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天文薄明〜市民薄明・航海薄明の次のトワイライトで少女は恋に落ちる

昼と夜のあいだには、「天文薄明」という時間があります。


母と一緒に高山祭へ行くはずだった、16歳の星夜。


ところがパリにいる母から届いた一本の電話で、その予定は突然変わってしまいます。


一人で久々野へ向かうことになった星夜が選んだのは、濃飛バス。


そして、同じバスへ慌てて乗り込んできた一人の青年。


彼もまた、「予定どおり」ではありませんでした。


夕暮れから夜へ。

そして少女から、ほんの少しだけ大人へ。


バスの窓から見える飛騨の景色とともにお楽しみください。


『天文薄明』、出発です。

【ペルソナ】※「星の降る里」「卒業旅行」の世界観

・星夜=せいや(16歳/CV:坂田月菜)=東京・広尾に住むJK。星座ヲタク。久々野は母の実家

・大空=リク(22歳/CV:田中遼大)=東京の大学4年生/高山出身/清見でキャンプ中

・聖夜のママ=(42歳/CV:山﨑るい)=東京のヘアデザイナー/パリコレに参加

・=あさひ(16歳/CV:蓬坂えりか)=朝日村のJK。漢方薬剤師になりたい


【プロローグ】


▪️SE:小鳥のさえずり〜携帯電話の着信音


「もしもし?星夜?」


ママから国際電話があったのは10月7日の早朝だった。


ママは、フリーのヘアデザイナー。

東京で雑誌の撮影とか、芸能人のヘアメイクとかをやってる。


でもいまは、パリ。

親友からのオファーでパリコレのヘアメイクチームに呼ばれた。

友達ってのは、新進気鋭のファッションデザイナー。


世界最高峰の舞台。

からのー、裏側だもんね。

フツーにすごいと思う。


「パリコレ、さっき終わったわ。もうサイコーよ!」


「おつかれ〜、飛行機のチケットとれた?」


「それがねえ、星夜・・」


「なに?」


「ママのヘアデザインが・・・

有名なファッション雑誌の編集長の目にとまっちゃったの」


「それで?」


「ショー直後のエディトリアル撮影、参加してほしいって」


「だから?」


「来週まで帰れない」


「えーーーー」


「ごめん、星夜。ほんっとにゴメン!

おばあちゃんにはママから連絡しとくから。

ひとりで高山行ける?行けるよね?」


週末、本当はママと一緒に高山へ行くはずだった。


秋の高山祭。


『高山祭はねー、一生に一度は見ておかないと!

言葉なんかじゃ表現できない!

とにかくサイコーだから!』


って言ったのママじゃん。


まあ、いいわ。

高山は初めてじゃないし。

1か月前、一緒にトレッキングした朝陽にLINEしてみよっと。


『星夜、ごめんーー!

高山祭の2日間、富山の薬科大学で特別講義入っちゃってる。泊まり込みで。

言ってなかったけど、私、漢方薬剤師になりたいの。

そのためには大学の薬学部へ進学しないとダメなんだ。

だけど、星夜、すごいねー!高山祭くるんだ!

宵祭も楽しんで!』


漢・方・薬・剤・師!

ってマ!?

ガチですごすぎ。

朝陽って、ただの薬草オタクじゃなかったんだ。


なんか、フツーなのウチだけじゃん。

マジ病むわ〜。


このあと、ママはおばあちゃんにすぐ連絡してくれた。

だ・け・ど。

おばあちゃんちは久々野のりんご農家。

この時期、収穫とか、色づけって作業で、

休む暇もないくらいガチで忙しいらしい。

りんご狩りの対応もするんだって。


ま、ウチは別に全然ヘーキ。

ひとりで高山祭行くから大丈夫だし。


前髪を触りながら、ジルの鏡を見る。

パリ行く前にママがカットしてくれたやつ。


『絶対星夜に似合うから!』


っつって、ママオリジナルのウルフカット。

パツンと切り揃えるんじゃなくて、

ミリ単位でハサミを縦に入れたっつー、束感。

指先で少しクシャッと崩せば、

無造作だけど、カッケー束になって額に落ちてくる。

マジでオシャ。


はぁ〜。

まいっか。

久々野のおばあちゃん、マジで優しいし、高山祭楽しみすぎて無理。

古い町並とかテキトーにぶらついてこっと。



【シーン1/高山濃飛バスセンター】


▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏


「あ、すみませーん!乗りまーす!!」


高山濃飛バスセンターから、男の人が息を切らせて乗り込んできた。


大学生、かなあ。

なんか、派手じゃないのにシンプルにレベチで雰囲気ある感じ。

今っぽいきれいめのブルゾンに、白シャツチラ見せのクリーム色ニットとか、マ。


東京っぽい。


ウチはノースリーブの白いティアードワンピース。

肩が大胆に出たオフショル気味のデザイン。

胸元にはネイビーのフリルとリボン。


うーん。季節感バグってるかも。


といいつつ、このビジュで、高山祭の2日間を思いっきり楽しんだ。


いやマジ、すごすぎて語彙力失うレベル。

控えめに言って、最高!


おばあちゃんに『屋台見てきな〜』って言われて、

ラーメン屋さんの屋台とか想像してたから、ビビったわー。

でかいし、ゴージャスだし、数多すぎだし。

『屋台曳き廻し』とか、ヤバすぎてフツーに『うわっ』って声出たわ。


『宵祭り』なんて、本当にパねえ通り越してエグい。

提灯の数が100個?100個ってマジ何個?

ガチでエモくない?


あ、てか、エモいっつったら『宮川の朝市』。

『朝市』って生まれて初めてだったけど。


おばちゃんたちの飛騨弁がチョー可愛くて。

楽しくて、ず〜っとしゃべっちゃった。


橋のところで買ったみたらし団子もガチで美味すぎて飛んだ。


帰る前にはちゃーんと神社もお参りしてきたよ!

『屋台の曳き揃え』やってた、桜山八幡宮?ってとこ。


素敵な彼氏ができますように・・・って。


ガチでご利益エグいパワースポットらしいし。

マジで叶うといいなあ・・・なんて


「あの、ここ、いいですか?」


え?


あ、そうか・・・

バス結構混んでて、席あいてないんだ。

ウチのとなりしか・・


「あの・・」


「あ、どうぞ」


「ありがとうございます」


え。

チラ見したんだけど、フツーに顔面良くない?

ワンチャン割とイケメンかも。


「あの・・・」


「え」


「高山祭・・・行かれたんですか?」


「あ、はい」


「昨日も?」


「はい」


「じゃあ、宵祭りも?」


「行きました」


「すごいでしょ。ボク、アレが見たくて毎回帰ってくるんです」


「帰ってくる?」


「ああ、はい。

ボク、東京の大学行ってるんですけど、

実家が清見なもんで、帰省してて」


「そうなんですか」


「知ってますか、秋は『宵祭り』、春は『夜祭』っていうこと」


「へえー、知らなかった。なんで?」


「これ、いろんな説があるんだけど。

神事の呼び方が由来って説が有力かなあ」


「神事?」


「春の高山祭がおこなわれるのは日枝(ひえ)神社でしょ。

日枝神社の伝統的な神事に『夜祭(やさい)』ってのがあるんだ。

『夜祭』って書いて『やさい』って読むんだよ。

だから春は『夜祭』(よまつり)」


「ふうん」


「あ、ごめん。あんまり興味ないよね」


「え、いや、そんなことないけど」


「君は高山の人?」


「ううん。家は東京の広尾。

久々野のおばあちゃんちに泊めてもらってて」


「久々野?」


「うん。

以前JRで帰ろうとしたら、列車の本数がガチでなさすぎて絶望したから、

今回はバスにしたんだよね(笑)」


「あ、ちょっと待って。久々野って・・・?」


「あれ?

ひょっとしてウチ、バス間違えた?

これ、下呂/バスセンター行きだよね?」


「じゃなくて、間違えたのはオレだ!」(※ここから地が出て「オレ」になる)


「えええええええ」


「うわ!一之宮もとっくに過ぎて、もうすぐ宮峠(みやとうげ)じゃん!」


「え?なに?急に?

なに言ってんのかマジわかんないんだけど」


「待て待て待て。落ち着けオレ。

高山濃飛バスセンターから清見方面の終バスって、

確か18時半くらいだから・・・」


「久々野からJRに乗ればワンチャン間に合うんじゃない?」


「え?」


ウチは乗り換えアプリの画面を見せる。


このバスが久々野駅につくのは16時35分。

久々野駅から高山方面の列車が出るのは18時ちょうど。

高山に着くのが18時14分・・・


「あ、これなら・・・」


「間に合うんじゃね?終バス」


「ホントだ・・・」


「にしても・・終バス早すぎ(笑)」


「だよなー(笑)

ありがとう!マジで助かった。

あ、あの・・・オレは大空。オオゾラ、って書いてリク。

キミは?」


「ウチは星夜。星の夜」


「カッケーな」


焦りまくってた表情がホッとした笑顔になった。


バスは、宮峠の急な上り坂をゆっくりと進んでいく。

右手に見えるのは、ごつごつした険しい山肌。

そういえばおばあちゃん、ここ中央分水嶺だって言ってたっけ。


カーブを曲がるたびに、色づき始めた紅葉の枝が通り過ぎる。

トンネルを抜け、宮峠を越えると、久々野へ向かう下り坂。

どこまでも高い秋の空と、山に囲まれた緑豊かな景色。


東京のビル群とは全く違う風景が、急に愛おしく感じてきた。



【シーン2/久々野駅】


▪️SE:久々野駅の夕方の雑踏


「ありがとね。

わざわざ久々野駅まで付き合ってもらって」


「ううん、全然。

ここ無人駅だし。

それに、なんかウチも、ちょっと話し足りなかったしね」


「高山行きの各停(かくてい)が来るまで、まだ1時間半くらいあるけど」


ウチはスマホの時計を見る。


「おうちの人とか心配してない?」


「あ、全然大丈夫!。

おばあちゃん、りんご農園やってるからガチで今忙しい時期だし。

昨日も暗くなるまで収穫してて、

そのあと道具の片付けとかしてから帰ってきたら6時過ぎ。

だから今帰っても誰もいないの。

ちょうどいいヒマつぶし」


「そっかぁ。

じゃ少し話そうか」


誰もいない久々野駅のホームのベンチに2人で座る。

ホームの向こうには、夕日に染まる山並み。

まだ午後5時過ぎなのに、空気はどんどん冷たくなっていく。


▪️SE:自販機の音


「ほい。コーヒー」


「サンキュ」


「さすがに夜は冷えるね」


そう言って、大空はブルゾンをウチの肩にかけた。

そのまま暗くなってきた空を見上げる。


「そろそろ『市民薄明(しみんはくめい)』から

『航海薄明(こうかいはくめい)』へと変わる頃かな」


「うん。終バスが出る頃には『天文薄明』っしょ?」


「え?」


「フツーの言い方ならいまは『マジックアワー』ってとこじゃん」


「意味・・・わかるんだ」


「もっちろん。

だってウチ、星座ヲタクだもん」


「すご・・・オレも星座ヲタクだけど、

『市民薄明』『航海薄明』『天文薄明』を知ってるやつは初めてみた」


そもそも『薄明』ってのは、日没後も空がうっすら明るい時間のこと。

太陽の沈む角度によって3つの段階に分かれてる。


太陽が沈んで最初に来る『市民薄明』。

まだ結構明るくて、外で本が読めるレベル。

有名なアニメでも出てきた『黄昏時』『誰(た)そ彼(かれ)どき』、ってやつ。


その次の、だんだん暗くなる『航海薄明』。

空と海の境界線、てか水平線がギリ見えるやつ。


で一番最後が、ほぼ真っ暗な『天文薄明』。

ガチの天文学者が

『まだちょっと太陽の光が残ってて天文観測の邪魔!』ってレベルのやつ。


これくらい星座ヲタクならジョーシキだし。


あ、やばっ。ウチのドヤ顔、見られたかも。


「なんか、1時間半じゃ、時間が足りなくなりそうだ」


そう言って大空が笑う。

ウチも笑顔でうなづく。


「星座ヲタクとか星空ヲタクにとって、高山ってマジで聖地だよな」


「それな。ウチは夏休み、みなみのうお座を見に行ってきたし」


「フォーマルハウト?」


「うん。まぁフォーマルハウトは一等星だからフツーに見えるじゃん。

ウチが見たかったのはエプシロンとかベータとかガンマの方」


「見えた?」


「うん。クリアに目視できた」


「ここから?」


「ううん。朝日町にある『星空ベンチ』ってとこ」


「星空ベンチ!すごいなそれ」


「TWもラカイユも目視できたよ」


「TW星(ティー・ダブリューせい)って

フォーマルハウトと重力で結ばれてる赤色矮星(せきしょくわいせい)だろ」


「そ」


「ラカイユ9352(きゅうせん/さんびゃく/ごじゅう/に)も、固有運動が超速い赤色矮星」


「それな」


「すごすぎだろ。オレも行ってみたいわ」


結局、高山行きの各停が到着するまで、

ウチらは久々野駅のホームでずうっと星空談義をし続けた。


やがて帳が降りてくると、群青色の空に、星の光が輝き始める。

一瞬、ウチらの会話をかき消すのは『特急ひだ』の通過列車。


上りの特急ひだが過ぎ去ったホームの静寂。

大空が夜空を見上げたまま、ふとつぶやいた。


「そういえばさ、オレたちって大空(オオゾラ)と星夜(ホシゾラ)だろ」


「うん」


「2人合わせたら『星空』じゃん」


おっと。

マジでおじさん構文一歩手前の寒いセリフ草。


ウチがなにか答えようとしたとき、ホームのアナウンスが入る。

すぐに高山行きの各停が滑り込んできた。


大空は、


「今日はありがとう」


とだけ言って各停に乗り込む。


そういえば連絡先も交換してないし、SNSも繋がっていない。

ウチも


「またね」


とだけ言うと、ドアが閉まった。


大空を乗せた列車が遠ざかっていく。


ウチは前髪を指先でクシャッと崩して、

ゆっくりと駅の改札へと歩き出す。


見上げれば『みなみのうお座』のフォーマルハウトが孤独に輝いていた。

最後まで『天文薄明』をお読みいただき、ありがとうございました。


人生って、不思議です。


楽しみにしていた予定が突然なくなったり、会いたかった人に会えなくなったり、乗るはずではなかったバスに乗ってしまったり。


その瞬間だけを見れば、「失敗」や「残念な出来事」に思えるかもしれません。


でも、その予定どおりではなかった道の先でしか、出会えない人や景色もあるのではないでしょうか。


星夜のお母さんは、高山祭へ行く約束を守ることができませんでした。


けれど星夜は、高山の職人たちが生み出す美しさと、遠いパリで母が生み出している美しさを重ね合わせ、母を「お母さん」としてだけではなく、一人の仕事人として見つめ始めます。物語では、母の仕事を知ることで星夜の寂しさが「誇らしさ」へ変化していく姿が描かれています。


そして大空もまた、乗るバスを間違えたからこそ星夜と出会いました。彼は下呂線で久々野まで行き、そこからJRで高山へ戻り、改めて清見荘川線へ向かうという、なかなか大変な寄り道をすることになります。

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