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メイドの策略、もしくは壁パン

帰ってきた俺たちを迎えたのは、シグンだった。

……と言っても、迎えたくて迎えたわけじゃないらしい、ものすごく嫌そうな顔を向けられた。

一応にも雇い主に、そんな顔向けんなよ……!


「ただいま」

「……おかえり」


渋々といった様子で、それだけ返して立ち去る——ように思われたシグンだが、次の瞬間、驚いた顔で振り向いた。

それからミゼットに寄って、その匂いをスンスン、と嗅ぐ。


「な、何ですか」

「黙れ……やはりそうだ。匂いが消えている」

「匂いが消え……? はい?」


ミゼットが訝しむような顔でシグンと俺の顔を交互に見つめた。


「匂いって、何の匂いだよ」

「この女からずっと匂っていた、嘘と裏切りの匂いだ」

「っ!!」


獣人ってのはそこまで分かるのか、と愕然としたのを見てとったらしい。

シグンは、俺は特別だがな、と付け足した。


「匂いで感情やら機微やらがある程度なら分かるんだ。と言っても、言葉が嘘かどうかくらいなら、大抵の獣人は嗅ぎ分けられるが」

「へぇ」

「で、では、あなたはずっと私が背いていることに気付いて……?」

「ああ」

「最初から敵意を向けてきたのも、その為だったのですか……」

「ん?」

「え?」


いや、それは関係ないぞ、とシグンはパタパタと手を振った。


「単に、お前になんだかイラっとしただけだ」

「……」


シグン、感情を見抜けるんなら今すぐ逃げろ。

ミゼットが今、それこそイラっとしてるから。







結局ミゼットに拳を入れられる直前を見計らったように、シグンは去っていった。

というより、見計らったんだろうなぁ……。


しばらく不機嫌そうだったミゼットだが、ユインがノノに拾ってきたらしい花なんかを披露する様を見て、だいぶん機嫌を戻したようだった。


さすがユイン、俺の天使!

内心でこれ×100くらいの賛辞を並べた時、ところで、とミゼットが口を開いた。


「明確に、黒幕の正体に見当は?」

「付いてない……というか、ここでその話は……」

「大丈夫です、確認しました。ユイン様の部屋は防音になっておりますし、殆どの使用人は近づけません。それに……」

「それに?」

「いえ、何でもありません」

「?」


なんだろうか、気になるじゃないか、と思った俺だが、その次のミゼットの言葉にそんな些細な疑問は全部吹っ飛んだ。


明々後日(しあさって)、領主夫妻がここに来ます」

「……? なっ!? えっ!!」


驚きが言葉にならない。

落ち着け、落ち着け俺、と言い聞かせていれば、ミゼットからも


「落ち着いてください、ハァハァしていて気持ちが悪いですよ」


と言われた。

お前のせいだよ!


「なんで!?」

「え? エル様が気持ち悪い理由ですか? それならちょっと多すぎて挙げるのに時間が……」

「そっちじゃねぇよ!」


俺が怒鳴れば、冗談です、と返された。

本当か? ……分かりづれぇ!


「何故、領主夫妻が帰ってくるか、ということですよね」

「ああ」

「ですよね……ああ……」


そんなに説明しづらいことなのか、と俺が聞けば、ミゼットは首を横に振った。

ん?


「よくよく考えてみたんですけれど、」

「みたんですけれど?」

「私、エル様に許していただく必要、なかったんですよね」

「……はい?」


ミゼットがそこから語ったのはこうだ。


まず、ミゼットのある作戦の為に、領主夫妻をこの領地に呼んでおく。

おそらく投獄されているだろうミゼットは、俺が予想外の領主夫妻の訪問にそれはもう困っているのを見計らって、その作戦の提示と引き換えに自由を約束してもらう。

そして、ミゼットは晴れて二人ともの雇い主から解放される、と。


……うん、なんというか。


「ちょっと完璧じゃないか!」

「でしょう」

「でしょう、じゃねぇよ! え、何、じゃあ俺の前回のちょっといい話風なのは無駄だったってことか?」

「いえいえ、かっこよかったですし、嬉しかったですよ……ふっ」

「鼻で笑われた!?」


くっそ、さすがと言うか、ミゼットはやはり借りも恩も作らせてはくれないらしい。

それに自分でいい話などと仰られるのはどうかと……と、ミゼットは苦笑気味に言ってきた。

うるせぇよ。


「で、その計画ってのは?」

「いえ、その前に一つ謝らせてくださいませ」

「何だ?」

「実は、前の授業の際にあえて隠していたことがあるのです。恐らく、これを話せば、そして黒幕の正体を知れば……エル様は作戦も全て思いつかれてしまうでしょうかと思いまして」


それはちょっと過大評価が過ぎるんじゃないかとも思うが、まぁ、ミゼットからすれば俺は天才少年もどきなわけだしな。


「それは……」

「それは?」








「……なるほどな」

「やはり、分かられてしまいましたでしょう?」

「ああ、まあな」


全ての真実と、その解決策を俺は手に入れた。

しかし、その為には俺は苦渋の決断をしなければならない。


相変わらず、楽しそうにノノと遊ぶユインを見つめた。

ユイン……。







「ユイン〜っ!」


俺は必死で手を伸ばした。

ミゼットに体を掴まれたが、身を振って逃げ出そうともがく。

しかし、抜けられそうもない。


「ユイン、ユイン……!」


ノマールに手を引かれたユインと、そしてノノはフッと振り向いた。

その振り向いたユインと目が合って、俺は悲痛に笑みを浮かべた。

そして、ユインは、


「おにぃたま」

「ユイン……!」


満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、いってくるね、おにぃたま!」

「ユ〜イ〜ン〜!」


俺を掴んでいたミゼットがそんな俺にため息をついた。


「何で永遠の別れみたいになってるんですか」

「うるせぇ!」

「エル様も、納得されましたよね。ユイン様を、領主夫妻が滞在する間、一時的に(・・・・)エミス村に預けること」

「だけど……ユインー!」


俺の叫びが虚しく響く後ろで、シグンが静かに壁パンしていた。


同志よ……。



センター試験が近くなってきた為、ゆっくり更新になってしまうかと思いますが、よろしくお願いします。

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