07.The Ugly, the Ugly and the Ugly
人間の脚力で怪獣たちから逃げ延びたのは恐らく人類史上オーガさんが初めてではなかろうか。流石は僕の師匠である。
病院前で怪獣たちに囲まれた僕らであったが辛くも逃げ延びて、今は市街地のビルの一室、もとはどこかの会社の事務所に僕らは身を隠していた。
ちなみに何故その人類史上初の快挙に僕が含まれないかといえば、僕は終始オーガさんに担がれていたからだ。そして終始僕は叫んでいるだけだった。情けない。
「……これからどうしましょうか?」
「ちょっと、──休憩、──だ……」
オーガさんは息も途切れ途切れに答えた。ここまで僕を担ぎながら死ぬ気で走ってくれたのだ。無理もない。ごめんなさい。
傍にいるのも迷惑だろうし、僕は外の様子を窺うとこにした。
窓のブラインドの隙間からこっそりと覗いてみれば、僕らを追ってきた怪獣たちの群れは、今は散らばって道路でうろうろと僕らを探しているようだった。
「小型の怪獣ばかりだな……」
思えば怪獣はあの一種類しか見ていない。それにあの病院の一か所に集中していたようで、他所では他の怪獣を見なかった。このビルにも怪獣が潜んでいる事はなかった。
「どうだ、外の様子は?」
気がつけばオーガさんが背後にいて、僕はギョッとした。
「……平気ですか?」
「ああ、もう大丈夫」
どうやらオーガさんは回復力も尋常ではないようだ。呼吸も落ち着いたようでいつも通りのオーガさんに戻っている。彼を常人と比較してはいけない。
僕は気を取り直して、先ほど疑問に思ったことをオーガさんに投げかけてみた。
「ところでオーガさん。何かおかしいとは思いませんか?」
「何がだ?」
「他の怪獣の姿が見当たらないんです」
「そりゃあそうだろう。俺らを追い掛けて来たのはやつらだけだ」
「そうですけど、他に種類もいてもいいはずです」
「……そういえば、そうかもな」
そもそも僕らは四国には怪獣はいないと聞いていた。いや実際には確かにいたけど、怪獣を見たのはこの市街地のみだ。
それもあの三人組が目指す病院にしかいなった。
「……やはりあいつらまだ何か隠しているな」
「ですよね。──なんでだろう?」
とはいえ僕らにそれを調べる術はない。全てはあの三人組、もしくは〈ユグドラシル〉が知っている。
窓際に立ったままだと外の怪獣に見つかるかもしれないので、僕らは部屋の中央へ移動した。散乱する書類を掻き分けてほこりまみれの椅子に腰かける。
「あー、クソ。頭にくるな、あの女、いやあいつら〈ユグドラシル〉か」
「そういえば、さささきさんは秘書じゃなくて〈ユグドラシル〉の実行部隊の人らしいです」
「くそ、そんなことまで嘘をついていたのか」
「隠すつもりじゃなかったみたいですけどね」
するとオーガさんは何か気がついたようで、はっとした顔で僕に振り向いた。
「いや、待て。そうなると五人目の魔法少女も嘘なのか?」
「……え、まさか」
「あり得ないことはないだろう。あいつら嘘ばかりだ。俺らを嵌めるための罠だったんだ」
わざわざ僕らを陥れるだけに、ここまで手の込んだことをするだろうか。少なくとも僕には誰かに恨まれるような覚えはない。オーガさんは、……あるかもしれないけど。
「うーん。でも病院に何かがあるのは間違いないですよ、ここまでして侵入しようとしているんですから」
「──まあ、確かにそうか。そうなると、秘密兵器か何かだな。だが俺としては五人目の魔法少女であってほしい」
「それは僕も同意見です」
一体どんな魔法少女なのかは気になるところだけど、ただ、これ以上深入りするのも危なそうだ。あの三人組のせいでひどい目にあったけど、それならその通りに尻尾を巻いて逃げ出した方が得策だろう。
悔しい何て思わない。命あっての物種だ。ご勝手に世界を救ってくだされ、だ。
「日暮れまでここで大人しくしてましょうか?」
「え、なんで?」
「夜中になったらこの街から抜け出すんです」
「……つまり逃げると?」
何やらオーガさんは納得いかないようだ。とはいえ怪獣相手にどうしたらいいのだ。然しものオーガさんも怪獣には敵わないだろう。
「怪獣からは逃げるしかないでしょう?」
「正直に言うが、俺はあの怪獣からこれ以上逃げ延びる自信はないぞ」
オーガさんの言葉を聞いて、先ほどオーガさんに担がれながら泣きじゃくる自分の姿がフラッシュバクする。
「うっ、だ、だから夜中です。闇夜に紛れてこっそりと──、おおっ?」
唐突で不意だけど、僕は身体に浮遊感を覚えた。
なんだか肌着が首に食い込んで苦しい。どうやら襟首を何かに引っ張られているようだ。苦しみながらも必死に頭を反らしてその正体を横目で確認した。
窓からは黒くて細長い腕がにゅーっと伸びて僕の上着の襟を掴んでいた。──それも凄まじい力で。
「ぎゃああっ、か、怪獣!」
ビルの壁面には怪獣の黒い影がへばりついていた。
窓から部屋の中央まで腕を伸ばして僕を掴んでいたのだ。それは身体が浮く程の凄まじい力で部屋のデスクや椅子を弾きながら引っ張られる。
──やばい、殺される。食われてしまう!
「た、助けっ」
「上着を脱ぐんだ!」
オーガさんの一声で僕は咄嗟に腕を万歳のように上げた。一瞬上着のポケットの魔法少女のミニキャラキーホルダーが頭を過ぎる。
──魔法少女を見放すなんて僕にはできない。
だが時すでに遅く腕を上げた拍子に上着がするっと抜けて、僕の身体はストンと落ちた。
「このッ!」
尻もちをついている僕の真横をオーガさんが駆け抜ける。デスクに飛び乗り書類をまき散らしながらオーガさんは飛び上がった。
「っだりゃあああっ!」
その勢いのまま窓枠に手を掛けて怪獣へ目掛けて飛び蹴りを炸裂させた。壁面の破片と共に怪獣は地面まで真っ逆さまに落ちていく。外からドスンと鈍い音が聞こえた。
僕は唖然とその雄姿を見届けていた。逆光が眩しくて彼の背中が良く見えない。オーガさんは僕に背を向けたまま静かに語りだした。
「確かに怪獣には俺は敵わない」
勝ち負けで言うならば今のは勝った気がするけど、それを言うのは野暮ってもんだ。
「だが、ただ逃げ回るのだけってのも性に合わねえ」
オーガさんは窓から入る外の光を背にして僕に振り返る。
「……コエンマくん」
「はい?」
「俺はキミのことは志を同じくする同志だと思っている」
「ええ、僕もそうです」
僕らはこんなご時世にあっても魔法少女を愛する変わり者だ。
「だが俺と最初に出会ったとき、キミは俺になんと言った?」
「え、ええっと……、あなたの名前も変ですね、だったかな?」
「そんなこと思っていたのか!」
「いえ、間違いました。弟子にして下さい、でした!」
「そうだ、そのとおり!」
オーガさんは僕に向かって拳を突き出した。一瞬何だか分かんなかったけど、彼が言わんとしていることを察して、その拳に自分の拳をコツンと当てた。
「あれから何となくうやむやにしてたけど、改めてレッスン開始だ」
オーガさんは手を返して拳を開いた。──その拳の中には魔法少女のミニキャラキーホルダーが握られてあった。
「あ、いつのまに!」
彼女たちはいつも通り僕に向けてにっこりと微笑みかけていた。
そして我が師匠も同様に、その強面を歪ませて悪い笑顔を浮かべている。
「魔法少女に会いに行くぞ」