第53話 傷
フィーリアの容態が落ち着き、王都にあるウェストン家のタウンハウスへ戻ってきていた。
フィーリアは痛む身体で私室にある姿見の前に立つ。
「フィーリア様お茶をお持ちしました。」
「入っていいわよ。」
ミアがフィーリアのお茶を持って私室に入ると、フィーリアの姿に驚く。
「フィーリア様っ!?何をなされているのですか!?」
フィーリアは鏡の前で夜着の襟元を緩め肩を出し巻かれていた包帯を外して立っていた。そんなフィーリアへ慌ててミアがガウンを羽織らせる。
「見ていたの…」
「フィーリア様…?」
「お医者様が仰有っていたわ…消える事はないって…
毒の影響で変色して爛れてしまって誰にも見せられる状態じゃないわよね…今初めて自分で傷口を見て自分でも眉を寄せてしまったわ…」
「………お身体に触ります。それに傷口が開いてしまってはいけませんので、寝台へお戻りください。」
「……今朝…今日の夕方に来訪するとジークから先触れがあったわよね。」
「はい。レイサレル家の使いの者から届けられました。」
「そう…」
ミアは、フィーリアの普段とは違う様子を不安に思う。
邸へ戻ってきてからずっとこのような考え込むかのような表情をフィーリアは浮かべていた。
フィーリアは寝台で横になりながらぼんやりと手にしている物を見詰めていた。それはジークフリードからデビューの時に貰った髪飾りであった。
(今日…ジークに会ったら伝えよう…
遅くなればなるほど伝えられなくなってしまう…
今日初めて自分の傷口の状態を見て、もう…このままではいられないと突き付けられた…)
夕方になり、先触れ通りジークフリードがウェストン家を来訪し、まだ寝台から動かないように言われているフィーリアを見舞うためにジークフリードがフィーリアの私室を訪れた。
「フィー、調子はどうだ?」
「ジーク…忙しいのにごめんね…何度も来てくれてありがとう。」
「そんな事は婚約者なら当たり前の事だからフィーは気にしなくていい。」
ジークフリードが大きな掌でフィーリアの頭を優しく撫でる。
ジークフリードが傍にこうして来てくれるといつもフワリとジークフリードの付けている香水が薫った。
(ジークのこの優しい手も…この香りも…そして温もりも大好きだった…
だけど…)
「ジーク…」
「ん?フィーどうした?」
(この低くて優しい声も大好きで…
そして…いつまでも忘れる事なんて絶対に出来ない…)
「ジーク…私との婚約を解消して…」
「……っ…………」
ジークフリードはフィーリアの突然の言葉に息が止まるかと感じた。
「何故…そんな事を言う?」
フィーリアの大きな瞳から次々と涙が零れ落ちていく。
「私は…もう……ジークに相応しい婚約者ではないわ。
だから…」
「何故だ!?俺の境遇にもう嫌気がさしたのか!?」
「違うのっ!ジークの事じゃないの!
傷物になった令嬢は公爵家の嫡男の貴方には相応しくはないでしょう?
お医者様に言われたわ。傷は生涯消える事はないって…今日、自分で見ても酷い状態だった。目を背けたくなるくらい…そんな傷のある令嬢を娶る事はこの貴族社会で…」
ジークフリードはフィーリアの言葉に怒りを感じた。
フィーリアに対して、そして自分に対しても…
「お前は…どうして……いつもそう一人で考え込むんだ…
俺がいつ傷のある令嬢を娶らないと言った?
そもそも、フィーを娶りたいと思ったのはフィーの見た目を望んでの事ではない。フィー自身を愛しいと思っているからだ。
それに、その傷は俺を庇う為に出来た傷だろう?それを俺がどうして拒絶出来るんだ?」
「だけど、本当に醜い傷なの…自分で見たって眉を寄せてしまったわ。」
「それなら、俺に見せてみろ。俺はフィーであればどんな傷であったって愛する自信はあるからな。」
「なっ!?何を…
そんな事を言ったって見たらきっと気味が悪くなるわよ…
ジークから拒絶されたら私は平気でなんかいられない…それなら、そんな表情をされる前に…」
言い合ううちにフィーリアの手首をジークフリードがとる。
「拒絶なんてする訳がないだろう?俺はお前以外はいらない。」
ジークフリードの指先がリボンに触れたと思ったらスルリと胸元のリボンがほどける。その事で肩が露になったフィーリアは咄嗟に肩を抱き締めるように両手で隠した。
「ジ、ジークっ!」
その手を簡単にジークフリードの片手で押さえられたフィーリアは近付いてくるジークフリードの事を拒む事は出来なかった。
優しく口付けをされながら右肩にある傷口に当てていた包帯をジークフリードは簡単に緩めてしまう。
唇が離れ、傷口を見たであろうジークフリードがそのまま無言でいる事にフィーリアは不安になる。
「ジーク…?やっぱり…気味が悪いわよね…」
その時、ジークフリードはフィーリアの傷口に優しく口付けた。
「……すまない…俺のせいで……痛かっただろう?苦しかっただろう?」
「え…あ…あの時は必死で…
ジークの命が守れたなら私はそれで良かったから…」
ジークフリードのこの震えた声をフィーリアは生涯忘れる事はないだろうと思った。
「………私は…ジークの傍に…また居てもいいの?」
そのフィーリアの言葉にジークフリードは眉根を寄せた。
「当たり前だろ…俺から離れるなんて許さないからな…
俺と婚約解消をしてどうするつもりだったんだ。」
「修道院へ行って修道女になろうかと…」
ジークフリードは自分の顔をフィーリアの首もとへ埋める。
「……まったく…そんな事を宰相やレオンが許すと思ったのか…
そもそも、そんな事を考えるなど俺の気持ちがしっかり伝わっていなかったからだよな…これから、もっとお前に俺の本気さを教え込んでやるからな…」
「ジーク…ありがとう……」
フィーリアはこの優しい温もりを手放さなくていい事に安心した。
その時、フィーリアの私室をノックする音がして、フィーリアは慌ててジークフリードから離れる。
今の夜着が乱れているような状態を見られたら何と言われてしまうのだろうかと焦った。
「フィーリア様。お茶のご用意が出来ましたのと、お届け物が…」
「え?届け物?」
私室の中へ入ってきたミアの押しているお茶の用意をしたワゴンの上に一つの花瓶に入った花が乗っていた。
「王太子妃殿下からのお花でございます。」
「妃殿下から?お見舞いのお花かしら…?王太子殿下からも沢山のお花を頂いたのよ。」
フィーリアの私室には色とりどりの花達が飾られていた。
ジークフリードはそんな私室を見回した後に今、届いた花に目を向けると、訝しげな表情をした。
「ミア、銀の盆を持ってきてくれ。それと、この花に触れた者はいないか?」
「花瓶に活けた状態で届きましたから花には誰も触れてはいないと思いますが…」
「ジーク…?どうしたの?」
ジークフリードはミアが持ってきた銀の盆に活けてある花をバラバラに置いた。そのジークフリードの行動にフィーリアは驚く。
「ジークっ!?妃殿下からのお花なのよ?どうして…こん…な……え…」
「花が変色していて、もしやと思ったんだ。」
銀の盆はみるまに変色していき、花に毒が塗ってある事がわかった。
「どうして…妃殿下からのお花に…?」
フィーリアとミアはその情景に息をのみ、ジークフリードは表情を消して毒の塗られた花を見詰めた。
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