覚醒〜戦後まもない朝日村を舞台にした背筋も凍るフォークホラー
最後まで読んでいただければ、この物語の意味が少しだけ変わって見えるかもしれません。
飛騨高山・朝日町に残る伝承をモチーフに、戦後という時代背景と八百比丘尼伝説を織り交ぜた、静かな和風ホラーです。
派手な恐怖ではなく、少しずつ忍び寄る違和感と余韻をお楽しみいただければ幸いです。
【ペルソナ】※舞台は80年前の朝日村。伽耶の由来は萱「かや(萱草・カンゾウ)」から=心の憂いを取り除く薬草
・伽耶(かや/16歳)=よもぎの実祖母。今年で三十三回忌「弔い上げ」
・八夜(やよ/16歳)=本名は八百代姫。正体は人魚の肉を食べて不老不死になった八百比丘尼
・疎開者(35歳)=戦後、朝日町へ疎開してきた引揚者(復員兵)
・よもぎ(29歳)=朝日町の漢方薬剤師、現代に生きる女性。伽耶の実孫(母は伽耶の娘かえで)
【プロローグ:出会い】※伽耶の一人称は「わたし」です
◾️SE:村はずれの辻の環境音/八夜の泣き声「お願いです、通してください」〜駆けつける足音
「おまえら!なにしとるんや!」
「なんじゃあ?伽耶!
邪魔するなて」
「大人がよってたかって、女子をいじめるとはなにごとや!」
「女子って、お前も同じくらいの歳やろうに」
そうだ。わしと同じくらい。
十六か十七くらいの女の子が、目の前で泣いている。
「それにいじめとるんやないぞ。
このガキが、村に入ろうとするからじゃ」
「ええやないか。入れてやれば」
「あほか。
ただでさえ、食糧難やっちゅうのに、
これ以上よそもんに食い扶持減らされてたまるか」
「おまえらだって、
名古屋とか大阪から疎開してきた、よそもんだろ」
「うるせえ。
つべこべ言うと、お前も村から叩き出すぞ、伽耶!」
怖い顔して私を睨みつける疎開者たち。
1946年。益田郡朝日村。
終戦からまもなく1年が経とうという頃。
朝日には名古屋や大阪から、疎開者がぞくぞくとつめかけた。
なかでも多かったのは引揚兵や復員兵たち。
小さな村はよそものでごった返していた。
ただでさえ平地が少なく、米の収穫量が限られている朝日村。
急激な人口流入は激しい食糧難をもたらした。
配給や耕作地をめぐる諍いも毎日絶えない。
疎開者たちは森を切り拓いて自分たちのために畑と住処を作った。
林業に関わっていく者も多い。
彼らはいつも数人で村の辻に立ち、入ってくる者を見張っていた。
「ええか。ガキ。
十数えるうちに出ていかんと、痛い目を見るぞ!
いち!」
「待て!
この子はわしが面倒みる。連れてくぞ」
「おいおい。
ガキがガキの面倒みるってか」
「うるさい。
そんなこと言っとってええのか。
今度腹痛になっても薬草を煎じてやらんぞ」
「う・・なんだと・・」
わしは、少女の手をとり、うちへ向かって歩いていく。
疎開者の男は恨めしそうな顔でわしを睨んでいた。
【シーン1:ともだち】
◾️SE:朝日川のせせらぎ/小さな足音
「ありがとう」
消え入りそうな声で少女が呟く。
「助けてくれて」
「ええんやよ。
わしだって、もともとよそもんやし」
「どういうこと?」
「戦時中はわしも疎開者やったんだて」
「え・・」
「実家は名古屋や。
戦況が悪化した去年の正月。
とうさまとかあさまは、わしをひとりでここ、朝日村へ行かせたんや。
「そうなの・・」
「そのすぐあとで名古屋の大空襲や。
B29が、とうさまとかあさまと家を焼き尽くした」
「そんな!」
「新聞もなんも教えてくれんからな。
わしが知ったのは、5月になってから。
名古屋城が焼け落ちた、ってみんな騒いどった頃や。
ちょうどそのころ、
疎開先のここへとうさまとかあさまのお骨が届いた」
「やだ・・」
「お骨ったって、骨なのかどうかもようわからん。
砂みたいな焦げカスだけや。
その中に手紙がねじこまれとったわ」
「手紙・・?」
「親戚のおじさんからでな。
みんな、家も焼けてしもうたで、帰ってくるな。
お骨はそっちで弔ってくれ、って」
「ひどい・・」
「ああ。でも戦争なんて、そんなもんやろ。
そういうわけでわしは戦災孤児になった」
「そう・・」
「今からいくんは、わしのうちや。
炭焼き小屋だけどな。
杣衆の面倒みてやるかわりに、住まわせてもろうとるんじゃ」
「面倒・・?」
「うん。わしには薬草の知識があるからな」
「薬草?」
「ああ。よもぎとかクロモジとか。
朝日には掃いて捨てるほどあるじゃろ。
わしが疎開する前、かあさまが薬草のこといろいろ教えてくれてな。
これは食べれる。
これは食べたらあかん。
ゲンノショウコってやつは腹の具合がわるいときに煎じて飲む。
ドクダミは便秘に効く。
ヨモギは風呂に入れて疲れをとれ。
怪我したら、クロモジの葉を粉末にして止血しろ・・・」
「すごい・・」
「なんか感じるものがあったんじゃろなあ。
かあさまは一生懸命わしに知識を詰め込んだわ。
結局、その知識を活かして、
杣衆たちの体調管理と、薬膳料理を作ってやっとるんや」
「素敵なおかあさま・・」
「そうやな。
こうして生きていられるのも、かあさまのおかげやな」
「いいお話・・・
ねえ、おうちはもうすぐ?」
「まだまだ先や。
あと1時間以上は歩くぞ。大丈夫か?」
「平気よ」
「秋神川を上っていくで。
小瀬ヶ洞って集落から山の中へ入る」
「あなた、名前は?
さっき、伽耶って呼ばれてたけど」
「そう。伽耶。
御伽噺の『とぎ』という字に、有耶無耶の『や』。
まるで御伽噺みたいに、戦争で人生有耶無耶にされとるから。はは。
そうそう。萱って薬草もあるんだ。
心を穏やかにする作用があってね」
「へえ〜。
・・・あ、私は八夜。八夜って呼ばれてる。
八つの夜。
でも本名は八百代姫」
「八百代姫?お姫様なの!?」
「違うよ。
私の生まれた時代、女の子にはみんな姫ってつけてたの」
「時代って。
私とそんなに変わんないでしょ。
まだ16よ、私」
「そうだね・・・」
「八夜はどこからきたの?」
「小浜」
「小浜ってどこ?」
「若狭よ。遠敷郡小浜町」
「北国の方?」
「そう。海がきれいなまちよ」
「海!いいなあ。
戦争が始まる前に、行ったっきり」
「今度、おいでよ」
「うん、いきたい!」
「約束ね」
指切りをする八夜の手はすごく冷たかった。
驚きを気取られないようにして、
私は、秋神川のほとりを足早に歩く。
渓谷に沿ったひたすら一本道。
秋神川には、御嶽山からの雪解け水が激しく流れる。
やがて、見えてきたのは小瀬ヶ洞の集落。
そのまま蜘蛛だ淵を通り過ぎる。
淵は川底が見えないほど、深い闇の中。
私はいつもここを通るとき、目を閉じて通り過ぎる。
蜘蛛の糸に引きずり込まれないように。
集落を抜けて森の中へ入れば、炭焼き小屋までは20分くらい。
森へ入るには、小さな吊り橋を渡らなければならない。
「吊り橋を渡るんだ。すてき」
「ねえ、ついさっき・・・
1時間くらい前に会ったばっかりなのに、私たち、もうともだちみたいだね」
「ともだち・・・?」
「うん。
私、里にはあんまり行かないから、ともだちなんていないんだ」
「そうなの?」
「さっきはたまたま、久々野に薬草売りにいくところだったの」
「ああ、ごめんね。邪魔しちゃって」
「いい、いい。
だって、ともだちができたんだもん。
お金には換えられないよ」
「ホントに・・私のともだちになってくれるの?」
「やだなあ。もうともだちじゃない」
「ありがとう・・・」
え・・・
八夜・・泣いてるの?
心配して顔を覗き込もうとすると・・
「あのね、伽耶」
そう言うと、懐から小さな包みを取り出した。
「これ、あげる」
それは、片手よりも小さな桐の箱。
中からとり出したのは・・
「干し肉よ」
「干し肉?」
「とっても貴重な干し肉」
「え・・・そんな大事なものなんて、もらえないわ」
「初めてできたともだちにもらってほしいの」
「そんな・・・」
「なにか大きな病にかかったり、大怪我をしたときに食べて」
「くすり?」
「まあ・・・くすりみたいなもの」
そう言って、八夜は私に桐の箱を手渡す。
森の奥深く、木々の向こうに、粗末な炭焼き小屋が見えてきた。
◾️SE:犬の声
「あ、クコだ」
「クコって?」
「犬よ。
野犬だけど私になついていて、飼ってるみたいなもん」
「犬・・・」
あれ?なんかいつもと違う。
クコは凶暴に吠えたてながら私たちのもとへ走ってくる。
私はとっさに八夜をかばって、前に出た。
「いや・・」
「クコ!どうしたの!?
そんなに吠えて。
やめて。
私の大事なおともだちなのよ」
「伽耶・・」
クコは唸り声をあげて私たちに飛びかかる。
私は顔を背けた。
その瞬間・・・
「あっ!」
手に持っていた桐箱をくわえて、そのまま森の中へ走り去った。
「ああ!」
「クコ!返して!戻ってきなさい!」
「そんな・・そんな・・・」
私は、炭焼き小屋に八夜を残し、ひとりで森のなかへ。
でも、どんなに探し回ってもクコの姿は見つけられなかった。
申し訳なさそうに説明する私に、八夜は、
「いいよ。大丈夫。
まだ間に合うから」
「どういうこと?」
「だけど、必ず探して・・
あれは、伽耶にあげたものだから」
「わかった。絶対に見つける」
「うん・・お願い」
その夜はまんじりともせず、会話も少ないまま、床についた。
動物たちの声が、なぜかいつもより騒がしく感じる。
私は、眠れないまま、今日の出来事を反芻していた。
【シーン2:別れ】
◾️SE:朝の野鳥の声/炭焼き小屋の戸が激しく叩かれる音(バンバンバン!)
「あけろ!伽耶!
そこにおるんやろ!」
まだ夜も明け切らない早朝。
激しい物音と怒声が、私の眠りを容赦なく引き裂いた。
この声は昨日の・・疎開者たち。
「伽耶・・・」
隣で寝ていた八夜も目を覚まし、震えている。
「親切にしてくれてありがとうね」
「え?」
「伽耶のこと、一生忘れないよ」
「なに?」
「何百年経っても」
「なに言ってんの」
「私・・・行くね」
「え・・なに?どういうこと?」
「さよなら」
そう言って立ち上がった八夜は、扉を開けた。
疎開者の男たちは、だまって八夜の腕をつかむ。
まるで犯罪者を連行するように。
「おとなしくするんだな」
「ちょっと待ってよ!
どういうこと?」
「知らん方が身のためだ」
私の声に八夜は振り返る。
「伽耶。
クコが持ってったあれ。
必ず見つけてね」
「え?
あ・・・うん・・わかった」
「ありがとう」
両腕を男たちに掴まれた八夜が遠ざかっていく。
私は追いかけることもできず、呆然と立ち尽くしていた。
【シーン3:2026年】
◾️SE:野鳥の声
「お・・・ばあちゃん・・・?」
2026年7月。
私の祖母の『弔い上げ』。
三十三回忌の法要が無事に終わった。
今は物置のようになっているおばあちゃんの古い薬草小屋。
長年、誰も触れてこなかった薬草棚の最上段。
その奥。蜘蛛の巣が張った壁の隙間。
隠すようにして『それ』は押し込まれていた。
おばあちゃんが遺した、古い日記帳。
表紙には、古めかしいお札のような、
文字の掠れた和紙が、何枚も貼り付けられている。
「・・・あ、剥がれちゃった」
私が触れたとたんに、そのお札はパラパラと、灰のように崩れ落ちた。
まるで、弔い上げを終えて、
『結界』が消滅したかのように。
役目を終えたかのように。
日記に綴られていたのは80年前の生々しい出来事。
でも、どうしていままで見つからなかったの?
これ・・・誰にも見つからず
80年もここにあったってこと?
そんなこと・・・
絶対にありえない。
日記を見つけた棚のさらに奥。
・・・なにか置いてある・・
小さな、片手ほどの・・・桐の箱・・・?
え?
これってまさか・・・日記に書かれていた八夜さんの干し肉?
おばあちゃん、見つけた・・ってこと?
でも、でも・・・
日記の続きには、そんなこと、一言も書いてなかった。
私は恐る恐る箱を開ける。
中には日記に書かれたあったのと同じ・・・
雁皮紙に包まれた・・・干し肉!?
「もう、腐ってるよね・・きっと」
そう言いながらも、抗えない思いで顔を近づける。
え・・・うそ・・・?
食欲をそそられる、なんとも美味しそうな匂い。
私は、なにかに操られるように、口の中へ。
あっ。
気づいた瞬間にはもう遅く、
干し肉は口の中で溶けるように消えてしまった。
その瞬間。
私の体に雷に打たれたような衝撃が走る。
あっという間に意識が遠のいていった・・・
【シーン4:覚醒】
◾️SE:うるさいほどの野鳥の声
再び目覚めたとき、
私の瞳孔は開き、虹彩はよもぎ色に変わって、キラリと輝いた。
静寂を破ったのは・・・
◾️SE:犬の鳴き声
愛犬の声だった。
◾️SE:犬の鳴き声
「クコ!
どうしたの?そんなに吠えて・・・悪い子ね」
◾️SE:犬のおびえる声
「ちょっと、逃げないでよ、クコ。
あんたも食べたんでしょ、これ」
◾️SE:心臓の音
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『覚醒』はいかがでしたでしょうか。
飛騨高山・朝日町の風景や薬草文化、そして八百比丘尼伝説から着想を得て制作した物語です。もし少しでも背筋が寒くなったり、物語の続きを想像したくなったなら、とても嬉しく思います。
この物語はボイスドラマになっています。『ヒダテン』で検索して公式チャンネルから聴くか、Spotify、Apple、Amazon、YouTubeなどのPodcastで『ヒダテン』と検索してください。
ご感想もぜひお聞かせください。皆さまの応援が、次の物語を紡ぐ力になります。




