いつもの私
本日投稿3話目です
「……そ、そういえば、コレを」
散々弄られた後、私はマダムに瓶を渡した。
本来の目的以外のことで随分と開店前のお姉さま達の時間を取ってしまったが……まあ、お姉さま達の方が楽しんでいたから、そこは許してもらおう。
手渡した瓶は、お兄様を追いかけてアンダーソン侯爵領に行った時に買った蜂蜜酒だ。
他にも陶器や鉄鋼石が取れるので武具類が有名なのだけど……陶器は一人一人に買えるほどの予算がなかったし、武具も同じ。
そもそも、武具は渡してもどうするのかという話だ。
というわけで、蜂蜜酒を買ってきた。
一応、女性にも割と人気があるというものを選んでいる。
「まあ……これはアンダーソン侯爵領の蜂蜜酒ね?わざわざ、ありがとう」
マダムはそれはそれは柔らかい笑顔で言ってくれた。
「皆で美味しく飲むわね」
「ぜひ」
マダムの言葉に嬉しくなって、つい自然とにやけた。
そんな私の頭を、マダムは撫でる。
「アンダーソン侯爵領には、いつ頃行ったんだい?」
マダムがゆっくりとしたテンポで聞いてきた。
「つい最近です。ご子息様がアンダーソン侯爵領にお帰りになる時に」
「ああ……あそこの家の方と行ったのかい。それなら、旅も安心だったろうね」
「いえ……私、独りで行きましたよ?」
「は?」
「ん?」
マダムが珍しくポカンとした顔をして聞き返したのを見て、思わず私は首を傾げる。
「ちょ、ちょっと待っておくれ。まさか、アンダーソン侯爵領までの旅路を独りで行ったのかい?」
「ええ。最後の一日は合流しましたけど」
「最後一日だけって……それは確かに独りで行ったと同じだね。危ないじゃない。道中獣は出るし、賊も出るんだよ」
「大丈夫です、マダム。自分の身を守ることができるぐらいには、強いんですよ?」
私の言葉に、マダムは深く溜息を吐いた。
「まあ、あの人たちが認めるってことは相当強いっていうのは分かるんだけどね。でも、メルちゃんは女の子なんだから……」
そう言いつつ、彼女は私を抱きしめる。
「……本当に、無事で良かったよ」
その仕草と言葉に、私の頰はまたもや緩んだ。
「あの蜂蜜酒は、皆で大事に飲ませて貰うからね」
「ふふふ、嬉しいです」
「やだ、マダム……ズルいわ。私たちからもお礼を言わせてよ」
そんな風にマダムと話していたら、支度を終えたらしいお姉さんたちが代わる代わる抱きしめつつお礼を言ってくれた。
それからマダムやお姉さん達と楽しく会話をして過ごしていると、やがて店が開く時間になっていた。
「それじゃあ、マダム。失礼致します」
「またおいで、メルちゃん」
マダムに見送られつつ、店を出ようとしたその時だった。
「あ?メルじゃねえか」
「本当だ!メルちゃん、偶然だね!」
聞き覚えのある声にそろりとそちらを向けば、案の定、クロイツさん他国軍の面々が揃っていた。
「……皆さん、偶然ですね。どちらに……?」
「どちらにって、そりゃ、マダムの店に。っつうか、ここから出て来たってことは……」
それ以上言及しないでくれ……と、ジェスチャーで必死にそれを伝えようと身体を動かす。
けれども流石にそこまで言われたら、誰だって気づくものだ。
「メルちゃん、ズルいっすよ!抜け駆けは!」
案の定、皆がやんのやんのと騒ぎ始める。
それにしても抜け駆けって……と、私は溜息を吐いた。
「メルちゃんは、私たちと仲が良いからね。特別仕様さ」
そう言って、マダムは蠱惑的な笑みを浮かべながら私を後ろから抱きしめる。
それにますますヒートアップする何人か。
……マダム、煽ってどうするんですか。
もうどうとでもなれと、乾いた笑みしか浮かばなかった。
「まあ、落ち着け。メルに実力で越えて男ってやつをみせれば良いだろ?」
取りなすようなクロイツさんの言葉に、皆が言葉を詰まらせる。
「うっ……!」
「クロイツさんー。そりゃ、ちょっと流石に……」
「メルちゃんに勝てとか……まだ大型の肉食動物狩りに行くほうが良いですよー」
効果は覿面で、一気にしょんぼりと皆が肩を落としていた。
その様は、可愛らしいと思わせるものがある。
それにしても、大型の肉食動物の方が良いとは……彼らの私に対する評価が一体どんなものなのかと一回問いただしてみたい。
「……なんだい、大の男が揃って情けないね」
そんなことを思っていたら、彼らのその哀愁をマダムがバッサリと切り捨てていた。
どうやら、私が可愛いと思ったその様はマダムに通じないらしい。
けれどもその言葉に意気消沈するかと思いきや、むしろ皆が闘志に満ちた瞳で見てきた。
「……そうだ、俺たちだって男だ……!逃げられない闘いが、あるんだ!」
「そ、そうだな。負けられない!お、俺は勝って強い男だと証明するんだ!ミーナさん!メルちゃんに勝てたら、是非、俺とお付き合いしてください!」
「いつまでも、メルちゃんに負けてはいられないな!俺たちだって男なんだから!」
俺たちだってではなく、俺たちは……だと思うけど。
私は、女だから。
その小さな呟きに、誰も反応しない。
まあ良いか……と息吐く。
それ以上に彼らから闘志が揺らめく瞳を向けられ、けれどもそうしていたら私までそれに当てられて好戦的になった気がした。
「……そこまで仰るのなら。次の訓練で、白黒つけましょうか!?」
「「「望むところだ!!」」」
彼らの反応に、ニヤリと思わず笑う。
次回の訓練が楽しみだ、と。
いつもと違う気迫に、むしろ心が踊った。
……その心の様に、さっきまでどうしたら女の子らしくなれるかをマダムに相談していたというのに、本当に私は……と内心苦笑する。
「ホラホラ、騒いでないで中に入るぞー」
そんな好戦的な空気を斬るように、クロイツさんはそう言いながら手を叩いていた。
「メル、お前も行くか?」
「……良いんですか?」
「良いも何も、せっかくここで会ったんだ。一緒に楽しもうぜ」
「……はいっ!」
私はクロイツさんの誘いに乗って、後を追った。
「……とか言って、本当はメルちゃんを出汁にして彼らのやる気を煽りたいだけでしょうに」
「ま……現実を見りゃ、より訓練に熱が入るだろう?」
そんな彼らの言葉も聞こえず、私はただただ心を躍らせて店の中に戻ったのだった。




