暗雲の兆し、もしくは最大の危機
困ったことになっている、との手紙がエミス村、ラムロから届いたのは、決闘事件からすぐのことだった。
「んーむ」
「何をそう、難しい顔をなさっているんです?」
ミゼットがコポコポと茶を注ぎながら聞いてくる。
俺はふぅふぅといくらか冷ましたそれをすすった。
「ミゼットも、エミス村からの手紙見ただろう」
「ああ、はい。けれど、そう問題でしょうか? 人が他の村から流れてきた、というだけでしょう」
「だけ、じゃないんだよ」
「え?」
ミゼットは、首を傾げた。
この領地では人が流れ出る方が多いから、その苦労は簡単に想像できるのだろうが、逆はそうもいかないようだ。
「もともと、エミス村は豊かな村じゃないだろ」
「ええ、むしろ……」
「だけど、大豆の栽培やら俺の領地になって税が下がったことやらで、改善されたわけだ」
いきなり栄え始めれば、あそこの村には何かあるのだとか、勘違いする奴らが出てきてもおかしくはない。
「だが、実際はまだまだ発展途上。俺が下げた税の分だって、村人が生きやすくなる程度であって余剰はそれほどない。つまり、新参者を養う余裕なんてないんだよ」
「ああ、なのに、人が集まっているから……」
「そう、困ったこと、なわけだ」
税の下げ幅はもう少し様子を見るべきだったかもしれない。
トク村は塩作りという変わった産業形態のおかげでさほど影響を受けていないようだが、新たに俺の領地になった他の農村でも同様なことが起こっている。
一挙に色々やったのは早計だったか。
そう少し後悔したが、後悔しても意味がないと思い直した。
問題は、どうやって解決するかだ。
「……仕方ない。ミゼット、ノマールも。各村にアレの完成を急ぎ、そして出来次第、エミス村復興の秘密として周りの村々にも配るよう伝えてくれ」
「了解しました」
「え、い、いいのですか?」
ノマールがオドオドと聞いてくる。
「アレは、エル様の領地のみで使用するはずでは……?」
「こうなったら配る方がいい。それに俺だって出来れば、このヴァイセン領の全員が飢えずに済んで欲しいんだ」
「エル様……」
ただ、その税が父親の懐にだけ入っていくようなのは困る、というだけの話なのだ。
「ああ、一つ条件を伝えるのを忘れていた。配る時に、作り方は教えないこと。それを守れば、配る量なんかは制限しない。くれぐれも、エミス村が豊かになったのはアレのおかげだと言うように」
「は、はい」
早速手配すべく、二人は失礼しますと部屋を出ていった。
部屋に残ったのは、俺とトウガだけだ。
ユインやクロエは、今遊んでいるところだろう。
「……主よ」
「ん?」
「アレとは、一体何だ」
「……それ、聞いちゃう?」
トウガの尻尾が頷くように揺れた。
俺は頭を少しかきながら答える。
「そうだな、言うなれば……魔法の土、かな」
「……?」
トウガの頭上にさらに疑問符が飛ぶものだから、俺は思わず笑った。
しかし。
事態はこれだけにとどまらなかった。
「各地で、反乱だと……?」
「ええ」
ミゼットから受けた報告に、俺は思わず頭を抱えたくなった。
悪いことは続くものだというが、こうも続くとこの前までの平穏はいわゆる嵐の前の静けさに過ぎなかったように思えてくる。
「し、しかしその……」
「ノマール、言いたいことがあればはっきりと言ってくれ」
「は、はい! その、反乱なのですが、妙なのです」
「妙?」
はい、とノマールも、続いて視線を向けたミゼットも頷く。
「どう、妙なんだ?」
「なんと言うか、扇動されているようなのです」
「扇動……」
つまり、扇動している者がいる、ということか。
恐らくそれが、俺が前に感じた“外の敵”だろう。
「ちなみに、反乱は現領主の治め方に対するもののようなのですが……」
「今はいない、領主に対する反乱だ?」
確かに妙と言えば妙だ。
その内容なら、先日あいつらが来ていた時に起こすべきだったろう。
そう、日も空いていないのに。
「加えて、エル様に対する反乱もあるのですが」
「俺?」
「ええ。ですが、全てエル様の領地からほど遠い場所で起こっています」
さらにおかしい、というわけか。
「外の敵、なぁ……」
首謀者を見つけねば、反乱自体を抑えても意味なさそうだ。
しかし、現段階で全く見当もつけられない状態であることからも……かなり、巧妙な人物ではありそうだ。
困ったな、と呟いた、その時だった。
「おにぃたまっ!」
と、ユインが扉をバンと開けて、俺に飛びついてきたのだ。
「グフッ」
「あ、ごめんね、おにぃたま。……だいじょうぶ?」
ちょっと眉を下げて謝るユインに、平気だよ、とひらひらと手を振った。
兄として、妹の攻撃に負けるなど、兄の誇りが許さないのである。
「よかったー」
「う、うん……それで、ユイン、急にどうしたんだ?」
そう聞くと、パッと顔が晴れる。
ああ、重苦しい話でささくれていた心が癒されていく。
やっぱりユインは最高の癒しだな、と俺が思っていると、その癒しは俺の予想もしなかった言葉を放った。
「あのね、おにぃたま。ユインね、おうとにいきたいの!」
おうと……王都?
つまり、あの親たちのいる場所?
正直、俺最大のピンチが今、訪れていた。




