第35話 雌花同士の距離
覚悟。
普遍的な2文字だけど、今まで、意味を理解しきれていなかった。
私の人生は、まるで川を流れる丸太だ。
親の教育方針に従って進学し、勉強に励んでいた。
でも、腐って、回って、折れた。
両親からの圧力とは、激流。耐えられなかった。
今思えば、自分の意思で決断したことなんて、一度もない。
分岐を前にした時、いつも脳裏を過る。
どうせ、自分が本気を出したって……。
悲観を抱いて、二の足を踏む。
でもね。
今は違うの。
ナギサちゃん。
私のぬくもり。
世界に微笑む、青薔薇。
細い体を抱きしめるためなら、メロスより長く走れた。
他人を脅迫したり、逆に篭絡しても、罪悪感が湧かない。
傷が勲章へと裏返る。
私ね。
ナギサちゃんに心を奪われ過ぎたみたい。
今は、8月。
兎本ナギサの余命は、のこり1か月。
今日、彼女の生前葬が、執り行われる。
会場は満員御礼。葬儀の限定グッズすら販売されていた。
16歳の、生前葬。最後の話題作りだ。
不快を通り越して、乾いた笑いが溢れる。
今のナギサちゃんの頭に残っている記憶は、2歳までの期間だけ。
本人はもう、葬式の意味も理解していない。
周囲から見れば残酷だけど、本人は幸せなのかな。
死の恐怖もなく、多くの人に囲まれて、眠るように死ぬ。
でも、許さないよ。
人生が苦しいから、死は美しいんだ。
「……よし、行こう」
タキシードのような喪服を身にまとい、外に出る。
手荷物は、青薔薇の花束だけだ。
式場は、巨大だ。
著名人の送別式に使用される施設で、満員電車のように人が群がっている。
「……ナギサちゃん」
今日、やっと会える。
大丈夫だよ。ミスなんて、しないから。
ずっとずっと、入念に準備してきたの。
文化祭よりも頑張ったよ。
褒めてほしいなぁ。
ほら、見て。
警備スタッフにアイコンタクトするだけで、通してくれた。
顔見知りもいるよ。
ツンツンくん、手伝ってくれたんだ。命の恩人だからって。本当、純粋だよね。私とは全然違うし、もう関わる予定はない。
他のクラスメイトたちもいるし、本当、ナギサちゃんって愛されてたんだなぁ。自分のことみたいに誇らしい。
本当に、バカだよね。ナギサちゃんのママ。
もっと賢く立ち回っていれば、よかったのに。
あとは、参列客に紛れ込んで、順番を待つだけ。
お線香の香りが濃くなるほど、口角が上がっちゃう。
今日。
ママに虐げられた彼女は終わりを迎え、鳥海恵巳だけのナギサちゃんが、生まれるんだ。
ついに、私の番が訪れた。
スタッフから作り物の青薔薇を受け取り、棺桶へと向かう。
中で眠っている人影こそ、ナギサちゃん本人だ。
あはは。
楽しそうに、手を振ってる。
人見知りしないんだ。すごいなぁ。
「ねえ、私のこと、覚えてる?」
「……?」
小首を傾げる、ナギサちゃん。我慢できずに、抱きしめた。
仕草が、変わっていない。
私の知るお嬢様のままだ。
「ちょっ!? あなた何してるのよ!」
ナギサちゃんママの、怒鳴り声。
「警備! こいつは弾けっていったでしょ!?!? 給料払わないわよっ!!!」
ウェディングドレスのような豪華絢爛な服を身にまとい、近づいてくる。
まるで、自分が主役と言わんばかりの主張だ。
「この、人でなしが」
次の瞬間、警備員が動いた。
すぐさま羽交い絞めにして、取り押さえる。
醜い私の体を、じゃない。
女優かぶれの、過度にメイクされた目が、大きく開かれた。
「……え?」
ああ。
ようやくだ。
「ねえ、目をつむってくれる?」
なんの疑いもなく、瞼を閉じるナギサちゃん。
かわいくて、食べちゃいたい。
抱えていた青薔薇の花束から1本だけ抜き、自分の口に入れた。
噛めば噛むほど、美しい花びらがグズグズに壊れ、唾液と混ざっていく。
薄く開いた、お嬢様の唇。
顔を近づけて、舌を差し込む。強引に開き、抱きしめ、流し入れていく。
私の消化液と混ざり合った、青々しい薔薇を。




