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クロモジ〜地域おこし協力隊の青年と朝日町で薬膳カフェを営む女性の淡い恋が実るまで

飛騨地方には、古くから人々の暮らしを支えてきた薬草や薬木があります。


その中でも「クロモジ」は、美しい香りとともに人々の心を癒やしてきました。


この物語は、そんなクロモジを題材にした小さな物語です。


飛騨の山々の風景を思い浮かべながら、お楽しみいただければ幸いです。

【ペルソナ】

・よもぎ(26歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。薬草を求めて奥飛騨温泉郷福地温泉の山へ入ったとき道に迷ってしまう→冷静なよもぎは薬草掘り用のスコップを岩にうちつけて、国際基準となっている山の遭難信号のリズムを鳴らす

・シズル=シュウ(38歳/CV:日比野正裕)=東京で働いていたマーケティング会社を辞め、地域おこし協力隊として奥飛騨温泉郷福地温泉に移住。福地温泉を選んだのは元々化石に興味があったから。現在は信飛トレイルの活動に関わり、福地温泉の旅館を手伝いながら平湯のカフェにも集まる


【シーン1:再会/カフェよもぎ】


◾️SE:カフェの雑踏


「よもぎちゃん、そのヘンテコな置物はなんだい?

こないだから気になっとったんやけど」


「これ?

三葉虫のペーパーウェイトよ。レプリカだけど」


「へえ〜

なんか形とか大きさとかアレみたいやな。

あの、ほれ、ゴキ・・」


「やめてよ、マサさん。

これ、オリジナルで作ってもらったのよ。

世界でひとつだけのウェイトなのに」


「作ってもらった?だれに?」


「ないしょ」


「おお、おお、すみにおけんな、よもぎちゃんも」


常連客のマサさんが、三葉虫を指差してからかう。

1週間前に、シズルさんが作ってくれた、ちょっぴり歪なペーパーウェィト。

彼が持っている化石で型をとって作ってくれた。


ここは朝日町の薬膳カフェ『よもぎ』。

私はオーナーのよもぎ。

今日もたくさんのお客さんで賑わっている。


◾️SE:カフェの雑踏〜お客さんの来店を告げるカフェベル


「いらっしゃいませ・・・あ・・

シズルさん・・」


「よもぎさん・・きちゃった・・・

すみません・・連絡もせずにいきなり」


「いえ、そんな・・大歓迎よ」


「おお〜。

王子様の登場やな」


「もう〜。マサさん!

こんど言ったらもう漢方の処方してあげないから」


「あはは・・・」


「さ、すわって」


「はい、ありがとうございます」


「まずはこれ、どうぞ」


「あ・・」


「トウキとクロモジの『巡り(めぐり)アロマ茶』よ」


「ああ、この前の・・」


「トウキは冷え性の改善、クロモジは胃腸を整えるの」


「へえ〜」


「クロモジっていうのは、よもぎと並ぶ朝日の至宝。

このお茶は、奥飛騨と朝日のイイトコどり」


「そうなんだ」


「食前茶よ、召しあがって」


「食前茶?」


「そ。ランチ、食べていけるんでしょ」


「うん!

ひょっとして薬膳ランチ?」


「そうよ、召しあがって」


「楽しみだな〜」


私がその日、シズルに出したのは、薬膳参鶏湯サムゲタン


レシピはもちろん、この前福地で採取した薬草たち。

トウキの根、ナツメ、クコの実に、もち米を入れてトロトロに煮込む。

臭み消しと香り付けにもクロモジの枝を入れてある。


薬膳参鶏湯、実はあれから毎日準備してたんだ。

シズルさんがいつきてもいいように、って。

我ながら私って、ピュア。ふふ・・


「すっごく美味しい!

体中がポカポカしてくる」


「そおかぁ、こんところ毎日ランチがサムゲタンだったのは

こういうことかぁ」


「マサさん、うるさい。

ヘンなこと言ってると、蜘蛛だ淵へ引きずり込むわよ〜」


「お〜こわ〜。女郎蜘蛛よもぎかぁ」


「もう〜」


「ねえ、よもぎさん」


「なあに?」


「クモダブチってなに?」


「ああ、蜘蛛だ淵?

そうねえ・・・

よかったらランチのあと行ってみましょうか」


「あ、はい」


好奇心満開で私たちを見るマサさん。

それを横目に、私たちはお店を出た。

留守番を頼んだおばあちゃんは、何も言わずにニコニコしている。


シズルのSUVで秋神ダムへ。

真上から照りつける太陽は、もう夏の準備を始めていた。




【シーン2:仄暗い水底より/秋神ダム・蜘蛛だ淵】


◾️SE:ダム周辺のざわめき〜野鳥の鳴き声


「これが秋神ダムかぁ」


「蜘蛛だ淵はあのあたりかな」


「ダムの底?」


「メンテナンスで水抜きするときか、

夏に渇水になるときじゃないと見えないわ」


「水位が下がると見えたりするの?」


「そうねえ。

谷筋たにすじって言って、秋神川の元のルートがうっすらと見えることがあるの」


「見てみたいなあ」


「ひかれるわよ〜」


「どういうこと?」


私はシズルさんに蜘蛛だ淵の伝説を語る。



むか〜しむかし。秋神川の奥深く。

小瀬ヶおぜがほらっていう小さな集落があったの。

川の中には、深くて、吸い込まれそうなほど大〜きな淵。


それが『蜘蛛だ淵』。


『蜘蛛だ淵』には、恐ろしいほど大きな蜘蛛のヌシが住んでいた。


ある日、一人の木こりが、淵のそばで一休みしていたとき。

細くて白い糸が、どこからともなく、すうっと伸びてきて、木こりの足首に巻き付いた。


糸の先を見ると、深い深い水底へと繋がっている。


『まずい!』


そう思った木こりは、足首の糸をそっと外して、

すぐそばにあった大きな切り株に巻き付けた。


すると、淵の底から地響きがして、切り株が、根っこごと引き抜かれる。

そのまま凄まじい水しぶきを上げて淵の底へ沈んでいった・・・


おしまい。


「こっわ〜っ」


「そう?」


「え、なんで?

だって、それって、恐ろしい化け物だろ、蜘蛛の」


「どうして?

木こりは助かったのよ」


「え・・」


「切り株を水底へ引きずり込んだ蜘蛛のヌシは、すぐに気づいたと思う。


自分が命がけで引っ張ったものが、ただの冷たい切り株だったって。


ヌシはね、人を襲いたかったんじゃないのよ。


深い深い、誰も光を届けてくれない冷たい水の底。

何百年も、たった一人で寂しかったんじゃないかな。

ただ、誰かに触れてほしくて、誰かと繋がりたくて・・・

精一杯糸を伸ばしただけだったのかも。


だから、だまされたと知った蜘蛛のヌシは、

それから二度と、水面に糸を伸ばすことはなかったの。


今、『蜘蛛だ淵』はダムの底に沈んで、もう誰も見ることはできないでしょ。

あの冷たい水の、さらにその底。

誰も来ない暗闇で、ヌシは今でも静かに、誰かを待っているのかもしれない・・・


「そっか・・・

伝記や伝説って、そういう見方もあるんだね」


「そうよ。

両面宿儺だってそうじゃない。

日本書紀であんな風に書かれて。

本当は七儺しちなっていう鬼や災害から飛騨を守ったのに」


「よもぎさんがそんな風に考えるなんて意外だな」


「そう?

実は私、シズルさんには言ってないけど・・」


「なに?」


「待っている人がいるの・・・いや、いたの。・・・過去形かな」


「え・・」


「シズルさんが以前住んでた東京に」


「そうなんだ・・」


「でも、その人、帰ってくるかどうかも、わかんない」


「どういうこと・・・?」


「繋がってると思ってた糸は・・切れちゃったみたいだから」


「よもぎさん・・・」


「ごめんね、変な話して」


「いや、そうじゃなくて・・・実は私も話があるんだ」


「話・・?」


「私は、来週から東京へ行く」


「え・・東京?」


「東京・丸の内の大手企業にプレゼンしてくるんです。


福利厚生として、朝日のクロモジを使った薬草プログラムと、

信飛トレイルでのリトリートツアーを導入する、ウェルネスビジネス。


起業したばかりの私の会社と東京の大手企業との、公式な提携合意書。

それを手土産にして戻ってくる」


「すごっ」


「契約の手続きやユーザー研修があるからしばらく帰れないけど」


「そうなの・・・」


「待っていてくれませんか?」


「え・・・」


「展開早すぎかもですが・・・」


「そんなことないわ」


「え?」


「じゃあ、東京へ行く前に糸をしばっておかないと」


「よもぎさん・・」


そう言って私は、背中からシズルを抱きしめた。


シズルは何も言わず、胸の前で私の手を優しく包み込む。


秋神ダム・蜘蛛だ淵から伸びる透明な蜘蛛の糸。

それは私たちの心を静かに、しっかりと結んでいった。



【シーン3:帰還/カフェよもぎ】


◾️SE:カフェのざわめき


あれから半月。

たった2週間が1年にも10年にも感じられた。


シズルが東京へ発った日から作り始めた、クロモジの薬草エキス。


乾燥させたクロモジの枝と葉を、ウォッカに漬け込む。

1日1回瓶を振って、じっくり成分を抽出。

それも今日でやっと完成、かな。


同じ頃、林業をしているマサさんから分けてもらったのが、クロモジの倒木。


丁寧に輪切りにしていくと、樹皮の表面に黒い斑点=黒文字が浮かび上がる。

その中の1枚に偶然、『S』と読める斑点と『Y』と読める斑点を見つけた。

っていうか・・・まあ、そう見えなくもない・・って感じだけど。


斜めにカットしたその樹皮を台座にして、薬草エキス=チンキのびんを置く。

これをハーブティーに一滴垂らせば・・・


あ〜なんていい香り。


シズルにも飲ませてあげたいな・・・

ぼ〜っとしながら、そんなことを考えていたとき。


「よもぎちゃん。

最近王子様見ないなあ」


「ちょっとぉ〜。マサさん!

ま〜た、そういうこと言って。

王子様なんていないから」


「いるよ」


「えっ?」


「ただいま」


「シズル!・・・さん」


「よもぎさん!やったよ、ほら!」


そういって、シズルは1枚の紙をたかだかと持ち上げる。

よくわかんないけど、契約書?

ああ、プレゼンがうまくいったのね!


「すっごい疲れちゃったから、クロモジ茶、飲みたいな!」


「よろこんで」


「やったぁ!」


シズルは満面の笑みで、マサさんとハイタッチしてる。


私も、口角を思いっきり上げて、ハーブティにエキスを一滴。


小さな波紋が広がった瞬間、清らかな、クロモジの香りが漂う。

それは、朝日の森の呼吸そのもの。透き通った静寂の香り。

まるで、雨上がりの初夏の森の中、クロモジの樹皮にそっと触れたときのように。

2人の距離も、心の葛藤も、あたたかな光の中に溶けていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


飛騨の自然と薬草文化の魅力が少しでも伝わりましたら幸いです。


この物語はボイスドラマになっています。


「ヒダテン」で検索して公式チャンネルから聴くか、Spotify、Apple Podcasts、Amazon Music、YouTube Podcastsなどで「ヒダテン」と検索してください。


物語とはまた違った、声で紡がれる世界もぜひお楽しみください。

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