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武家の嗜み  作者: 澪亜
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父の涙

本日7話目の投稿です

……それは、家に帰ってからも。

だって、分からないのだ。

誰かを守りたいという、気持ちが。


いつだったか、ルイも言っていたその言葉を。

何故、お父様はお母様を奪われながら……それでも、民を守る職に就いているのだろうか。

傷だらけになりながら、それでもその道を彼らは進むのだろうか。


「メル、お帰りなさい」


「……ねえ、ばあや。お父様はお帰りになられた?」


こそり、彼女の耳元で聞く。


「ええ。既にお帰りになられておりますよ」


「お伺いしても大丈夫かしら?」


「……執事が申すには、本日は既に予定はないと」


「そう。じゃあ、ちょっと行くわね」


トコトコと、お父様の書斎まで向かう。

そう言えば、お父様と面と向かって会話をするのは久しぶりかもしれない。


少なくとも、お父様が野盗を討伐した直後は引きこもっていたし、その後はお父様の方がバタバタしていたから。


少し緊張しつつお父様の部屋に入ると、お父様はのんびりとお酒を嗜まれていた。


「メリー、か。お前が部屋に来るとは珍しいの。……そういえば、今日、クロイツたちと外に遊びに行ったらしいな?」


「はい、とても楽しかったです」


「それは、良かった。……して、どうした?」


「どうもしませんが、お父様に聞きたいことがございまして」


「ほう……何だ?言ってみろ」


「……お父様は、どうして民たちをお守りになられるのですか?」


唐突な質問に、お父様は少し驚いたような表情を浮かべた。


「……今日、クロイツさんたちと話した中で、何故兵士になったのかと聞きました。色々な理由があることを、知りました。それぞれの理由とはまた別に、いつしかお父様に憧れ、お父様のように国を……民を守りたいと願うようになったということも。……ですが、私にはその話の根本的なところが分かりません。何故、お父様が民を守ろうとするのかということが」


「……儂が、民を守ろうとすることが、そんなにおかしなことか?」


「ええ。だって、お父様。……お母様は、お父様がお守りになった民に殺されたではありませんか」


私の言葉に、お父様は息を飲んだのが分かった。


「顔も知らぬ、名前も知らぬ民を守ることは、そんなに重要なことなのですか?……いつ恩を仇で返すか分からないのに」


「……お前にとって、民は敵なのか?」


「いいえ。ですが、良くも思っていないのも事実です。守られることをただただ享受せずに、自らが強くなれば良い。自らが強くなって、自らの守りたいものを守ればそれで良いではないですか!お父様が皆を守る必要が、どこにあるというのですか? 私にとっては、トワイル国の兵たちよりもこの国の者たちの方が……」


パチン、と乾いた音がした。

頬が熱くなったのを感じて、お父様に私は打たれたのだということが分かった。


「……それ以上、言うな。それ以上は、言うてはならぬ」


お父様の低い声に、出かけた言葉を私は飲み込む。


「儂とて、始めから民だとか国を守ろうという高尚な志なんぞなかったわ。単に自分の腕を試したいが為であったな」


ふう、とお父様は重い溜息を吐いた。


「無我夢中であった。戦の中、成す術もなく蹂躙されていく民を前にして、戦う術を持つ儂が守らなければならぬと自然と身体が動いておったわ」


ぐい、とお父様は手元にあったグラスを傾ける。

中身を一気に飲み干し、またもお父様は溜息を吐いた。


「メリルダが殺されて、儂かとて色々考えさせられた。この国の者が儂の妻を殺したのだと思うと、あの時一生懸命に戦ったのは何だったのかと虚しくもなったわ。……だがな。儂のしてきたことは無駄ではなかったと、他ならぬ民が教えてくれたのだ」


そう言ったお父様は、目に見えるように悲しそうに笑った。


「英雄だ何だと担ぎ上げられた後は、まあ……その名を持つ責任を果たさねばならぬと、我武者羅に走り続けただけよの。だがな、いつしか、儂の後ろには道ができておった。その道を、ポツリポツリと後から続くものが出てきおった。他ならぬ、民から。お前は、聞いただろう。戦で村を焼かれた者が、兵になったことを。儂のそれまでの働きを見て、自らも誰かを守る者になりたいとなった者たちを。顔の知らぬ誰かの大切な者を、儂の後に続いた者たちが守り、また儂の後にその者が続く。そうして道が続くことに儂もまた誇りを感じ、救われた。儂のしてきたことは無意味ではないと。巡り巡って、儂のように大切な者を喪う悲しみを味わう者が無くなるかもしれぬと」


「……ですがっ!」


「民の全てが、野盗なのか?野盗になるのか?民にもまた、大切な者がおることをお主は分からぬか?自らで守ることができず、守って欲しいと縋ることは、罪なのか?」


「………っ!」


「お主のように、皆が武の才を持つ訳ではない。あったとしても、それを日々の生活に追われて磨く暇などない者だとておる。その者たちに、お前は自らで自らのことを守れと、そのために同じように訓練をせよと突き放すのか?それは、傲慢というやつだ」


「ですが、私は……」


段々と、反論する言葉がなくなっていることは自分でも分かっていた。


「例えば……そうだな。ばあやが助けを求めたとして、お主は助けぬのか?」


「……ばあやは、私の大切な人です。勿論、助けます」


「ばあやの大切な者が、助けを求めたとしてそれは?」


「……ばあやが悲しむから、守ります」


「自分で守れと突き放すのではないか?顔も名も知らぬ者だと言うのに、お前は守るというのか?」


私は、それ以上言葉が出なかった。

お父様の言わんとすることの意味が、分かったから。


「そういう事だ。巡り巡って、誰かの大切な者を守るという事は。……民の全てが悪いのではない。お前の母を殺したのは、あくまで野盗だ。罪はその者たちにあり、責は彼女を守れなかった儂にある。全ての民に罪を問うのは、違うのだ」


そっと、お父様がその大きな手で私の頬を包んだ。

もう、熱さも痛みもない。

代わりに目が熱くなって、涙が溢れていた。


「見知らぬ誰かには、その者を大切に思う者がおる。儂は儂のように大切な者を喪い嘆く姿を見たくはない。……なればこそ、儂は前に進むのみ。そう、思っている」


お父様は私の涙を拭いつつ、そう言って笑った。

私は私の心の中で、何度もお父様のその言葉を反芻する。


『儂のように大切な者を喪い嘆く姿を見たくない』


……その言葉だけは、その気持ちだけは……私にも、分かる。

あの時の絶望を、あの時の悲しみを……あの時の憎しみを。


私はもう、二度と味わいたくない。

同時に、私にとって大切な人たちにも味わせたくない。


その苦しさを、私自身が知っているから……こそ。

そう考えた瞬間、ふと、かつてルイに言われた言葉を思い出した。


『……この国は、この日常を保つために、たくさんの人が犠牲を払った。今も、どこかで誰かが払い続けている。それは、この国を守るためか?いいや、誰もがそんな大きなものを見てはいないだろう。彼らは彼らの守りたいものを守るために戦ったのだろう』


あの塔で、彼はそう言っていた。

……それが、本当なのならば。

あの時の私のようにこの世の理不尽に絶望し、喪失感に苛まれている者たちが他にもいるということだろうか。


そう思い至った瞬間、私は私を恥じた。


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