、良かったのか? 自身の技術を、教えちまって。お前さんの指摘した通り、あくまであいつはウチじゃなくて国に帰属する人間だ。今後仕事がやり難くなるとかの心配はなかったのかよ?」
「……私が教えたのは、幾つかの主要な情報源と新たな情報源の獲得の仕方、そして潜入時の立ち振る舞い方等基本的なことばかりです。私の情報提供者等協力者は伝えておりません。ですので、まあ問題にはなりませんよ」
「なるほどねえ……つまり最近のあいつの仕事ぶりを見るに、着々と新たな情報源を得て情報網を構築しているという訳か」
「そのようで。おかげで早々にバスカル公爵家の人身売買の一件を把握できたのかと」
「そういや、そうだったな。ベルンの奴、律儀にルイに逐次報告を入れていたみたいだったな」
「……ベルンはルイ様に拾われた身。恩義を感じて、というのも一割ぐらいあったでしょう」
「一割ねえ……じゃあ、残りの九割は?」
「ロメル様へ報告が届く早さを優先させるのであれば、ルイ様に報告をあげるのが一番です。正規のルート……宮中ですと組織の構造上、どうしてもルイ様とベルンの間で数名の人を介さなければ報告が届きませんから、その分時間がかかります。つまりそれだけ、今回の件は急を要すると案件だと判断したということが一番の理由でしょう。……尤も、ルイ様はロメル様の仕事を全面的に補佐しておりますので、ロメル様よりルイ様へ情報が共有されることを加味して、ルイ様へ報告をあげても問題ないと判断したということもあるのでしょうが」
『国の大事に関わる報告』に関しては、最終的に全て俺のもとに届く。
それは、執務レベルで判断を下すのが宰相たる俺の役割だからだ。
ただ、俺とベルンの間にはアルフの言う通り、役職上大きな隔たりがあり、俺が目を通すまでに、その間の役職に就く者たちがその報告に目を通す。
全員に情報を共有するという点では有用ではあるものの、緊急の報告となると話は別だ。
「俺のところまで報告がくるのに時間がかかる、か。……そりゃ、問題だなぁ」
「そうですね……国としてベルンのような人材を必要としているのであれば、その体制を調えるべきです。情報は、鮮度が命。判断をする方に届くまでに時間がかかるようでは、判断に誤りが生じかねません」
「ああ、お前の言う通りだ。……オマケにそんな判断に基づいて指示を出せば、現場に混乱をもたらしかねん。古い情報によって下した判断は、現実にそぐわないそれなんだからな」
「ええ、仰る通りかと」
「こりゃ体制を考え直さないとなぁ。……落ち着いたらガゼルと話し合ってみるか」
考えをまとめるように、視線を宙に向けつつ呟く。
その間、アルフは空になった俺の茶器に再びお茶を淹れていた。
「……では、ロメル様。私、明日のグリンドル公爵およびフィリング公爵家までの道順と警備体制の確認をクロイツ様として参りますので、これにて失礼致します」
「おう、よろしく頼むな」




