第34話 花の寝息を吸う
鳥海恵巳は、兎本ナギサと一緒にいて、いいの?
何度も自問自答し、熟考してきた。
答えは、未解明。
私の小さい頭じゃ、時間の無駄だ。
でも、ナギサちゃんなら、教えてくれるかな。
ううん。違う。
私、もっと素直になろうよ。
お嬢様からの言葉を、聞きたい。
鳥海恵巳を選んで、肯定して、囁き尽くして。
ああ。
妄想じゃあ、全然足りない。
我慢なんて、無価値。さっさと捨てて、足を前に出そう。
「……ここに、いるんだよね」
目の前には、白く、無機質な建造物。
看板には、総合病院の4文字が刻まれている。
今の兎本ナギサに、プライバシーはない。
日本一有名な青薔薇病患者として、入院生活が公開されている。
病院名はもちろんのこと、体重や治療の経過まで。
出入り口には、物見遊山で訪れないようにと、注意喚起すら貼りだされていた。
「ナギサちゃん、いる」
自動ドアをくぐった後、深呼吸を繰り返す。アルコールくさい空気の中。青薔薇のような香りを、確かに嗅いだ。
「あっちだ」
5個の角を曲がり、階段をのぼった先で、ようやく見つけた。
VIPな、個室。
多くのスタッフが出入りしており、到底、病院内の光景には見えない。
耳を済ませると、ナギサちゃんママの猫なで声が、漏れ聞こえた。
「……あぁ」
姿が見えなくても、肌で感じ取る。
たった数メートル先にいる、ナギサちゃんの存在。
どうしよう。
会いたくて、抱きしめたくて、傷つけたくて、食べてしまいたい。
感覚器官のすべてが、ナギサちゃんを思い出していく。
優しい吐息の、くすぐったさ。
ふとももの、ぬくもり。
耳たぶの、やわらかさ。
瞼の裏に鮮明に蘇る、青薔薇との、ふれあい。
体、渇いてる。
もう、我慢を捨てちゃった。
「ねえ、ママ。お花摘みに行っていいですか?」
ナギサちゃんの声が、聞こえた。
話し方が幼い。
毎日記憶を失うのだから、当然だ。
あと何日で、赤ちゃんになるのかな。想像するだけで、背筋が震える。
「ふぅ。疲れます」
目に入る、点滴棒につかまりながら、健気にトイレへ向かう姿。
「……ははっ」
口が勝手に笑い、気付かれてしまった。
「誰……ですか?」
視線が合い、お嬢様が、近づいてくる。
「あの、お姉さん、前に会ったこと、ありますか……?」
そうだよね。憶えているわけがない。
でも、じゃあ、なんで、ナギサちゃん、私の手首に触れてるの?
「あ、えっと」
本人も、戸惑ってるみたい。
そっか。
やっぱり、かわいいなぁ。
「後でちゃんと会いにくるからね」
耳元で、私の口が囁いた。
「あ、その……待ってます……?」
「うん」
周囲を見渡すと、警備員と目が合った。今は、連れ出せない。
我慢じゃなくて、焦らしだ。
家に帰った後、20本の青薔薇を、愛でる。
全く枯れない、記憶の花。
きっと、神様は私を見ている。
どうせ、説教臭い父親は死んだ。
お母さんや弟も、気にしない。
死んで責任をとるんだから、自由にやろう。
ナギサちゃんのすべてを、摘み取りたい。
思い出しちゃう。
文化祭で演じた、吸血鬼の姿。




