プロローグ
この世界は、神という名の脚本家が綴った『絶対の台本』によって回っている。
すべての命は、『役割』を授かる。
土を耕す『農民』。剣を振るう『騎士』。国を統べる『王』。そして世界が滅びへ傾けば、『魔王』と、それを討つ『勇者』が現れる。
役割は、それを果たすための力を与える祝福だ。
農民の畑はよく実り、騎士の剣は鋭さを増す。勇者ともなれば、人の身に余る奇跡さえ振るう。
――ただし、台本に従う限りは。
役割は祝福であると同時に、生き方を定める命令でもある。
農民が剣を望み、騎士が戦いを拒み、勇者が世界を救わないと決めれば、世界はその願いを容赦なく捻じ伏せる。
役者の心より、定められた筋書きが正しく続くこと。
理を守るためなら、ひとつの心が壊れても構わない。
それこそが、この世界を支える『不条理』だった。
世界の理に最も近い六柱の龍族でさえ、その舞台から降りることは許されない。
その中に、一柱だけ。
歴代最強の魔力を持ちながら龍の姿になれず、三千年ものあいだ聖域に閉ざされた水龍がいる。
名を、リル・アクエル。
彼はまだ知らない。
神の台本が押しつける不条理を、理屈ごと踏み越えてくる一人の勇者が、すぐそこまで迷い込んでいることを。
これは、世界の不条理に囚われた水龍が、世界よりなお不条理な勇者と出会い、自分の物語を選び直す話である。




