社交界の裏側 弐
本日10話目の更新です
怒りのまま、私は再び動き始める。
さて、どこに潜んでいるのか……。
なるべく出席者が集まる場所より離れたところから、虱潰しに気配で敵の潜伏場所を探し続ける。
そして、またもや警備の配置上人のいない筈の場所に国軍の服を着た男が三人いた。
……これは、本物の国軍の者かそれとも……。
再び気配を絶って、近く。
そして後ろから、思いっきりこめかみを柄で殴りつけた。
……次の男は、懐に潜り込んで同じく柄で殴る。
最後の一人の意識を奪おうと振り返ろうとした瞬間に、別の気配がその男を倒したようだった。
その気配の主は、そのまま私に襲いかかろうとしているようだ。
すぐに私は剣を持ち直し、振り返りざま反射的に応戦する。
強い……!
その一撃で相手の力量を察して、思わず顔を顰める。
普段の訓練であれば強い相手は大歓迎……なのだが、この状況で相手が強いのは厄介なだけだ。
けれども次の瞬間、呆気に取られた。
……相手の顔を見て。
「もしかして、貴方……エイ……」
慌てて相手は私の言葉を止めるように、自身の口元に人差し指を置いた。
どうやら私の声に向こうもテーブルクロスで隠されたこの顔が、見覚えのあるそれだということに気がついたらしい。
「どうして、貴方がここにいるんですか!? メルさん!」
その相手……エイベルさんは小声で叫ぶという器用な真似を披露してくれた。
「いや、どうしてって……それは私が聞きたいですよ。一応聞いておきますが、貴方、内勤ですよね? 貴方がいくら腕が立つからといって、内勤の方に今日の警備が割り当てられるのは想像ができないですし。そもそも管轄が違いますし。それに、その格好……一体何ですか?」
彼が着ている服は、国軍のそれでない。
黒服で、ともすれば一見この偽国軍の者たちより怪しい人物に見える。
まさかエイベルさんは……。
そんな風に私が彼の正体を怪しんでいることに、気がついたのだろう。
エイベルさんは、深く息を吐いた。
「……信じてもらうことは難しいかもしれませんが、訳は後で話します。自分としても、リンメル公国の方がタスメリア王国で襲われることは大変困りますので、ここは引き下がっていただけませんか?」
普通であれば、こんな妖しさ満点の男の願いなど受け入れないだろう。
とはいえ、先ほどエイベルさんが彼らの仲間を一人片付けていたのは事実。
利害は一致している……と、考えられるだろう。
……けれども。
「嫌よ」
私は彼の提案を退けた。
その返答に、スウ……と、彼の目が鋭くなった気がした。
剣を交えた時から思っていたけれども、今の彼は普段アンダーソン侯爵家で見せていた穏やかな姿からは想像し難いほどの鋭く苛烈な雰囲気を纏っている。
否……その片鱗は、私との模擬戦で見せていたか。
ここまで雰囲気が変わるといっそのこと別人のようだと思いつつ、それが何だか楽しくて笑った。
けれどもその高揚は、一瞬にして冷める。
それ以上に、別の感情が私の心を占めていたから。
「……ねえ? 本当に、私が引き下がると思う?」
エイベルさんが、僅かに顔を強張らせた。
「私、怒っているのよ。このパーティーを滅茶苦茶にしようとしているコイツらに対して。コイツらの存在を知ってしまった以上、引き下がることなんてできないわ」
エイベルさんは私の視線を受けとめて、逆に睨み返してきた。
勿論、私が視線を逸らすことはない。
そうして私たちは無言のままに睨み合った。
……やがて、折れたのは彼の方だった。
深く溜息を吐いて、困ったように笑う。
「……貴女を説得する言葉を、生憎と持ち合わせておりません。下手に動かれるより、協力いただく方がありがたい」
「ええ。……私も、短時間でこの広い王宮内に潜んだ奴らを始末することは難しいと思っていたから、丁度良いわ。でも、貴方の経緯と、それからリンメル公国が襲われたら貴方が困る理由については後で話して貰うわよ。……今は利害が一致しているから信用するけれども、貴方が怪しいことには変わりがないわ。もしもこの件が片付いて貴方が一切説明してくれないのであれば、私は貴方を本件に係る重要参考人として捕らえるよう、軍に奏上する」
「……お手柔らかに。勿論ここで会ってしまった以上、黙って雲隠れできるとは思ってませんよ。それでは、情報の共有といきましょうか」
私と彼は情報の共有を始めた。
私からは先ほどの敵を倒した場所と、会話の内容。
エイベルさんからは、敵の大凡の配置場所と国軍との見分け方を。
敵は仲間かそうでないかを見分けることができるよう、全員あえてボタンを二つ目まで空けているらしい。
そもそも、国軍の面々は王宮内の警備を任されることは決してないため、王宮内で国軍の制服を見かけたら問答無用で斬りかかっても良いとのこと。
話すべきことを話し終えると、私たちはそれぞれ敵を狩るために別れた。
気配を断ち、目立たないよう道を選んでエイベルさんに示して貰った場所に向かう。
……どうやらまだ相手側も配置に着いただけで、実際には動いていないらしい。
そのまま敵に近づき、その一瞬でボタンが二つ空いていることを確認して斬りかかった。
敵の一人が地面に倒れ込むのと同時に、残りの二人が一気に間合いを詰めてくる。避け、同時にもう一人の男は斬り捨てた。
あまり、強くないわ。
安堵すべきところなのだが、あまりにもあっさりと倒せることに拍子抜けしてしまう。
後始末もエイベルさんが受け持つとのことだったので、そのまま私は次の標的に向かった。
……そうして敵を次々と屠り、念の為エイベルさんから聞いていた場所の他にも潜んでいないかを確認した後、私はエイベルさんとの待ち合わせ場所に行く。
「貴女に協力いただいたお陰で、想定以上に早く終わりましたよ。……後の始末はしておきます」
「……あら? 貴方についての説明は?」
「三日後、訓練に参加するという体で屋敷に伺いますので。その時まで、ご容赦いただけますか?」
……本当は、すぐにでも聞きたいのだけれども。
とはいえ、彼の人相は他ならぬ国軍の面々が知っているため、万が一彼が約束通りに来なかったとしても、『怪しい人物』として報告する際に全く何も分からず、お手上げ状態という訳ではない。
それに私自身、あまり長くここにいることはできない。
何も言わずに抜け出してしまっているので、流石にそろそろ戻らないと。
期日の設定ができたことで良しとして、この場は引き下がる方が得策か。
「分かったわ。その代わり、来なかったらすぐにでも私は行動に移すわよ?」
「ええ」
言質を取ったところでその場を離れ、先ほどお邪魔した空き部屋に戻る。
ナイフを片付けた後に黒布を脱ぎ捨て、靴を履いた。
その黒布と、先ほど脱いだ上着そしてペチコートを回収してひとまとめにして持ち、途中休憩室によってアンナに渡した後に会場の方へと足を進める。
……やはり、会場を離れてから随分時間が経ってしまっていたか。
城内の雰囲気で、何となくそれを悟る。
クッションを直す時間を惜しんだのは、正解だった。
今の私の装いは、それに合わせてあえてペチコートも上着も身につけていない。
少し異なるが、形としてはエンパイアドレスに近いだろうか。
スラリとした細身のドレスに、先ほどアンナに会った際に受け取ったショールのみ。
随分と最初の装いとは異なる印象だろう。
会場に向かう途中、偶然ルイと会うことができた。
「……大丈夫か?」
言葉は少なくとも、私を思ってくれていたのが分かる声色と表情。
心配をかけてしまったな……と、自分の不甲斐なさと軽率さに、苦い思いが胸の奥から込み上げてくる。
それと同時に、彼が私を思っていてくれたことが嬉しい。
「ええ。少し綺麗にしてきたの」
それが衣装を変えてきただとか、化粧を直してきたという意味ではないことを、ルイはすぐに悟ったようだ。
一瞬心配げに顔を曇らせたものの、すぐに微笑みを浮かべていた。
「ああ、とても綺麗だ。……その着方も、似合うぞ」
何故衣装を変えてきたのかが分かっているとでも言うかのような言葉に、私もつい笑ってしまう。
私は彼の腕に甘えるように自身のそれを絡ませ、彼と共に再び会場に戻った。
それから衣装を変えたと目敏く気がついた他の出席者の方々とお喋りに興じ、そうしてリンメル公国の皆さまを見送るまで会場に残った。




