餌付け、もしくは大人たちの饗宴
「はい、ユイン、あーん」
「あーん?」
差し出されたスプーンからパクリと食べて、ユインの目がキューっと細まる。
「おいひー!」
「そうかそうか、もっと食べな」
思わず顔がほころんだ。
頬を押さえては食べているのも可愛かったのだけど、こうしてアーンして食べてくれるのはまた、なんというか、格別である。うん。
はいもう一口、とあげようとしたところで、
「何してるんだ?」
と冷めた声が聞こえて、思わず俺の手が止まった。
声の主はシグンだった。
背には、寝てしまったらしいノノが背負われている。
「な、何って?」
「その行為のことだが……いや、ちょっと待て。今当ててみせる」
シグンは俺とユインと、そして俺の持つスプーンに目をやって、なるほど、と呟いた。
「餌付けだな?」
「違ぇよ!」
どこをどう見てそう判断した!?
な、違うよなー、とユインに話を振れば、
「おにぃたま、もっとー」
「あ、ごめんごめん」
ユインがピョンと跳ねてスプーンを口に入れた。
ああ、お預け状態になってしまっていたらしい。
もぐもぐとして、ムフーと満足げな声を出した。
……。これは……。
「やっぱり餌付けじゃないか」
「ち、違うからな?」
否定しにくいような気分にはなってしまったけども!
「餌付けじゃないなら何だ? しつけか?」
「はぁ!? 違う、兄妹のじゃれあいだ! な、ユイン?」
「えづけー? しつけー?」
「いやいや、じゃれあい、戯れみたいなものだって。ね、ほら言ってみて」
俺が促せば、ユインは頬に手を貼り付けたまま首を傾げた。
「たわむー……? しつけー!」
「うわぁユインさん意味のわかってない言葉を大声で叫ぶのは止めよう!?」
周りからの視線が痛い気がして俺が必死に止めると、ユインはむむむ、と難しい顔をした。
「しつけはやめるの?」
「やめるも何も、元からやってないからね! ……って、なんだお前、何笑ってやがる!?」
「ん、いや」
諸悪の根源は、俺らを見てクスクスと笑っていた。
「メイドにな、お前の主の良いところは何かと聞いたら、からかいがいのあるところだと言われたものだから、試してみたのだが……」
「え、試されてたのか、俺!?」
「すごく良く分かった」
「共感しちゃった!?」
どうしよう、俺の周りにSその二が誕生してしまいそうな予感……いや、悪寒がする。
しかも、ミゼットは俺の良いところってそこだと思っているのか。
も、もうちょっと何かあるだろ、五年も一緒にいてさぁ!
例えば……あれ、思い付かない。
「良いのか、そっちは?」
「そっちって……ああ」
さっきまで元気だったユインだが、スプーンをくわえたままウトウトしていた。
「疲れちゃったか?」
「んー」
「よし、部屋に行くか」
「ううー、まだたべりゅー……」
眠気のせいか、舌がまた回らなくなっていて可愛らしい。
フラフラ揺れる体を支えれば、スゥスゥと寝息が聞こえてくる。
「お、おお?」
「大丈夫か?」
「大丈夫、と言いたいところだが、ちょっとキツイ……!」
残念ながら、ユインと俺には大した身長差がない、どころかちょっと抜かれてるくらいだ。
とりあえず、近くの椅子に座らせてトウガを呼ぶ。
「おい、トウガ、ユインを部屋まで……」
言いかけてハッとする。
ちょっと待て、そうなるとトウガがユインを抱くことにならないか?
……ダメだ。yesロリnoタッチ(兄妹を除く)は異世界にも共通の原則である。
「トウガ、やっぱりクロエを呼んでもらえないか?」
「……無理だ」
「え? 何で?」
トウガは黙って大人コーナー、酒のところを指さした。
そこでは、真っ赤な顔をしたクロエが俺の頭ほどあるコップで酒を飲み干しているところだった。
「……飲み比べ中。五人抜き」
「そ、それは、すごいな」
いや、いろんな意味ではアウトだが。
じゃんじゃん酒持ってこーい! と叫ぶクロエにちょっと頭を抱えたくなった。
酔っ払いに任せるわけにいかないしなぁ……。
仕方ない、と俺は続けてミゼットを呼ぶ。
「ミゼット、ユインを部屋まで運んでもらえないか? ……いや、運べるか?」
「ええ、それは問題ないですけど、私ですか? そこのトウガではなく?」
「ああ、頼む。ミゼットしかいないんだ」
そう言うと、ミゼットは一瞬驚いたような顔になってから、分かりました、と頷いた。
それから、シグンとその背のノノをチラリと見る。
「それにしても、こちらの兄は軽々と背負えるというのに、エル様は支えることもお出来にならないとは。非力ですね」
早速毒舌か!
「結構前から見てたんなら早く助けろよ!」
「いえ、『ユインは俺が守る!』とか領主様方に啖呵を切られるくらいですし、助けは必要ないかと思いまして」
「〜〜っ!」
「ああ、すみません、『ユインは俺が守りゅ!』でしたね」
「う、る、さ、いっ!」
自分じゃあ気づいてないだろうがミゼット、今すごいゲス顏してるからな!?
ミゼットは完全に眠ってしまったらしいユインをヒョイと抱き上げた。
振り向いて聞く。
「一緒に行かれます?」
「……ああ」
「そうですか」
じゃあオレも、とシグンもついてくる。
手持ち無沙汰なトウガは困ったのか知らないが、尻尾とともに手を振ってきた。
いや、まだ戻ってくるからな?
扉がバタンと閉まって、少しパーティの喧騒から離れたところで、ふとシグンが口を開いた。
「それにしても」
「うん?」
「いや。今ってこんな風にのんびりしていて良い時なのか? 聞いたぞ、親と揉めているんだろう?」
「ああ」
と言っても面倒ではあるが、厄介なのは別のものだ、と言うとシグンの眉が訝しげに寄った。
ミゼットを窺うも、前を歩いていて表情は見えない。
「厄介なのは、正体も分からない外の敵の方だ」
「外、だ?」
「ああ。そっちの方が、まだ頭も働くらしい。今もあちこちで暴動やらを扇動していてな。厄介だ」
「ほぉ」
シグンがずり落ちてきたらしいノノをふっと背負い直す。
「それで、」
シグンが何かを言いかけた時、ユインがうなるように、
「もうたべれにゃいよぅ……」
とお決まりの寝言を呟く。
「「……」」
思わず、顔を見合わせて笑った。
そして、パーティに戻った俺たちだったのだが。
「「……」」
パーティはいつの間にか、どこかで見たことのあるものになっていた。
ああ、そうだ。前世で見た飲み会、それもかなりカオスなもの、そのままだ。
しかも、
「すげえ、十人抜きだ!」
「まだまだ〜っ!」
「おおう、まだまだだってよぉ!」
騒ぎの中心はクロエに、
「……俺も、まだ」
「こっちもいけるそうだ!」
「うぉお、底なしかよ!?」
トウガである。
……何やってるんだ、あの護衛二人は。
「何と言うか、この館の人間は誰も彼も……」
「いや、シグン、何も言うな」
言いたいことは、十二分に伝わっている。
ああ、飲んでる奴らを見たら俺も飲みたくなってきた。
料理を運んできたライカを呼び止める。
「ライカ、飲み物を、俺とこいつに」
「え? ええ」
そうして出された、ワインレッドの液体を入れたグラスをカンッと鳴らして乾杯した。
葡萄の酸味と甘みが舌を刺激し、芳醇な香りが喉を流れて鼻へと抜ける。
一気に呷った、それは——
「ああ、酒飲みてぇ」
つまるところ、ただのぶどうジュースだった。
私が小学生くらいの頃、子どものビールなるものが流行っていて、どこの自販機にもありました。
私はそれがすごく飲んでみたくて、親に何度もねだったのですけれど、聞いてもらえませんでした。
親も鬱陶しくなったのか、ある日私がまたねだると、母が自販機の方へ行きました。
買ってもらえた! そう思った私ですが、母は買ってきたものをすごい勢いで振りながら帰ってきました。
はい、と渡された、茶色の泡立った液体、それは。
ウーロン茶でした。
あの時のウーロン茶の微妙な苦さは、今でも忘れません。




