生誕パーリィ、もしくは落ちるほっぺた
明日はなんと、ユインの六歳の誕生日だ。
というわけで!
盛大に、最高の生誕パーティをしようじゃないか!
そう叫んだ俺の言葉を遮るものがいた。
「ちょっと待て。“せいたんパーティ”とは何だ?」
「……はい?」
シグンだった。
あまりの予想外の質問に、俺は発音を間違ったのかと思った。
「えっと、生誕、パーリィ?」
「パーティだがパーリィだか知らないが、それは何なんだよ」
せっかくネイティブらしく発音してみたのだが、そういうことではなかったらしい。
「ほら、生まれた日を祝う会というか……」
「何で祝うんだ?」
「えええ……」
何でって聞かれても困る。
助けを求めてトウガを見れば、ほとんどの獣人には生まれた日を祝うという文化はない、とボソリと言った。
へぇ、と俺が納得しかけると、今度はミゼットから声が飛んできた。
「何か誤解されているようですけれど、生まれた日を祝わないのは、何も獣人だけじゃありませんよ?」
「えっ?」
「誕生日など祝うのは、王侯貴族だけです。平民に至っては、誕生日なんて覚えていないものも多いくらいですから」
「ミゼットは?」
「私は……たしか冬に生まれたはずですね。それ以上は知りません」
雑っ! 誕生日の把握が雑すぎる!
そうか、じゃあ前にミゼットに聞いた時、はぁ?という顔をされたのは、女性にとっては年齢だけでなく誕生日もナイーブな問題だったからじゃなく、単純に気にするようなことじゃ無かったからか。
「トウガやシグンもそんな感じか?」
「……そうだな」
「ノノのはともかく、自分のなんて覚えていない」
ってことは、妹のは覚えているのか。
俺がちょっとからかうような笑みを浮かべて言えば、当たり前だと答えられた。
まぁ、妹好きとしては当然だったな。
それにしても、こんなに誕生日を忘れている奴が多いなら、いっそのこと……。
「皆の、生誕パーティにするか!」
「え?」
「はい?」
「……?」
はい、三者三様なお返事をありがとう。
「つまりさ、誕生日いつか分かんないんなら、いっそユインと一緒の日ってことにして、皆で祝わないか?」
三人はチラチラと顔を見合わせて、困惑しているようだったが、
「ちなみに、誕生日の人は主役だから、欲しいもの一つもらえるが」
という言葉に一瞬で食いついた。
おいおい。
と、そんなこんなで一日明けて、ユイン(及びその他大勢)の生誕パーティが始まった。
と言っても、外から人を呼ぶわけにはいかないから、参加者はみな屋敷で働く者ばかりだ。
ユインはといえば、料理を見た瞬間に、
「おいしそう!」
と叫ぶと、料理をとってくれるクロエを散々に急かしていた。
育ち盛りか食欲が旺盛だけれど、それもまた可愛くて頬が緩む。
と、自分でも分かるくらいにデレデレしていると、後ろの机に何かが置かれた。
「ふぅ、こちらで全てになります。補給は後からしますけど」
「ああ、ありがとう、ランカ」
料理の追加だったようだ。
いきなり音がしたものだから、少し驚いた。
「そういえば、新しく雇った奴らはどうだ?」
「ああ、なんとか皮剥きと皿洗いだけはやらせられるようになりましたよ」
「へ、へぇ」
ちなみにその前は? と聞けば、
「その前? ひたすら掃除ですけど」
と平然とした返事が返ってきて、俺が少し引いているのに気付いたらしい。
「で、でも、あれですから! あの、掃除させるのが色々な位置を覚えさせるのにいいんですよ!?」
「そ、そうなんだ……」
「いや、イビリとかじゃなくて、本当ですからね!?」
なんて、おふざけは置いておくとして。
「ショートケーキは作れたか?」
「ええ、一応。スポンジケーキなるものがイマイチですが、フルーツと生クリームでの飾り付けは完璧に」
「そうか、感謝する」
「いえ、むしろ新しいレシピをありがとうございます」
また一つ増えました、というランカは、花より団子じゃあないが、物やら金やらよりもレシピらしい。
料理人の鑑……か?
「あの、エル様、ちょっと」
「ん? ミゼットどうした?」
「少しこちらに」
「ああ。じゃあ、ランカ、後で頼んだぞ」
「はい」
ミゼットに手を引かれていけば、ユインが俺の姿を認めて駆け寄ってくる。
「おにぃたま! すっごく、おいしいね!」
「そうか。それは良かった」
「うん!」
口の周りが食べ物で汚れているのを拭ってやれば、むーんと可愛らしく唸った。
と、少し離れたところではシグンがポロポロとノノがこぼしたものを拾っていた。
目があって、ちょっと苦笑する。
「ユイン、料理は逃げないんだから、もう少しゆっくり食べたらどうだ?」
「だって、おいしいんだもん!」
ぷくっと頬を膨らませるものだから、ちょっと意地悪したくなった。
「だけどユイン、おいしいものばっかりいっぱい食べてると、ほっぺたが落ちちゃうんだぞ?」
「えっ! おちちゃうの?」
どうしよう、とユインの顔がびっくりしたような、怯えたような感じになる。
慌てて俺が冗談だ、と言おうとすると、ユインは、
「おにぃたま、これもってて!」
と俺に食べかけの皿を渡して、頬に両手を貼り付けた。
……?
「な、何? どうしたんだ、ユイン?」
虫歯か何かか? 痛いのか、とその手に触ろうとしたら、ダメっと怒られた。
「あのね、ほっぺたが落ちないようにおさえてるの!」
「……〜〜っ!」
ダメだ、可愛すぎる、なんだこの生き物。妹か、妹だ。
「で、でも、そのままじゃもう食べれないぞ? どうするんだ?」
俺が続けて言えば、ユインがハッとした顔になった。
俺に預けていた皿をチラッと見る。
それから何か思いついたらしく、
「おにぃたま! ちょっとだけちょうだい!」
「うん?」
ユインは俺から一瞬皿を取ってパクリ、と一口含んだ。
それから、またすぐに俺に渡して頬を押さえる。
そのまま胸を張って、また口の周りに食べ物をいっぱいつけたまま、ドヤ顔を浮かべていた。
「ほらっ、だいじょうぶなの!」
「〜〜っ、もうっ!」
可愛すぎてこの子もう、俺を殺す気なんじゃないだろうか!?
続きます




