12月3日 00:00
「あぁー? うわ、もう終電出発しちゃったわぁ――というわけで、今日はここで一泊することになりましたぁ!」
もうすぐ日を跨ぐといった頃。
酒の臭いが充満する、広さ八畳ほどの部屋で僕は友人複数人と所謂飲み会をしていた。
「えぇー、絶対わざとじゃん……まあいいけどさ!」
嬉嬉として不満を洩らすのはこの部屋の主である『有宇』だ。
その隣に座っている『二乃』が遠慮がちに声を上げる。
「あっ……でも私――――」
「さ、ちゃっちゃと始めようぜ」
小さな声が聞こえなかったのか、はたまた聞こえていて敢えてそういう風にしているのか、『悟』は着ていたパーカーを脱ぎ出して男らしく筋肉の付いた上半身を露出させた。
――あぁ、今日もやるのか。
そう思うと、全身に回ったアルコールで火照った体が嘘のように冷たくなっていくのを感じた。
目の前に置いた空の缶ビールを手で弄り回して、このどうしようもない気持ちを落ち着ける。
「ごめん、僕は帰ることにするよ」
視線は変わらず缶ビールへと注ぎながら、少し申し訳なさそうに声を出す。
「は? いやまじかよ、公正。こっからお前ん家まで結構離れてるよ?」
悟が心底驚いた様子で質問する。
驚くのもそのはずだろう。ついこの間までであれば僕のなかには帰るなんて選択肢はもちろんなかったし、自分からは提案しないがいざ始まれば悟と同じぐらいかそれ以上には積極的だった。
だがそれもついこの間までの話だ。今の僕はとてもじゃないがそういう気分にはなれない。
僕は予め用意しておいた少しでも納得してくれそうな言い訳を使う。
「歩いて帰るつもり。提出期限の近い課題があるんだ。酔った体も覚ましたいし」
実際、ここから自宅までは歩けない距離ではない。
ゆっくり歩いたとしても一時間もあれば十分に帰宅出来るところにある。
それに12月になって冷たくなった夜風に当たり続ければ少し赤らめて温かくなった体は元の熱を取り戻すだろう。
「じゃあ」
飲み会という集まりのため手荷物は少ない。
ツマミとなるイカの揚げ物は既にプラスチック製の容器だけとなって机の上に乱雑されている。
僕はポケットに財布とスマートフォンだけが入っているのを確認してから席を立った。
「え、ちょっ……まじで帰んの!?」
リビングと玄関を繋ぐ廊下を歩いているとき悟の声が聞こえた。僕はそれに振り返らずに右手を軽く上げてまた明日という趣旨のジャスチャーをする。リビングの扉は閉まっていてあちらからは見えるはずもないのだが、ついついいつもの癖でそうしてしまう。
林田悟――高校生の頃からの友人だ。友人関係の狭い僕にとっては親友だと言っていい。
悟はクラスの隅でひっそりと生きていく運命だった僕に話しかけてくれ、勇気がなくて出来なかったイメチェンまでもプロデュースしてくれた。髪を染めたことやお洒落な服装をするようになったことは今の僕を形成している経験の内の一つだ。
そしてその礼に勉強が得意でなかった悟のサポートをした。具体的には放課後に教室でその日の授業を簡単にまとめて教えたり、定期考査の前に出題されそうな問題をピックアップしてプリントにしたりといったところだ。
互いが利害のために仲良くしている感じがして万人ウケする関係ではないだろうが、それとは別に休日も一緒に遊びに出かけたり、少なくとも並の友人関係よりは深い関係を築いている。
だから僕は少しだけ罪悪感を心の内に感じながらいつもより重く感じる玄関の扉を開けて、寒空の下自宅まで歩くことにした。
歩調はやや早く。
白い息を置き去りにする速さで歩いていく。
早く帰らないとな。だって――――
いのりが僕のことを待っているはずだから。