父の涙
本日5話目の投稿です
「よう、ガゼル」
「久しいな、ロメル」
頻繁に来ていたロメルがアンダーソン侯爵家に姿を見せなくなって、どうしたものかと思い始めた頃。
唐突に、ロメルがアンダーソン侯爵家に現れた。
連日来ているかのような気安さと、相変わらず貴族らしくない言動だが……儂にとってもその方が楽で良い。
それにしても、と思わず苦笑いを浮かべる。
というのも、夜を除いて儂が家にいるということは久しぶりのことであった。
この日のこの時間にピンポイントで来たということは、儂の予定を完璧に把握していて尚且つ行動を予測していたということだろう。
ロメルの軽い言動に目が行きがちだが……改めて考えると彼のその周到さに薄ら寒いものを感じる。
「丁度良い、俺もお前に用事があったんだ」
自分の前の椅子に座るロメルに、そう言った。
「……あの誘拐事件とパークスが襲われた件の顛末だろう?」
「そうだ」
流石……と内心思ったが、口にすることはない。
今更、だ。
「どっちも、根っこは同じだ。パークスの件については、申し訳なかったな。一応、傭兵たちの動きに目を光らせて、ちょいちょい派手に動く奴らは捕まえていたんだが……まあ、正当な理由もなく犯罪者ではない奴らを取り締まることはできねえからな」
「いや、それは良い。あの件についてはお前から先に情報を得ていたからこそ、大事には至らなかったのだからな。それに、お前の言うその理由は分かる。聞きたいのは、そうではなくて……」
「二つの事件の背景だろう?」
「そうだ。漠然とだが、何だか嫌な予感……というか、変な感じがしてならないんだ。勘だけどな」
「……お前さんの勘は、野生の獣のようだな」
そう言ったロメルの表情は、純粋に儂を讃えるそれが映っていた。
「だが、良い勘をしているよ。……そうだな。どっちも、お前さんの予想通り根っこは同じだよ」
「一体、この国で何が起こっているんだ?」
「おいおい、国単位じゃねえよ。アンダーソン侯爵領を中心に事は起こっているんだ。まあつまり、お前さんは渦中のど真ん中にいるってことだな」
「お前は、何を言っているんだ……?」
ロメルの言葉に、呆然と問いかける。
「連続誘拐事件の被害者は、お前さんの娘と同じぐらいの歳のお嬢さんたちだろう?それも、お前さんの娘が王都に来てから発生したんだ」
「……つまり、娘を狙ったものだったと?」
「最終的な目的はそうだろうよ。まあ同じ年頃の子らを狙ったのは、カモフラージュ兼挑発ってところか」
そう言ったロメルは、嘲笑するかのように口元を歪めていた。
「一体誰なんだ?裏で糸を操っている輩は」
「おや……ルーメル伯爵は捕まったぞ。というか、お前が捕まえたじゃねえか。それで誘拐事件は解決しただろう?」
「あやつなんぞが、そんな工作できるはずなかろう」
ロメルの言葉を、儂は一刀両断する。
ロメルはそれに対して反論することはなく、無言のままだ。
それを肯定と受け取る。
「質問に答える前に、先に俺の用事を済ませちまって良いか?」
重い沈黙が流れる中、急にロメルが話題を変える。
「何、ちゃんとお前さんの質問には答えるさ。その前にどうしても知っておきたいことがあってな」
「あ、ああ……分かった。それで、今日は何の用事だ……?というか、今更だが随分疲れた顔をしているな」
「お前に見破られるとは……。確かに、ちいと疲れちまっているかもな。それよりお前さんが昼間に屋敷にいるのも珍しいな。何してるんだよ?」
「領地のことを少し、な。普段は任せっぱなしだが、たまにはな」
「おいおい……将軍職が忙しいとはいえ、領主が領地を蔑ろにしちまったらダメだろ。特にお前さんのところからは良質な鉱石等々が取れるんだ。その辺りは、キチッと管理しなきゃならんだろう」
アンダーソン侯爵家は建国以来武功で盛り立ててきた家だ。
元来、アンダーソン侯爵家の治める領地には鉱石の取れる山が多い。
その中でも、鉄鉱石が有名だ。
領内で取れた鉄鉱石を製鉄し武器とする……昔から領内で武術を学ぶ者が他領と比べて多いのは、そんな環境も理由の一つである。
「そうは言うてもな、儂は元々領主になる予定がなかった男だぞ?経営のことなんざ、ちんぷんかんぷんだ」
「お前さんの勘も、戦場のみか。……ったく、来て正解だな。なあ、ガゼル。俺は、少なからずお前さんに信用して貰っていると思っている」
「何だ、藪から棒に。そんな小っ恥ずかしいこと、素面で言うなんて」
「……良いから、聞け。だから俺は、手の内の者に調べさせる前に敢えて直接お前のところに来た。なあ、ガゼル。ここ最近の鉱山の資料を俺に見せてくれないか?」
真剣な声色で、ロメルは儂に問う。
その内容は、普通の貴族なら即座に断るだろう。
なにせ、自身の財産を開示しろと言っているようなものだ。
しかも、この国の宰相である男に。
「良いぞ。……ほれ」
けれどもまあ……儂にとっては問題ないことだとあっさりロメルに書類を渡す。
逆にロメルが一瞬驚いたほどだった。
「お前が言うからには、必要なことなんだろう?まあ、お前のことは信用している。宰相云々じゃなく、お前自身をな。それに、儂は頭を使うことは苦手だからな……お前が見たら、何かしら見えてくるんだろうよ」
「……ったく。じゃあ、遠慮なく」
ロメルは照れ隠しにぶっきら棒に呟くと、資料を受け取り読み解く。
その速さは、儂の倍以上の速度。
パラパラとまるで資料の枚数を確認するかのような速さで読んでいた。
「おい、ガゼル。お前が最後に鉱山に視察に行ったのはいつだ?」
「一ヶ月前ぐらいか?ちょうど、領地に行く用事があって」
「その前は?」
「……さあ? 定期的には行っているが」
「んじゃ、鉱山の様子は以前と何か変わっていたことはあったか?」
「気づかんかったが」
「……まあ、だよなあ。あー……嫌な予感的中かよ」
「……何があった?」
「鉄鉱石、チョロまかされてるぞ」
「……何で分かる?」
「何で分かるっつってもなあ……この資料と、こっちにあるお前さんのところの領の価格推移、それと業務従事者たちの賃金を照らし合わせて見れば、そりゃあな。これは、鍛冶屋も足取り追った方が良い。至急、商業ギルドに裏を取るか」
「一体、誰が何のために……?」
「さっきの話と同じ奴だよ。そんで、お前さんが追っている黒幕だ」
「……なあ、ロメル。いい加減、教えてくれぬか?その、黒幕の正体を」
ジロリ、ガゼルがロメルを睨む。
「ああ、お前さんには教えるさ。だが、この鉄鉱石の足取りを追ってから……な」
「何故だ……!?」
「それが、お前さんの為だからだ」
「……どういうことだ?」
「始めはさ、さっさとお前に知らせちまって終わりにしようと思った。というより、本当は……お前さんが共謀しているんじゃねえかと少しばかり疑ってかかっていたんだ」
ドン、とロメルを儂は壁に叩きつける。
「儂が、あえてメルリダを死に追いやったと……そう思っていたのか!」
「ああ、そうだよ」
痛みに顔を歪めながら、けれどもロメルは肯定する。
「貴様……っ!」
ギリリ、唇を噛み締めながらロメルの胸倉を掴む力を強めた。
「言った……だろう?王宮の貴族どもは厚い面の皮の下に、謀を隠してる者が大勢いるんだ……よ!最愛、最愛だと言っても見せかけだけで、その下で利用していることなんて五万とある」
「それ以上、儂のメルリダへの思いを侮辱するな……!」
「もう、そんなこと分かったさ!お前さんが、そうじゃないってことぐらい!」
ロメルが、そう叫んだ。
その言葉を聞いて、少しだけ手の力を緩めた。
「……それだけ、お前さんとは一緒にいたんだ。すぐにその考えは無くなったさ。今となっては……お前が俺を信用してくれているように、俺もお前を信用している」
「なら……言ってくれ!一体、どこのどいつが儂のメルリダを死に追いやったんだ!」
悲痛な、叫びだった。
ロメルが彼と接するようになってから、初めて見るその様子。
「まだ、分からないか!?最初お前が共謀しているんじゃないかと疑うほど、お前に近しい人物!信用した後もお前さんに言い出せなかった、お前さんにとって大切な、そんな奴!そして、この鉄鉱石を横流しできるようなそんな人物が……!」
「……まさ、か……」
ロメルの叫びに、呆然と呟く。
それと同時に身体から力が抜けて、ロメルはようやく儂から解放された。
ロメルはその場に、しゃがみ込む。
「それ以上は、言わなくて良い。お前さんのその考えは、正解だ」
フラフラと彷徨うように歩き、そして椅子に座り込んだ。
そしてその場で蹲るように、頭を抱える。
そんな彼の様子を、ロメルは痛ましげに見つめていた。
重い沈黙が、部屋にのしかかっていた。
儂らは二人ともとも、口を開かない。
抱えるには大き過ぎるその事実に、無意識の内に震えている。
「……お主の口から、言ってくれ。儂は、お主の言葉なら信じる……」
やがてその重い沈黙の中、そんな言葉が儂の口から発せられた。
それと同時に、ロメルが溜息を吐く。
「野盗をけしかけ、お前さんの最愛の妻を殺す算段をつけた奴。お前さんの娘と息子を襲った奴を裏で操っていた奴。そして鉄鉱石を横長し、反乱を起こそうとしている奴。それは……お前さんの弟だよ」
ロメルの言葉に、儂は涙を流した。




