期待はずれ、もしくは試しの儀
あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします!
「ほう、差し上げたいもの、とな。それも内密にか」
「……はい」
威圧が増したのに、俺は少しヒヤリとしながら頷いた。だがその前に片付けておかないといけないことがあった。
「あの、一つよろしいですか」
「む?」
「そちらにいらっしゃる、お方は……?」
俺は視線で王の隣に座る少年を示した。まぁ予想はついてるんだが、確認ってのは大事だ。
何より、ここで持ち出しておくことで王に彼を同席させることについて間接的に問うておく必要がある。
王はチラリと俺の目を追って、ああ、と嘆息した。
「これか、これは我の息子だ。後学の為に、この頃はこうして政務を見せることにしているのだ」
「へぇ、そうなのですか」
なるほどね。つまり外す気はないということか。
まぁ別に構わないけど、と俺が思っていると、王は顔を一瞬苦くした。
「一応、次の王位継承者でもあるが……いや。他に男児がいないのだからしようがない」
まるで他に一人でも息子がいればそいつの方を選んだ、とばかりに王は言った。
おいおい。そういうこと、本人の前で言うか?
案の定、王子の方は恥じ入るように顔を伏せた。
うーん、王には全然似てないし気が弱そうではあるが、むしろ俺はこの王子の方が優しそうで親しみが湧くけどなぁ……なんて思ってしまうのはこれからの交渉することに対しての不安からか、それとも身内に最上級の気弱がいるからか。
とはいえ、そんなことを口に出すわけにもいかないので、俺は視線を戻した。王もまた俺に向き直る。
「まぁ、これのことは何でも良かろう。それで我に何かを献上したいと――そういうことだったな?」
「ええ」
まぁ献上っていうよりもご賞味くださいって感じな気はするが、それはこの際置いておくとしよう……面倒だし。
さて、と俺はシグンと目線を交わした。
ここからどうやって交渉に持ち込もうか。
こっちの要求はもう決まっているし、あとは向こうをその気にさせるだけなんだが……なんて考えていたら、王はニヤリといくらか砕けた笑みを浮かべると、
「なるほど――望みは何だ?」
と頬杖をついて俺をじっと見た。
一瞬心を読まれたかとぎょっとして、それから、ふっ、と思わず口元が緩むのを止められなかった。
賢い人はこれだから話が早くて助かる。もちろん侮れないってことでもあるには違いないが。
俺は綻びかけた表情を引き締めて、もとより決めていた願いを口にした。
「ラウセルゴット伯爵領を、私にお任せ願いたい」
「……なに?」
瞬間、その顔から、完全に笑みが消えた。
ゴクッと唾を飲む。これは怖い。俺が本物の子供なら普通にトラウマものだ。
どれくらい怖いかと言うと、鍵の壊れた檻越しにライオンと対峙するくらい……ちなみに諸事情により前世での実体験である。
頭の中で天使を思い浮かべて何とか自分を元気づけながら、俺は視線を逸らさないように背を伸ばした。
「この国の法律に照らせば、今回のような場合は被害を受けた者が相手の領地に対し一定の権利を持つはずですが」
「ああ。それはその通りだ。だか、其方のような幼子に領地が治められると? 思い上がりにもほどがあるな」
「しっ……」
いかん、声が上ずった。ゴホンと一つ咳払いをして言い直す。
「しかし、陛下。私は既に幾つかの村を治めております」
「何だと」
「ミゼット」
俺は振り向いてミゼットに例のものを、と言った。
こんな状況で前に出るの嫌ですよ私、とその顔にはありありと書かれていたが、一流を自称するだけある、スッと一歩踏み出した時にはちゃんと表情を取り繕っていた。さすが。
「こちらをご覧くださいませ」
まさしく優雅そのものの動きで、ミゼットは資料を手渡した。
とはいえ王に直接渡すようなことは出来ないので、降りてきた側近のような人に、だが。
それを受け取ると、ざっと目を通して、王はわずかに目を見張った。
「……この数字に誤りはないか」
「ええ」
すごいな、ちゃんと分かっているらしい。
王様が部下任せで資料も読めない人だったらどうしたものかと思った。
交渉する者としても一国民としても、なんとも安心できることじゃないか。
王は二、三度資料を見直して、ううむと低く唸った。
「信じられん」
「何が、です?」
「ほぼ収穫の見られなかった村から、塩や他の作物ながら安定した税を得ている……いや、それよりも税率をこれほど下げたというのに、納められている量はさほど変わらぬとは……何故だ」
最後の言葉は問いかけというより、思わず出てしまった声という風だったので、俺はあえて黙ったままでいた。
話せとも言われてないのに話すのは馬鹿らしいしな。
王はそんな俺をジロリと見てから、ハッと息を吐いて顔に笑みを戻した。
「とはいえ、元の税率が高すぎた為に、悪循環が起こっていたというのもありそうだ。何より、其方の納める村でのみ税を下げたというならば、そこに人が新たに押しかけ人手が増えたことだろう。そうすればいささか耕地を広げたやも知れぬしな」
「……」
うわ、見抜かれてる。
確かにエミス村を始め幾つかの村では人が増えたし耕地を広げた。というより、人が出て行ってしまって使えなくなっていた田畑を耕し直したって感じだが、それによって収穫が増えたのは言うまでもない。
余談だが、人が増えて色々と問題もおきているものの、税率が低くなったぶん村の食料は確保できているとエミス村の村長――レムロから連絡を受けて安心したのは王都に出てくる少し前の話だったりする。
「ふぅむ」
と、王がまた一つ唸るような声を出した。
「確かに、手腕はなかなかのもののようだな」
「ありがとうございます。それで、領地の方は」
「そう急くな。其方に任せてみるのもまた一興やもしれぬと思ったまで。それよりもまず――献上品は、何処だ?」
王の瞳がギランと光ったように思えた。
何、でなく何処、と聞かれたのにふと疑問を感じながらも、俺は口を開いた。
「では、厨房をお貸し願えますか?」
「……ん?」
「え?」
空気が止まった。
互いになんとも言えぬ表情で見つめ合うことしばらく。
先に口を開いたのは王のほうだった。
「……献上品、というのは、食物か?」
「え、はい」
何だと思われてたんだろう、と考えながらも俺はアッサリと頷いた。ついでに補足。
「私の、つまり父のでない領地で取れた作物を加工した食品です」
「加工……」
あれ。なんだろうか、この感じは。
拍子抜けしたというような、だけど少し、安心したような。
そう言うなれば――期待はずれであるかのような。
……なんで?
思わず首を傾げていると、困惑に包まれた俺を軽く押しのけて、御言葉ですが、とシグンが声を上げた。
「食品でも、ただの食品ではございません。エル様の見つけられた新種の作物を、エル様の領地にある村で独自に編み出された製法にて加工したものにございますれば」
あ、こいつサラッと嘘ついた。
製法は基本的に全て俺の発案なのだけど……いや、シグンのことだし、何か考えあってのことか。
チラリとシグンに目をやったが、シグンはただ王を見上げていて、その瞳どころか表情すら窺い知れなかった。だが。
「何より」
その時、シグンがニヤリと笑った気がした。
とはいえ王の前でそんな顔をする訳もないから、ただの気のせいなのだろうけど。
シグンは淡々としているようにも思えるほど滑らかに続けた。
「古今東西の王族や皇族、ましてエル様を除きましては諸侯ですら食べておりません。もしこれより後、国中や大陸中に広まった時、最初に召し上がられた王ということになれば、後の説話にも語り継がれましょう」
「……ふぅむ」
そんな風に語られて嬉しいものか? と思わないでもないが、王にとっては十二分に魅力的な言葉であったらしい。
思案するように顎を撫でて、それからおもむろに口を開いた。
「良かろう。それの準備を」
「えっ、はい」
あれで納得したの? 良いのそれで?
権力者ってよく分からんもんだな。
そう結論付けてランカに目で合図すれば、待ってましたとばかりに頷いた。
うわ、度胸あるなぁ。
シグンにしろランカにしろ、頼りになるぜ、まったく。
しばらくして、ランカが大きなワゴンに乗せて持ってきたのは、豆腐入り味噌汁に醤油と味噌とでそれぞれ味付けされた肉だった。
しかしそれを3セット持ってくるあたり、ランカも流石に一流だな。
王用、王子用、――そして毒味用。
俺は未だ慣れないところがあるが、この世界の貴族階級では毒見というのは割と当然のものらしかった。使われている食器もまた銀製だ……ぬかりない。
王も王子も出てきたそれらをじっと見つめていたが、ふと王の方が口を開いた。
「これ、が……いや、どれがその新たな作物だ?」
「全てです」
答えたのはランカだ。しかし、そのことを王が気にした様子はなかった。……ここら辺の作法というか礼儀がよく分からないんだよなぁ。
「すべて?」
「いえ、汁物にはその植物を発酵させたものを溶かしており、また入っております白いものも元はその植物です。肉は汁物に溶かしたものと、また別に作ったものとで二種類に味付けております」
「む……」
王は一声唸って、俺に目線を向けた。
「加工するより前……植物そのものは見れるか?」
「ええと」
「こちらにございます!」
ランカが手際よくサヤに収まったままのと出されたものとを取り出した。
用意しとけとは言っておいていたが、手際が良すぎてビビってしまうほどだ。
「これが……」
「はい、ダイズです」
「だいず?」
「あ、ええと、これの植物の名前です」
「だいずというのか、そうか……」
毒味役らしき人が一つ選んで食べ終えたタイミングで、王と、そして王子がまず味噌汁に口をつけた。
目が見開かれる。
「これが、この味がこんな豆からできたのか? この白いのは何だ、奇妙な食感がする」
「それもこの豆からできたもので、トーフと呼んでおります。味がお気に召しましたなら、ぜひそちらの肉の方も」
「あ、ああ」
すごいな、料理ってのは王様でも口数多くするらしい。
言われるままに肉を口に運ぶと、今度は困惑が目に浮かんだ。
「これらが全て元は同じものだとは……到底、信じられん」
でしょう、と笑いそうになるのをこらえる。
いやぁもう前世の話ではあるが、日本のものにこうも驚いてくれると嬉しいね。
「確かに、これが今まで誰の口に入ったことがないというのも頷ける。製法がまるで想像できない……現在、これが作れる者はどのくらいおる?」
「正確な人数は定かではございませんが…我が領地の一つの村に限られておりますから、そう多くはありません。なにぶん、複雑で手間のかかる製法ですので」
「そうか」
とはいえ、教えればできないものではないのだが。
しかし現在のところ、運良くも成功した俺のやつを元にして醤油と味噌を作っているのはエミス村だけだし、それに当分はあの村の特産品にすると約束もしてるしな。
嘘は言ってない。ただちょっとばかり黙っているだけだ。
「……良いだろう」
「へ?」
王が突然言ったのに反応し損ねて変な声が出た。
良いだろう、って……
「何が、です?」
「其方が言ったのであろう。ラウセルゴット伯爵領……いや、もはや旧、というべきか。もちろん全てというわけにはいかぬが――其方に一部地域を任せようではないか」
俺は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
だが、王子がうつむいていた顔をバッと上げて自分の父親の方へ向けたのに、その言葉の意味を実感して……歓喜が体を走った。
「本当、ですか」
「ああ」
俺は人目が無ければ飛び上がりそうなくらい嬉しかった。
が、理性の方が俺を止めた。
……こんな簡単に決まっていいのか?
もともと数時間にわたる交渉も覚悟の上だった。
それなのに――まだ“切り札”だって出していないにもかかわらず――あっさりと承諾されてしまった。
これは、まだ何かあるな。
俺が唾を飲んで表情を引き締めれば、王はフッと軽く笑った。
「親に似ず、聡いことだな。確かに領地は与えるが、しかし条件がある」
ああ、やっぱり。
「……その、条件とは」
「二年だ」
「二年?」
「そうだ。二年の間にもしも何も我に成果を見せられなければ――その領地は剥奪する」
「なっ!」
「どうする?」
王は、試すような笑みを浮かべて俺を見た。
厳しい。これは、極めて厳しい。
成果なんて形のないものを見せるのは難しい上、エミス村なんかではうまくいったけども、そもそも俺みたいな子供に人を従わせるのはそんなに簡単なことじゃない。
しかも、どれだけ努力しようが成果を出せなければ即回収ってことは、骨折り損になる可能性もあるし、何より少ないながらに存在する俺の信用を完全に失うことになりかねない。これは……。
「受けろ」
小さく鋭く、声がした。
シグンの声だ。
「だけどさ」
「受けろ」
命令よりもなお強く、躊躇いすらも殺すような語調でシグンは言う。
顔を見なくても分かる、絶対の自信と完全な確信。
そうして言下に問われている――オレを信用できるか、と。
フッと思わず口が笑ってしまった。
王の怪訝な視線が痛い。
でも、おかしくて仕方がなかった。今この場で、俺は色んな人に試されてるわけだ。しかし後者に関しては、答えははなから決まってる。
俺はそのまま顔を引き締めることもせず、笑みのまま立ち上がって、
「その条件にて、今回のお話」
深く、頭を下げた。
信じるかってそんなのは――
「ありがたくお受けさせていただきます」
――もちろん、信じるさ。
本来なら年末にあげる予定だったのですが…大遅刻です。うう。
とりあえずあと一話で王都編にキリがつきそうですので、ひとまずそこまでお付き合いくださいませm(__)m




