決闘、もしくは衝撃の師弟
「さぁ、いざ尋常に!」
「……勝負」
その言葉が終わるや否や、トウガとクロエの剣が打ち合った。
……何でこんなことになっているかと言うと……。
それは、目の前で今可愛らしくクッキーをかじっている我が愛しの妹のひょんな一言から始まった。
「絶対、長剣のほうがいいですっ!」
「いや、短剣だ」
ユインと遊んでいる最中。
そんなやり取りが始まって、俺は思わずため息を吐いた。
クロエは、順調に俺やユインたちに馴染んでいた。
いや、馴染んでいた、と言うより——
「エル様! エル様も長剣のほうがいいと思いますよねっ!?」
「知らねぇよっ!」
——馴染み過ぎていた。
トウガがふん、と鼻を鳴らして口を開いた。
「……主はまだ幼い。余計に短剣の方が良いに決まっている」
なに火に油を注いでんだ。
その言葉を受けて、一層クロエが眉を怒らせる。
「じゃあ、幼くないあなたが短剣を使うのは変じゃないですか!」
「……余計に、と言った。つまり、短剣は皆にとって良いと言うことだ」
「〜〜っ! そんなことないです! エル様と同い年のユイン様は、きっと長剣の方が好きですもん! ねっ!」
ユインも巻き込むなよ。
いきなり話を振られて、困っているじゃないか。
……それも可愛いけど。
トウガとクロエがこうして言い争うのには、もう慣れてきてさえいる。
普段は無口なトウガであるが、やはり武人だけあって、戦闘に関しては譲れないものがあるらしい。
この前は何だったっけ、鎧の話かなんかで揉めに揉めてた気がするが。
「ともかくっ! 長剣の方がリーチもあるし、深く切れますから、優れているのですよっ!」
「……短剣は懐に入って切れば、断然使えるぞ。長剣は投げるわけにはいかないだろうが、それもできる」
ヒュッと、トウガが壁に短剣を投げつけた。
本当にして見せたかったんだろうが……危ねぇよ!
一番近くにいたノマールが引き抜こうとしていたが、なかなか抜けない。
ミゼットが手伝うと、簡単に抜けていた。
非力だなぁ、執事って……。
「しかし騎士としては、長剣は誇りです! 何より見栄えがするでしょうっ!?」
「……俺は騎士ではない。誇りも見栄えも、何の役にも立たぬ。重いだけだ」
「なんですと! 騎士の誇りを否定する気ですかっ!?」
二人がさらに険悪な雰囲気を醸し出した時。
「ねぇねぇ」
と場違いに無邪気な声が響いた。
見れば、ユインが二人を見て首を傾げていた。
「クロエともふもふ、どっちがつよいのー?」
だから、もふもふは名前じゃないって……。
そして、その質問の答えは恐らく決まっている。
二人は一瞬、驚いたように顔を見合わせて、
「私です!」
「……俺だ」
ほぼ同時に答えた。ああ、やっぱり。
そしてまた睨み合うと、クロエがいきなり大きな声をあげた。
「エル様っ! このモフモフと、決闘させてくださいっ!」
「え? だからモフモフじゃなくて……」
「はい、じゃあやらせていただきますからね!」
話を聞かない奴め!
……まぁ俺もクロエの実力は知りたかったところだから、良いけどさ。
「執事!」
「は、はいっ!」
部屋の隅で縮こまっていたノマールが叫ぶように返事をした。
「決闘の準備を、お願いしたいっ!」
「へ? は、はい」
名前を覚えられてない上に、早速使われてやがる。
不憫だ……。
「館の庭を使ってくれ、ノマール」
「は、はい」
そして、最初の戦いに至るわけだ。
カキン、カキン、と剣のぶつかり合う音がする。
俺とユインはミゼットに用意してもらったテーブルセットに腰掛けて、お茶をついでもらっていた。
「ノマール、実況してー」
あまりの速さに疲れて無茶ぶりして見れば、
「え? ええと、今、あっ今剣が当たりました。と思ったら避けてました! あれ、短剣がどこかに行った、あ、上に投げてました。受け取って……避けられました!」
と、まるでわけの分からない返答が返ってきた。
「実況、ド下手ですね」
「うっ!」
ミゼットの毒舌が繰り出される。
まぁ、無茶ぶった俺も俺だけど、あれは難しいよな。
だって、目にも留まらぬ戦いが正に今、されてるんだもんね。
しかし、クロエもなかなか強いのな。
獣人だし、トウガの圧勝かと思ったのだが……結構いい勝負だ。
クッキーを頬張るユインに話を振ってみる。
「ユイン」
「ふぁ。ほにぃはま、はぁに?」
「ちゃんと、飲み込んでから喋ろうか」
ゴクンと飲み込んで、えへへ、とユインが笑う。
抱きしめたいところだが……ちっ、テーブルが邪魔だ。
「なぁに、おにぃたま?」
「え、ああ、ユインはどっちが勝つと思う?」
「むー」
ユインが眉を寄せて難しい顔を作る。
「あのね、ユインはクロエにかってほしいの!」
「そっか」
ほっこりしたら、でもね、とユインは付け足した。
「でもね、しょうぶにしじょうはきんもつなの! れいせいなめがたいせつなの!」
「ユインさん!?」
だいぶんちゃんと話せるようになったな、と思うよりも早く、内容にビックリだ。
どこでそれ覚えて来たの、と聞けば、ますますにっこり笑った。
「クロエがいってた!」
「……oh」
自分の言葉はまず、自分が実践して欲しいところですよ。
と、その時。
ずっと実況してくれていたらしい、ノマールが一際大きな声で叫んだ。
「あ、今終わったみたいですよ!」
「え? どっちが勝ったの?」
俺が聞くと、ノマールの顔が一瞬で絶望に染まった。
「わ、私の実況は……」
「ああ、ごめん、聞いてなかった」
ガクリと崩れ落ちるノマール。
ちょ、ちょっとそこまで大げさにしなくてもいいんじゃない?
結果として、勝ったのはやはり、トウガだった。
「納得いきません!」
と頬を膨らませるが、納得も何もあった話じゃないんだが。
と、ユインがパタパタと駆け寄って行く。
「ししょー!」
「ん、ししょー……ししょー? 師匠!?」
ちょ、そこどうなってんだ!?
「ししょー、あのね、まけからまなぶのもたいせつって、ししょーまえにいってたよ?」
「そう、でしたっけ……?」
「そうなの! だからね、ししょーはね、もふもふとなかなおりなの!」
「はいっ、そうですね!」
どっちが師匠か、分かったもんじゃないな。
「もふもふ殿」
「……トウガだ」
「え? ああ、トウガ殿。いい戦いだった」
「……ああ」
お互いに手を握る。
へぇ、いい感じじゃないか。
「クロエは、獣人とかエルフとかに、偏見はないのか?」
「偏見も何も、別に気にしないですよ!」
「そうか」
「それに、エルフに関して言えば、ユイン様は可愛らしいですし」
「だよなっ!?」
よし、分かってる。こいつは分かってる。
そのまま、続けて質問した。
「じゃあ、獣人は?」
「えっと、獣人ですか? 偏見はないですけど、嫌いですねっ!」
「……あれ?」
え、なんでそうなる?
見ろ、トウガだって、思わず固まってるぞ。
と思ったら、まだ続きがあったらしい。
「だって、獣人って強いんですもん!」
「は?」
クロエはなぜか腰に手を当てて、堂々と言い放った。
「私、自分より強い人間は基本的に嫌いです! 負けず嫌いですからっ!」
シャピーンなんて効果音が付きそうだ。
あまりのドヤっぷりに、思わず笑ってしまう。
だって、本人の前なのに。
こんなに大胆に嫌いだなんて、しかも理由がこんなんだなんて、なかなかあったもんじゃないだろ。
ノマールは控えめに、ミゼットもクスリと笑いを漏らす。
そして。
「……フッ」
完全な笑顔なんて、まだ見せていなかったトウガが、笑っていた。
思わずマジマジと見れば、視線に気づいて、少し恥ずかしげに口元を隠す。
「今、笑ってたよな?」
「……笑ってなどいない」
「わらってたよ?」
「……そんなことはない」
「絶対、今、笑ってましたよっ!」
「……お前には関係ない」
「なっ、ひどいですっ! 私だけ態度を変えるのですか!」
そのやりとりに、また笑う。
平和な日々だったが——
そういうのは、案外続かないものなのだ。




