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武家の嗜み  作者: 澪亜
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彼女の笑み

本日15話目の更新です

いつの間にか陽が沈みかけていて、紅の光が西の方から差し込んでいる。

一度は緩んだ彼女が纏う空気も、再び街へ近づくごとに冷たく鋭くなっていく。

その変化を俺は後ろから追いかけながら、観察していた。


街に近づくごとに、徐々に騒がしくそして慌ただしい雰囲気が色濃くなる。

まるで何らかの事件が起きたかのような、そんな様子だった。

暫く無言のまま、俺たちはその場で警戒しつつ様子を伺う。

やがて完全に陽が沈み、辺り一面が真っ暗になった頃。


ふと、気配が変わる。


「……何かが、近づいて来る」


敏感に反応を示したメルリス様が、ポツリと呟いた。


「え……メルリス様……?」


僅かな物音に警戒態勢を取れば、そこから現れたのは老人とエイベルの二人。

エイベルは深手を負っているらしく、老人に引きずられるようにしていた。


「アルフさん、こちらへ。シュレーさんはエイベルさんをすぐに保護」


「はっ」


彼女は二人を庇うように、前に立つ。

そして新手の気配に立ち向かうように、剣を抜いた。

一寸先も見ないような闇の中、彼女は向かってくる気配を正確に読み解き、次々と斬り捨てる。

その邪魔にならないように立ち回りつつ、アルフさんが援護していた。


「……後続は、来ないようね」


やがて向かって来る敵が来なくなったところで、メルリス様が剣を仕舞う。


「大丈夫? エイベルさん、アルフ」


「あ……ありがとうございます、メルリス様」


ぐらりと、その瞬間エイベルが倒れ込んだ。


「ちょ……ちょ、ちょっと。エイベルさん!?」


倒れたエイベルに近寄り、その体に彼女は触れた。

暗闇の中でも分かるほど……ドロリと生暖かく鉄臭い液体が、彼女の手を染める。

先ほどまで触れていたそれに、彼女は過剰に反応を示していた。

その生暖かさを厭うように、ガタガタと彼女は体を震わせている。


「エイベルさん……? エイベルさん!!」


「どいてください、メルリス様」


俺は服を切り裂いて応急処置を施そうとするものの、手元が暗くて何もできない。


「アルフ! すぐに灯を調達して! シュレーは医療具の準備を!」


指示を出すメルリス様を止めるように、血にまみれたその手でエイベルが彼女の腕を掴んだ。


「……申し訳、ございません。ここに来る前に下手を打ちまして……何とか、アルフさんに連れ出して貰ってここまで来たのですが……」


「喋らないで! 大丈夫! すぐに治療をすれば、間に合うわ!」


「灯りは、ダメです。追っ手に、こちらの居場所を気づかれますから。……すぐに、私を置いて行ってください」


「何を言っているの!? できる訳ないでしょう!」


「これを……」


エイベルは懐から紙束を取り出して、メルリス様に差し出す。

少し血に染まっていた、それを。


「これは……」


「……アンダーソン侯爵家を、追い落そうとする輩に……屈しないでください。そう、ガゼル殿にお伝えください。今、あの方がいらっしゃらなくなれば……誰が、あの国を守るのですか。あの方がいて……やっと、騎士と国軍はそれでも連携が取れるようになった。あの方がいるからこそ……トワイル国は、動きを止めている。他の国も、それは……同じ。まだ、タスメリア王国はあの方を失う訳にはいかない。……だから、これを」


エイベルが差し出すそれを、メルリス様は恐る恐る……けれども確かに受け取った。


「絶対にガゼル殿もパークス殿も……簡単には、これを受け取ってはくれないでしょう。ですから、言ってください。私の命を無駄にしないでください、とね」


コポリと、彼の口から血が溢れ出す。


「自分で言えば良いじゃないですか! 自分の苦労を無駄にするなって」


「……自分の体だからこそ、自分が一番分かっていますよ」


そう言って、エイベルは不敵に笑う。

命の危機に面しているというのに、まるでそんなことを感じさせないような余裕さがあった。


「どうして……そうっ」


同じことをメルリス様も感じていたのか、少し苛立ったようにエイベルに言葉をぶつける。


「……別に、自分の命を軽んじている訳ではありません。本当……ゲホっは、未練だってあります。だけど……それ以上……に」


ゲホゲホと苦しそうに、エイベルは咳き込んだ。

ポタポタと、咳と共に血が溢れて流れ落ちる。

咳が止んでも、ヒューヒューと苦しそうな呼吸音が響いていた。


「……同じ志の人、に……国の未来を、託すことが……できます、から。だから……安心、して逝けるんだ……」


最早目が見えないのか、メメルリス様と視線が合わない。

いよいよ、命の灯火が消えかかっているようだった。

メルリス様は、彼の手を取った。


「託されたって、仕方ないわ。……そんな、重いもの。誰かに誓って、続けられるものじゃないわ」


そう言って、彼女は泣きながら笑っていた。


「私は、私の意思で自分に誓うの。……故国の平和を、守ることを」


「……それは、心強い」


彼は彼女の言葉に、微笑んだ。

色のない顔色で苦しげに眉を顰めながら、それでも確かに口の端を上げて。


「……アンナが、貴方を待っているわ。貴方によろしく伝えてと言伝を頼まれていたけれども……どうやら、自分で言って貰った方が良いかもしれないわね」


一瞬、エイベルは驚いたように目を見開いた。

けれども、すぐにまた笑みを浮かべる。


「ええ……。そうし、ます……。あり、がとう……ございました、メルリス様……ルイ、様」


そして静かに目を瞑った。

彼女はそんな彼を、前にして……声を押し殺して泣き続けていた。


ポツリ、ポツリと雫が空より落ちる。

それは徐々に間隔がなくなり、やがて小雨となっていた。

冷たいそれが、俺や彼女を打ち付ける。

まるで絡みついた紅を洗い流すように……そして、彼女の悲しみに呼応するように。


……どれぐらい、時が経ったのだろうか。

一部始終を見守っていた俺とアルフさんは、そんな彼女に声をかけることができずに、ただただ顔背けていた。

けれどもやがて、彼女は静かに立ち上がった。


「……行きましょう。シュレーは、アルフを連れて。私は……エイベルを連れて行くから」


「……エイベルを、連れて行くのですか?」


意外そうな表情を浮かべて問うアルフさんに、メルリス様は無機質な視線を向ける。


「ええ。……彼を、故国の土の中で眠らせてあげたいから」


「ですが追っ手が来た際に、エイベルを連れていたら……」


動けない彼を連れたら、当然機動力は落ちる。

そのため、アルフさんは問いかけたのだ。


「……追っ手は全て、始末する」


フワリ、花のような笑みを彼女は浮かべる。

けれどもその壮絶で清廉な笑みに、俺は冷や汗をかいていた。

呼吸すら憚れるような……そんな、重圧。

心臓が鼓動する音が、酷く鼓膜に響いていた。


「そのためにも、彼は必ず連れて行くわ。……異論は、認めない。とにかく、戻りましょう」


その重苦しい空気が、彼女が動き出したタイミングで霧散する。

ホッと、俺とアルフさんが同時に溜息を吐いていた。


「……行くわよ」


そして彼女を含めた俺たち三人は、戦場へと馬を走らせる。

アルフさんの懸念通り、俺たちに追っ手が差し向けられた。

けれどもその全てを、宣言通り彼女が返り討ちにする。

アルフさんと俺の出る幕などないほどに、彼女が一人で向かってくる敵全てを倒していた。


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