三話 部族の集落へ
ツェレンにとって、茨の道を切り開くなど、造作もないことだったと分かった。
ツェレンたち部族の集落へ行くまでに、とんでもない大冒険が私を待ち受けていたのだ。
うっかり令嬢にするようにツェレンをエスコートしようとして、私が先に転んだのはまだ可愛いほうだ。
轟音をあげる大河を渡るときには、なんと私はツェレンに背負われた。
襲いかかってくる獣の群れに、ナタを振り回して立ち向かったのもツェレンだ。
私は完全にライリー(勇敢)という名前に負けていた。
そして熊のように強く逞しいツェレンに、ますます惹かれていった。
私たちは道中、よく話をした。
その中で分かったことが、数百年前に城から逃げ出した王族たちの行方だった。
たくさんの召使いとともに、王族たちは海を渡り、この国から出ていったという。
魔女の怒りに触れたことが、よほど恐ろしかったに違いない。
それ以来、この国に金髪碧眼はいないのだとか。
だからツェレンは私の髪を見て驚いていたのか。
いなくなったはずの王族の色をもつ人間が、あの城でずっと生きていたのだ。
秘宝よりも稀だろう。
私を部族に連れ帰れば、ツェレンは族長になれる。
そのために今日も私は、懸命にツェレンの後をついて行く。
道中、食事は全てツェレンが用意してくれた。
鳥を仕留めて羽をむしるのも、魚を捕まえて腹を開くのも、手際の良さが目立つ。
日頃からこういうことをしているのかと聞いたら、部族の中では男の仕事だが、自分はこれが出来ないと生きていけなかったと言う。
どうやらツェレンの生まれは特殊で、族長の娘ではあるが養子なのだそうだ。
父親とは血のつながりがなく、横暴な兄たちから除け者にされてきた。
そんなツェレンが一人でも生きていけるように、父親は性別に関係なく、自立する術を身につけさせたのだろう。
今回の族長の座を賭けた争いも、ツェレンは血のつながりがないことを理由に候補から外されかけた。
しかし、族長一家以外からのツェレンへの信頼は篤く、ツェレンが族長になることを支持する層が多かった。
兄たちもこれらを無下に出来ず、ツェレンにも争う資格が与えられた。
こうして遠くまで功を求めて旅に出たのも、部族のみんなの気持ちに応えたいからだと言う。
なんでも一人でしていたつもりのツェレンだったが、確かに部族という仲間に護られていた部分もあった。
今その恩返しがしたいと笑ってみせる。
そんなツェレンに私は強さを感じる。
肉体的な強靭さは常日頃から感じているが、精神的にも折れないしなやかさを感じる。
これが人間の美しさだと思う。
金髪碧眼で、色白で細いことを私はもてはやされていたが、そうではないのだ。
人間の美しさとは強さだ。
そしてツェレンはどこまでも美しい。
完全に惚れてしまった私は、なんとかツェレンにアプローチをするが、今までの令嬢のようにはいかない。
ダンスに誘うには曲がなく、求婚するには指輪もない。
自分がどうやって女性を喜ばせてきたのか、思い出すがツェレンには効きそうにない。
せめて手伝いはしっかりしようと、ツェレンに獣の捌き方や食べられる草の見極めを習う。
近頃は足腰にだいぶん筋肉がついたのではないかと自分でも思う。
このまま、たくましくなって、ツェレンに頼りになる男だと感心されたい。
強く美しいツェレンと違って、私は下心まみれだ。
そう言えば、どうしてツェレンに茨は道を開けなかったのか?
秘宝を持ち帰る目的が、欲があると判断されたのかもしれない。
なんにせよ、ツェレンにとって茨は、障害の数にも入らなかったようだが。
密林の山奥に、ツェレンたち部族の集落はあった。
高い山だから、遠い城まで見渡せたのだ。
振り返ってみれば、数百年も過ごした城がかなり小さく見える。
あの屋上で毎朝、私が光っていたのかと思うと笑いがこみ上げる。
だが、それが縁で、私はツェレンと出会った。
金髪でよかった。
ツェレンと一緒に部族の集落に入る。
すぐに周りを囲まれた。
無事に帰ってきたツェレンを喜ぶ者。
私の金髪を見て腰を抜かしている者。
そして遠巻きに、私たち二人を睨む者。
最後のは絶対に族長一家だろう。
族長が亡くなってから、ツェレンへの悪態を隠そうともしなくなったそうだ。
そんな彼らが近づいてくる。
ツェレンのことは気に入らないが、部族の者が囃し立てる私の金髪が気になるようだ。
部族の者へ、ツェレンが見てきた城の話をしている。
数百年の間、魔女によって閉じ込められていた王子の話もだ。
こうして客観的に聞くと、ただの間抜けだな。
私のことなんだが。
「おい、ツェレン。お前が連れてきたのが王子というのは本当か? あの消えた王族の生き残りだと?」
偉そうな髭面の男が話しかけてきた。
黒髪黒目でがたいがよく、筋骨隆々の見た目だけは勇ましい男だ。
ほかの部族の者が囁き合っているのを聞くに、こいつが族長一家の長男バトバヤルらしい。
ツェレンから、族長になる権利を奪おうとした張本人だ。
「バトバヤル、言葉に気をつけろ。世が世なら、お前が会える存在ではない。奇しくも城から助け出した私は、友好を約束されているが」
バトバヤルよりもかなり背の低いツェレンが、目いっぱい胸を張って威張っている。
可愛い。
バトバヤルは苦虫を噛み潰した顔だ。
「チッ! 相変わらず生意気な!」
バトバヤルの後ろに、黒髪黒目で彫りの深い顔立ちの女性が二人隠れていた。
バトバヤルの左右から顔を覗かせ、私を見るとぽーっと頬を染めた。
バトバヤルに顔が似ているから、間違いなく血のつながった姉妹だろう。
つまりツェレンを除け者にした一家の一員だ。
「ねえねえ、バトバヤル。私、王子さまのお嫁さんになりたいわ」
「お姉ちゃんばかりズルい! 私もなりたい!」
両側からぴーちくぱーちくとうるさく言われて、ますますバトバヤルは顔をしかめた。
「うるさい! サラーナ、アルタン! 黙っていろ!」
姉妹はさっとバトバヤルの背に隠れ、しかし器用に体をくねらせ私に秋波を送ってきた。
こういうのには慣れっこだ。
むしろこれが普通の女性の反応だ。
ツェレンのように、私の顔に反応しない女性が珍しいのだ。
私は世の流行りがこの顔から外れたのかと思ったほどだ。
だがそうではなかった。
ツェレンは見てくれで判断しないのだ。
私はまたしてもツェレンに惚れ直した。
そして姉妹を視界から外した。
私はツェレンに連れられ、ツェレンの家まで来た。
森の木をうまくつかったツリーハウスがそこにはあった。
「旅の間も、部族の者が掃除をしてくれたみたいだ。城みたいに大きくはないが、旅の途中の野営よりはいいだろう?」
もしかしなくても、今日からここでツェレンと私の二人暮らしが始まるのか?
私は思春期の少年のように顔を真っ赤にしてしまった。
明らかにひとつしかない寝床に、何を想像したのかは察して欲しい。