私の久方ぶりの訓練
本日4話目です
明くる日、レッスンがお休みだったので久方ぶりに訓練場に向かっていた。
勿論、メルの格好で。
「あれ? メル、久しぶりじゃねえか!」
「シュレーさん! お久しぶりです! ……あれ、今日はこれだけですか?」
周りを見渡し、首を傾げる。
いつもは大勢の人たちがいるこの場が、今日に限っては随分と閑散としていたからだ。
「ああ、今日は護衛隊だけに訓練場が開放されているからな。……今日メルが来たと知ったら、クロイツ悔しがるだろうぜ。ここ最近現れていない、勝負して自分の腕が上がったことを見せてやりたいってボヤいていたからなあ」
「ふふふ。最近訓練をサボっていたんで、今の私じゃ勝負にならないですよ」
「訓練をサボってたって……具合が悪かったのか?」
「いえ、そういう訳ではないんですが……」
まさか婚約が決まったとも言えず、言葉を濁す。
「まあ、そうじゃないなら良いんだ。……鈍った身体をしごいてやるから、覚悟しておけよ」
「喜んで!」
久方ぶりの訓練に、私の身体は早々に悲鳴をあげた。
基礎訓練を終えた時点で疲労感で身体が怠くなり、息があがっていたのだ。
その上、前は難なく頭で思い描いていた動きに応えてくれていた身体が、今はそれに反応するのが数秒遅れる。
その数秒の誤差が、戦いの中では致命傷となり得るというのに。
身体が大きくなったためにイメージと現実にズレが生じている、ということもあるかもしれないが。
「やっぱりダメね。少しでも訓練を離れると勘が鈍るし、何より身体の動きが悪い」
汗を拭つつ、思わず独りごちる。
これからはルイの許しもあったことだし、少しずつ訓練の時間を増やそう……そう、心に決めた時だった。
「……おいおい。それ、本気で言っているのか?」
呆れたような溜息と共に声が背後から聞こえてきて、私は思わず振り返った。
「クロイツさん! ……あれ、今日は護衛隊のみに訓練場を開放しているんじゃ……?」
「将軍に用があってな。帰りがけ、飲みにシュレーを誘おうと立ち寄ったんだが……まさか、お前がいるとはな」
「ご無沙汰しております、クロイツさん」
「ああ、久しぶりだな。……て、そう言うことじゃねえ。お前、本当に訓練は久しぶりなんだよな?」
「ええ。それはクロイツさんもご存知なのでは? 私、ここに最近来ていなかったでしょう?」
「そうだよな……そうなんだよな。じゃあ、あれは何だ?」
クロイツさんに指差された私の背後には、死屍累々。
その中には、シュレーさんもいる。
「えっと、模擬訓練でお相手してくださった方々ですが……」
「全然腕が落ちてねえじゃねえか!」
「そんなことないですよ。戦った方々にはお分かりいただいているかと思いますが、一つ一つの攻撃が軽いですし、反応も鈍い。皆さんとは以前から戦い慣れているので何とか戦えましたが、初見の相手には厳しいでしょう」
「……いや、お前。アンダーソン侯爵家護衛隊相手に反応ができるのであれば、十分だと思うぞ」
「そんなことありません。現に、以前連続子女誘拐事件の手勢の中には強者がおりました。……世界は、広いのです。自らの力に驕れば、やがて足元を掬われてしまうでしょう」
「お前は、一体どこを目指しているのかねえ……」
私の言葉に、呆れたような……どこか疲労感を漂わせるような苦笑をクロイツさんは浮かべた。
「私の願いは昔から変わることがありません。……それ以前に、剣を持つからには相応の覚悟が必要でしょう? 中途半端な腕前と覚悟で剣を握れば、かえって周りの人たちを危険に晒します。ですから、剣を持ったからには半端な腕前と覚悟は許されない。持ち続けたいのであればそれ相応の鍛錬を積むことは必須だと私は思っています」
あの連続子女誘拐事件で、私はそれをようやく理解したのだと思う。
知っていた……分かっているつもりだった。
力なき者を守るための剣は、決して折れてはならないということを。
けれども、本当に理解はしていなかった。
ずっと私の背後にいた人が……共に戦ってきた人たちが、それなりの強者ばかりだったからだ。
……それが、あの事件の時は違った。
背後には、自らの手で自分の身すら守ることができない人たち。
国軍と共闘していたとはいえ、その場に私以外の国軍の面々は存在せず、私は彼女たちを一人で守るしかなかった。
……あの時、私が彼女たちを守れずに倒れていたら?
きっと、彼女たちはとても無事ではいられなかっただろう。
むしろ、私が反抗したことによって彼女たちはより悲惨な目に遭っていたかもしれない。
だから、こそ。
私はあの時あの場で、倒れる訳にはいかなかった。
それが剣を手にした私の責任であり、行動を起こした私の義務だった。
……人を守ることの重みと難しさを、私はあの事件を通して初めて知ったのだ。
「……まあ、メルの覚悟の強さは知ってるけどな。それでもお前の言葉には、たまにハッとさせられるよ」
「そうだな。やっぱりお前が戻って来ると訓練が引き締まる」
イテテ、と言いつつシュレーさんが立ち上がる。
「お前ら! 修練不足がこうして結果に出たんだ! 当分は訓練二倍だぞ!」
そうして後ろで未だ転がっている彼らに、そう叫んだ。
「そんなー……」
「そりゃないっすよ! シュレーさん!」
そんな悲鳴が聞こえてきたが、シュレーさんはニヤリと笑って無視をしていた。
「そういえば、クロイツさん。その後ろにいる方は……」
ふと、クロイツさんの後ろにいる青年に気がついた。
黒髪に整った顔立ち、そして均整の取れた身体つき。
パッと見ただけでも街で目を引きそうな彼は、私を除いてこの場にいる誰よりも若い。
恐らく、お兄様と同じぐらいの年齢だろう。
「ああ、今日の用事の一個だ。さっき、報告がてらコイツを将軍に紹介したんだが……」
「初めまして。僕の名前はエイベルと申します。国軍第一師団所属です。失礼ですがら貴方は……」
「私の名前はメルです。アンダーソン侯爵家ご令嬢のメルリス様の護衛を務めています。よろしくお願い致します」
「こいつは今回国軍に入隊した奴なんだがな。本来内勤なんだが、見習いってことで期間限定で各団最低一人は受け入れろって今年もお達しがあってな。それでコイツは俺の隊の預かりになったんだ。尤も腕はまだまだ要修行なんで、しばらくここの訓練にも顔を出すだろうけど」
国軍と言えば戦う集団というイメージが強いが、内勤として配属される者も少なくない。
それ自体が一つの集団のため、例えば予算管理・各設備管理それから物資管理等々が必要となってくるからだ。
ただし、内勤に配属されると言っても軍所属。
ある程度の戦闘力を求められるということと、隊の運用や前線で戦う人たちの感覚を理解しておくことが必要ということで、期間限定で各団が内勤配属者を受け入れ、共に訓練や任務を行わせるということを例年行なっている。
「へえ……クロイツさんの隊に所属ということは、相当な腕前なのですね」
副長直属の隊所属……仮に彼に見所がないと判断すれば、決してそのような配属としなかっただろう。
お父様やクロイツさんはそういう性格だ。
エイベルさんは私の言葉に、少し照れたように顔を赤らめつつ慌てて手を左右に振る。
その表情は、親しみ易さを人に感じさせるような……そんな柔らかなそれだった。
「いえいえ、自分はまだまだですよ。……その、こうして精鋭中の精鋭と名高いアンダーソン侯爵家護衛隊を制圧するメルさんに比べたらとてもとても……」
「私もまだまだです。現に、今日はこれ以上もう戦えません」
自分の身体のコンディションは、自分が一番分かる。
今日これ以上戦うのは無理だと。
「ですので、私も以後こちらの鍛錬に顔を出そうと思っています。……これからお会いする機会もあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
「今日これからメシを食いに行くが、メルはどうする?」
エイベルさんと挨拶を交わし終えたところで、クロイツさんに声をかけられた。
「申し訳ありませんが、私はこれで失礼致します。それでは皆さん、本日はありがとうございました」
そう断りつつ、私はその場を離れる。そして自室に戻ると、すぐに汗を拭って着替えた、
そのままベッドに座り込んだ。
久しぶりの鍛錬で、既に疲労感が私の身体を苛んでいた。
「……良かった」
けれども、私の心に広がるのは充足感。
やはり、鍛錬は良い。
身体を動かすことも、剣を一振り一振りする際のあの緊張感も。
もうできないと思っていただけに、純粋に嬉しかった。
……もしも。
もしもこの先ルイが襲われることがあったら、私は躊躇わず剣を抜く。
きっと彼のもとには、多数の護衛がついているだろうが……それは絶対でもない。
……私のお母様の時のように。
そしてその件を通して大切な人を失う傷みを知っているからこそ、もう決してあの苦しみを味わいたくないと……彼を失いたくないと、これからも鍛錬を積み続けようと半ば意識を落としつつ決意を新たにしていた。




