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武家の嗜み  作者: 澪亜
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彼女の涙

本日15話目の更新です

そうして、やっとのことで敵陣を逃れたその時だった。


「お兄様だ……!」


メルリス様の叫びに、ようやく事態を飲み込んだ。

待ち望んでいた援軍……もとい本隊がこの場に届いたという事態を。


アンダーソン侯爵家の嫡男にしてメルリス様のお兄様が、冷静にそして容赦なく自軍の人々を動かし敵を始末し続けていた。


指揮官がいない烏合の集が相手ということはあるとしても、彼は的確に兵を動かし次々と敵を撃破させているようだった。


……もう、安堵しても良い。

辿り着いた草むらで、俺は小さく呟いた。

その呟きに、誰もが一息つく。


「そうね。……もう少し、待ってて。必ず、貴女を助けて貰うわ」


メルリス様のその言葉に応えるように、アンナは薄っすらと目を開けた。


「アンナ!」


メルリス様がそう叫びながら、アンナの手を取る。


「……メルリス様。お側でお仕えさせていただき……私は、大変幸せでございました。ありがとう、ございました」


アンナは虚な瞳をメルリス様に向け……そして、笑っていた。


「ダメよ、アンナ。そんな言い方をしてはダメ。……それじゃあ、まるでお別れみたいじゃないの。ダメよ、ダメ。……お願いだから、未来を諦めないで」


メルリス様の頰から、涙が溢れていた。

そしてその水滴がアンナの頰に落ち……まるでアンナも泣いているかのようだった。


「命の対価は、命で。……メルリス様に助けていただいたこの命、必ず貴女様のために使おうと思っていた。……だから、最期に貴女様のお役に立てて良かった……。貴女様のご活躍を、貴女様が築こうとする平和の姿を目にすることができないことだけが……残念、です」


「止めて……止めて、アンナ! 最期なんて、とんでもない。お願いだから、そんなこと言わないで! 貴女はずっと私を助けてくれていたわ。そして私には、これからも貴女が必要なの……」


そんな言葉に、アンナは一瞬驚いたように目を見開き……そして涙が滲む眼を細めて、微笑んだ。


「ありがとうございます。先に失礼する、無礼をお許しください。……エイベルさんと、エナリーヌに……よろしく……」


「アンナ……? アンナっ!!」


その命を繋ぎ止めるために、メルリス様が懸命に彼女の名を呼ぶ。

繰り返し、繰り返し。

……けれども、終ぞ彼女が何らかの反応を示すことはなかった。

ただ静かに……まるで眠っているかのような穏やかな表情でアンナは眠りについていた。


「アンナ……」


パラパラとメルリス様の瞳から涙が溢れ、そしてそれは頰を伝って落ちていく。

重苦しい沈黙が、その場を支配していた。


「ここにいたのか、メルリス……」


その沈黙を破るように、幾人もの護衛を連れたパークス様が現れる。


「お兄様……」


「その者は……アンナか」


「ええ。……アンナだけではありません。あそこには未だ、私の大切な仲間が倒れたまま。……お兄様の戦闘が終わり次第、すぐに迎えに行かないと」


メルリス様は何の色も映さないその瞳で、戦場を見つめていた。

静かな深い悲しみをその身に漂わせながら。


「すまない……辛い戦いを強いた」


パークス様は痛みに耐えるような表情で、言葉をかける。


「いえ……私は、私の意思で決断をしたのです。だから、お兄様が責任を感じることではありません。ただただ、自らの力不足を恥じ入るばかりです」


ふらり、とメルリス様は立ち上がった。


「お兄様。コーディスは始末をしましたが、件の商人は見当たりませんでした。すぐに、捜索すべきです」


「……ノルトは、アンダーソン侯爵家に潜伏していた。既に、父上が始末している」


「ノルトは、スリガー公爵家の状況を知らずに任務を遂行していた……ということでしょうか。そしてコーディスこそが、暴走したと」


メルリス様の言葉に合わせて、護衛隊の隊員が連れて来ていたコーディスの亡骸を差し出す。

それを、パークス様は驚いたように目を見開いて見ていた。


「馬鹿な……コーディスはエイベルたちが見張っていた筈だというのに……」


「……エイベルさんが?」


「ああ。……エイベルはスリガー公爵家に潜入をし、カーティスとコーディスを見張る役目を負っていた。……もしやマイルズを次期スリガー公爵家当主に据えるという、ロメル殿の策に気がついての行動か?」


「あり得ますね。スリガー公爵家での工作に成功し、最早コーディスが当主に就けないとなっていたのであれば……この行動にも、納得ができます。エイベルさんより、コーディスがこの戦隊に加わっていたという報告は?」


感情を押し殺して冷静に振る舞うメルリス様の様子に、パークス様を始めとするその場にいた皆が痛ましそうにメルリス様を見つめていた。


「否……なかった」


パークス様の言葉に、突然メルリス様は馬に乗る。


「どうした? メルリス……!」


「少し、気になりますので様子を見てきます」


「待て……!」


進もうとするメルリス様を、慌ててパークス様が止めた。


「もう……後のことは俺たちに任せてお前は休め」


「いいえ、まだ休めません。……彼女が最期に言ったのです。『エイベルさんに宜しく伝えて』と。だから、エイベルさんは無事タスメリア王国に戻って貰わなければ困るのです。……ですが、どうやらコーディスの事という重要な報告すらできないほどの状況にエイベルさんが追い込まれている様子。……お兄様はここを離れられないでしょうし、私が行くしかないでしょう?」


そうパークス様の提案を退けると、メルリス様は迷わず馬で駆け出して行った。


「俺が行きます!」


皆がそんなメルリス様を見送るような形で呆然としていた中、俺は一足早く我に返って慌てて彼女を追いかける。

彼女は疲れを見せない動きで、ひたすら北上……スリガー公爵家に向かって行った。


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