第57話 あるまじき企み
第二師団副団長執務室に来訪者が訪れたのは夜勤の時間帯になる真夜中であった。
そこには予め集まっていて欲しいと言われた団長のロッソと副団長のジークフリード、副団長補佐官のユーゴが待っていた。
「それで、話とは何だレオン。それと…
何故ルークがここにいるんだ?」
「一応、僕の補佐に着いてくれているってだけではなく、今回の話はルークが掴んだものだからかな。
それと、ルークの裏には何もないから安心して欲しいけど、信用するかどうかはジークの判断に任せるよ。」
「…………信用云々の前に存在そのものが癪にさわる……」
「それは、僕も同じですので気が合いますね。」
二人の間に微妙な空気が流れるが、先にジークフリードが一つ息を吐き言葉を続けた。
「それでも、彼自身に気になる要素はない事は俺も調べてわかってはいる。だが、俺と深く関わる事はマーヴェス家嫡男という立場であるならあまり良い行動とは言えないがどうするんだ?」
「僕は家とか身分とかそういうものにはあまり興味がありません。長男に生まれて男兄弟もなく、今までぼんやりと何れ自分が家督を継ぐのだろうなとは思っていましたが、僕に嫡男の立場が相応しくないという判断がくだされれば、僕の父は躊躇わず家督を親族の者に譲るような人間ですのであまり心配はなさらないでください。子どもに対して愛はある父ですが、親の情と家の事は切り離して考える人間でそこには親の甘さは全くありません。自分達家族よりも領民の生活を第一にと考えている人間で跡取りとしての教えもそこを厳しく教えられましたので、僕自身も自分の立場にすがり付くような気持ちにはなりません。
そして、僕自身自分の興味を示す道を歩みたいと思い、今回の貴方の考えに興味がありましたので、レオンと共に来ました。」
「お前が興味があるのは俺ではなくてフィーリアの方だろ?」
「ええ。だから余計に今回の事は放っておけなかったのです。」
「レオンから俺の事をどこまで聞いた?」
「他の貴族が知っている事しか知りませんよ。」
「そうか…わかった。足を踏み入れてから後悔しても遅いからな。」
ジークフリードはルークへ自分の境遇や今起こっている事を伝えていったが、ルークは表情を変える事はなかった。
そして、話し始める。
「それでは、本題に入りましょうか。」
そんなルークの様子にユーゴは複雑な表情で言葉を挟んだ。
「あの…マーヴェス殿…副団長の話を聞いて何とも感じないのですか?」
「何ともというか、別にリトラル子爵はその境遇に対して慰めて欲しいとも共感して欲しいとも思ってはいないでしょう?
まぁ、多少驚きはしましたが、だからといって僕が何を言ってもどうなる訳でもないじゃないですか。」
そんなルークの言葉にロッソは吹き出して笑う。
「面白ぇなこいつは!ユーゴ、お前とは性格そのものが全く違うからお前の常識と当てはめてもこいつとは共感し合えねぇよ。でもよ、ジークに敵意がある訳じゃねぇからこういう人種の人間だと思え。」
「真っ直ぐなユーゴがルークの性格を理解するにはもう少し時間が必要だね。じゃあ、僕とルークが気になっている話を始めるよ。ルーク教えてあげて。」
レオンから促されてルークは机にレトリアル王国と周辺国が載った地図を広げた。
「僕の学友に西に位置するトイトン辺境伯の子息がいるのですが、先日王宮で彼と会う機会があり、不穏な話を聞きました。トイトン辺境伯が護る西の国境を挟んだ隣国のイーサン皇国の軍の動きが活発になったというのです。」
「イーサン皇国だと?あの国と我が国は長年同盟を組んできて、友好関係であるぞ?」
「はい。僕もそう思いレオンに相談しました。そして、レオンが西の国境辺りを調べてくれました。」
「耳を疑うような信じられない動きだ。あと調べるのにもかなり苦労した…」
「レオン…?」
「事の起こりはレトリアル王国側からイーサン皇国へ向けて矢が放たれイーサン皇国の国境を警備している軍の者に矢が刺さり傷を負った事だ。その軍の者は重症らしい。
その抗議が皇国側からトイトン辺境伯へ伝えられたが、辺境伯に心当たりがある訳もなく賊の仕業かもしれないから調べると話をしその時は事なきを得たそうだ。
しかし、次は我が国に入国するため皇国との国境から正式な手続きを踏んだ皇国の商人が国境を通ってすぐ襲われこちらは重篤な状況らしい。それらから、イーサン皇国は我が国にかなりの不信感を抱いている。
それが、どういう事かはジークなら言わなくともわかるよね?」
「現在、戦に繋がる一歩手前だという事だな…?」
ロッソとユーゴの表情が険しいものになった。
「そう。だけどね、この話しはこれで終わりではないんだ…商人を襲った人間を僕の手のものが捕らえて…信じられない事実が出てきた…」
レオンも表情を変え話を続けた。
「その者は殿下の手の者だった。」
「は…?言っている意味がわからない。敵対している相手国でもなく、侵略しようと考えるような小国でもない我が国が皇国へ戦を仕掛ける意味などない。それがわからない王太子殿下ではないはずだ。それが、何故王太子殿下の手の者が皇国側にそうとしか捉えられない事を起こす?」
「リトラル子爵。これは僕の推察です。目的は貴方とフィーリアかと…」
「は?」
「戦が起これば第二師団は先陣をきって戦地へ赴かなければなりません。貴方が戦地へ赴いている間にフィーリアへ近付こうとしているのかと…
フィーリアを側妃にするために…」
「私的な思惑で国を巻き込む?そんな馬鹿で浅はかな考えをするような人間では王太子であろうあの方にあるはずは…」
「僕もそう思いたい…私的な思惑で国をも揺るがすなんて考えられない。しかし、こちら側に、得る事がない戦を仕掛ける行為そのものが物語っている。」
「陛下と宰相には?」
「わかってすぐ伝えた。恐らく明日陛下の謝罪の書状を皇国へ向けて届ける使節団が出立する。」
「意味のない事をしているのにも関わらず陛下に頭を下げさせるのか…?そんな事をしたらこの国の信用は地に落ちる。」
「ジーク…黙って今まで聞いていたが…お前はこのまま黙っているつもりか?国をも巻き込むような人間が統率者に向いていると思うか?
少なくともここにいる奴らはそんな主に忠誠は誓いたくない。
まだ、推察の域から出てはいないが…お前の立場として動かなければいけないのではないのか?それこそ兄弟の情など捨てて向き合わなければならねぇと俺は思うんだが…」
「皇国との戦だけでなく、内乱まで起せと言うのですか?」
「お前は自分の兄の事になると、何故そんなに強気に出られず弱気になる?お前の弱点はその最後は自分に近しい人間を切ることが出来ない優しさだな。」
「リトラル子爵。僕は国の事も気に掛かりますが、フィーリアを側妃にはしたくありません。殿下のフィーリアへ向ける顔はただの幼馴染みで自分の弟の婚約者へ向けるような表情ではない事はすぐわかりました。自分の今の言葉が不敬にあたる事はわかっています。しかし…」
ルークが言葉を詰まらせた時、レオンは胸元に入れていた包みを一つジークフリードの前に置いた。
「レオン…?何だこれは?」
「………殿下がフィーを望んでいるのだろうという僕が確信したものだよ。恐らく殿下は僕が持ち出した事はもう気づかれているかもしれない。」
目の前のものを包んでいる布をジークフリードが取ると中からは幼い頃のフィーリアの絵姿が出てきた。
「…………………。」
「殿下の執務室の机の中にあったものだ。そして、これだけじゃなかった。現在のフィーの歳までの絵姿が一年ごと順に並べて置いてあったんだ。」
ジークフリードの頭の中は苦悩と憤りと悲しみが絡むような複雑な心境に陥った。自分が尊敬し慕っていた聡明な兄の真の姿を知って苦しくなっていく。
「レオン…こんな時間だが、陛下と謁見できるか?」
「父上からジークを呼んでこいとの命令だよ。父上と一緒に陛下もいらっしゃると思う。」
ジークフリードは執務室を後にした。
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