柔らかな威厳、もしくは聖戦のはじまり
お待たせしました…!
ボフン、と異様にフカフカの椅子に埋もれるように座りながら、俺は居心地の悪さを隠すのに必死だった。
前世の時にはヨーロッパ旅行だってしたことのなかった俺である。実物の城を見たり中に入るのは初めてで、ましてや王族に会った経験なんてあるはずもない。
つまり簡単に言うなら俺は……雰囲気に圧倒され、緊張していたのだ。
そしてそれはミゼットも同じようで、表情筋を凍らせて棒立ちになっていた。普段なら笑ってやるところだが、今の俺にその余裕はない。
「それで」
と、国王が口を開いた。
語調も声も柔らかいくせに、妙に威厳に満ちていた。思わず身体がびくりと跳ねる。
「こうして呼んだのは今回の件について、色々と話を聞きたいと思ったからだ。何があったのか、詳しく教えてくれまいか」
頼むような言葉だったが、むしろそれが査問どころか尋問を思わせて、俺はゴクリと唾を飲んだ。
そもそもこの呼び出し自体、はっきりとした目的が分かっていない。
兵士に俺が話した内容とあの男の供述の矛盾が気になったのか?
それとも、あくまでただの事実確認に過ぎないのか……あの男は一体どこまで、何を話したんだ?
俺はそんな風に考えて口を開けないでいたが、それは他の者も同じらしかった。
特に親たち。まだゼイゼイ言ってるし。
何か話さないと、と焦れば焦るほど思考は空回る。
くそ、考えがまとまらない。色々と計画してきたはずなのに、頭の中は真っ白だ。
……これが国王に、王族に相対するってことなのか。
俺のその焦燥を呼んだように、再び声が降ってくる。
「どうした? 我はただ経緯が知りたいまで。それとも何か、言えない訳でも――」
「発言を」
その時、玲瓏な声がした。
振り返れば、手を挙げたのは予想外の人物。
「発言を、お許しいただきたく」
シグンだった。
誰もが普段通りからは程遠い状態である中、シグンだけはいつもとまるで変わりない。
礼儀として膝をついてこそいたが、国王を見上げるその瞳は不敬なほどにまっすぐだった。
「構わぬが……お前は?」
「エルシアーク様の直属の部下にして、この件の仔細を知る者です。詳しいことは私から語らせていただいても宜しいでしょうか」
「ああ」
シグンが立ち上がり前に進み出て、俺のほぼ横でまた膝をついた。
確かに父親にもシグンはこの件について詳しいなんて言ったが、実際はそんなの嘘っぱちだ。
途中までならともかく、あの日にはいなかったのだから知っているはずもない。
どういうつもりだ、と俺が聞こうとすれば、シグンは口が見えないように少し顔を伏せて、小さな声で一言。
「お前がここに来た、その目的を思い出せ」
目的?
首をかしげそうになるのを何とか留める。
そりゃ、王族に会える機会なんてそうそうない。だから何とか交渉してみようと思って……いや待て。
そもそも、何で交渉してみるんだ?
それは――
ああ、ユインの為だ。
そう思った瞬間、俺はこの部屋に入ってから初めて息を吐いたような気がした。
そうだよ俺。何を固くなってたんだろう。
妹のためならば何でもできるし何でもやるのが兄ってもんだろ!
「ふぅ……」
よし、いい感じに緊張が抜けて度胸が湧いてきた。
俺が落ち着けたのを見て、シグンはフッと笑って顔を少し上げる。
国王はやはり、どこか重苦しい笑みを浮かべていた。
「では、お話しさせていただきます。……まず初めにお解りいただきたいのは、今回の騒動は我々にとっては想定外の、そして不本意なことであったということです」
「ほう? それにしては異様に対処が早く適切だったと、其方に行った者からは聞いておるが」
「それは、目的や出自が分からずとも、彼らが非常に怪しかったからです。ですから私や他にエルシアーク様に忠誠を誓う者たちはみな、彼らを警戒しておりました」
王の眉がピクリと上がる。
「……我が聞き違えたのか、それともお主が言い違えたのか? お主は今、忠誠を誓っているのは伯爵でなくその息子であり、そしてそのような者が多くいるような言い方をしたように思えたのだが」
「何も間違っておりません。私はそのように申しました。加えて言うならば、今回の件を治めたのは全て、エルシアーク様の手腕によるものです」
「「お、おいっ!?」」
思わずあげた声が、父親のそれともかぶる。
正直嫌悪感は半端ないがそれどころじゃない。
「ちょ、シグン、お前何を言ってるんだよ」
予想なんて元からついてなかったが、いきなり親に喧嘩をふっかけるのはさすがに想定外すぎる。
俺がそうシグンを突けば、シグンは反対に不思議がるような表情を向けてきた。
「必要なことだろう?」
「は?」
「今からする話は、領主たちには聞かせたくない話だと思ったが……違うのか?」
「っ!」
なるほど、そういうことか。
シグンの意図が読めた。
せっかく階段を登ってもらったところ悪いが、彼らにはご退場願おうってわけだ。
「その通りだ、シグン。サンキューな」
「さんきゅ……? 別に構わない」
友人だからな、と顔を伏せながらシグンは言った。
……どうやらシグンは身内にはとことん甘いタイプらしい。まぁ、俺もだが。
「今の言葉は真実なのか。伯爵子息――エルシアーク、だったな」
国王の目が俺のほうを向いたが、もうビビる俺じゃあない。
ユインの為ならば、俺は怖いもの知らずにだってなる。
姿勢を正し、俺はシグンの真似をするように視線をまっすぐ向けた。
「事実と答えるほど厚顔無恥ではありませんが……今回の件に関して、親の助けを借りてはいないことをここに申し上げます」
「な、お前まで何を!」
「静かにせよ、ヴァイセン伯爵。我は今の其方の息子と話しておる。それで、何が言いたい」
「ですので、この度の一件に関して私の父及び母を交える必要は皆無と存じますが、如何でしょう」
黙っているように言われたからか、声こそ上げなかったが、父親の手がわなわなと震えているのが見えた。
お父さんはどうやらご立腹のようだ。
一方国王はなんとも言えない顔で押し黙っていた。
こちらが暗に親たち抜きで話したいと言ってることは伝わってるだろうが……もう一押し、してみるか?
すぅっと息を吸って再び口を開く。
「第一、父らは大半を王都で過ごしているため領内のことに明るくなく、また事件の起こった日、兵士たちに事情を話させていただいたのも私でした。陛下がどのように彼らからお聞きになったかは存じませんが……伯爵から、とは言われていらっしゃらないのでは?」
「その通りだ」
「ならば」
「なれば、ああ確かに……。ヴァイセン伯爵、及び夫人。暫しの間、席を外してくれ」
「なっ!?」
父親は予想もしなかっただろう言葉に固まって、それからよろよろと立ち上がると大声をあげた。
「何故!? 此奴の言葉に惑わされたのですか!? 此奴は私の息子だが、まだ八……いや、七……? と、ともかく、子供ですぞ!」
年齢も覚えてないのか。
ちなみに六歳ですよ。
「ふむ。我と話すには未だ幼すぎると?」
「そ、その通りです! 分別もつかぬ子供が、どんな失礼をしでかすか分かったものじゃ……」
「分別もつかぬ? それは奇妙なことを言う」
「は?」
「今言葉を交わした限り、其方の息子は歳の割にはたいそう落ち着いているように見受けたが。それに加えてその幼さで自らに忠誠を誓う部下もあるとならば、その器は自ずとしれるだろう。……まさか、親の其方がそれを知らぬはずもあるまい。いや、本当に知らないならば尚更、其方は領内のことをも知らぬと見える」
「そ、それは!」
すごいな、と思わず言いそうになる口を押さえた。
一国の王たりえるだけはあるってことか。威圧だけじゃなく、舌戦だって一級品どころか特級品だ。
八方ふさがりとはまさにこのことで、親は何を言ってもここを出ないわけにはいかなくなった。
それならかえって潔く退出した方が良いだろうに、まぁ、そうしないのがこいつらというもので。
「しかし私は息子を見る責任が……!」
「ほぅ? 日頃注意を向けてもおらぬらしい息子を見る責任があると?」
「そ、それに失礼があってはいけないのでっ!」
「失礼だ? そもそも其方のように立ち上がって喚くよりも失礼なことを彼やその部下はしていなかったように思うが、如何かな」
表情は笑顔のまま、けれど視線をジロリと向けられて、親たちはすぐにたじろいだ。
「あ……で、ではお言葉通り失礼いたします!」
逃げたな、と呟いたのは隣のシグン。
まさしくそれだと俺も思ったが、さすがに口には出さなかった。
それにしても、と本人にとっては最速で、しかしはたから見ればノロノロとあるその姿を見て俺はため息をついた。
また出て行くまでにかかる時間が長そうだなぁ……。
ようやく親の姿が扉の向こうに消えると、俺に向けられたのは、
「我にここまでさせて、一体どういうつもりだ?」
という鋭い言葉だった。
笑みこそ依然残っていたが、一瞬とてつもなく厳しい視線でこちらを睨んだのを、俺は見逃さなかった。
全く怖いな、と内心苦笑しながら思う。
俺の何かが気に障ったのか、或いは警戒されてしまったのか。
ともかくイージーモードはもう期待できなさそうだ。
まぁ前向きに考えれば、俺のことをいくらか評価したと取れなくもない……相当ポジティブになればだが。
なんにせよ、今更ビビるような俺じゃないわけで。
「今回の件に、親が関わっていないのは事実ですよ。ただ、彼らに聞かれたくないことがあるのもまた事実でして。それに――」
「それに?」
シグンに、そして未だ固さの抜けられないミゼットにちらりと視線を向けて、それから正面に向き直る。笑みを浮かべて、俺は言った。
「この度は国王陛下に……内密に、差し上げたいものがございまして」
その眉がぴくりと動くのが見えた。
さあ、妹のための聖戦の始まりだ。




