第49話 古傷
この回のお話はフィーリアとジークフリードの幼い頃の回想になります。
今から9年前───
……───王都より少し離れたウェストン家とレトリアル家の領地の間にある丘へ近付く蹄の音が響いていた。
『フィー、ここか?』
『そう!凄いでしょう?丘一面お花でいっぱいなのよ。』
ジークフリードの愛馬のテッドに乗った幼い頃のジークフリードとフィーリアは頻繁にこうして遠乗りへ出掛けたり共に過ごす事が多かった。この日もフィーリアがジークフリードと共に行きたい場所があると言い二人でこの丘までテッドに乗って来たのだ。
『レオンを置いてきて大丈夫なのか?』
『兄様は今日は久しぶりに領地へ来た父様とお勉強があるからいいのよ。それに、私はジークと一緒にここへ来たかったの。』
『そうか。うん…綺麗な景色の場所を教えてくれてありがとう。』
テッドを木に繋ぎ、フィーリアとジークフリードはこの丘で持ってきていた敷物を敷き軽食を広げのんびりと過ごす事にした。
穏やかな風が流れる中、フィーリアが花を摘み始める姿を見ながらジークフリードは、横になり真っ青な空を見上げこの穏やかな空気の中、気を緩めて瞳を閉じた。暫くするとジークフリードに影が差し目蓋を開けると傍にはフィーリアが微笑みながら座っていた。
『フィー?どうした?花を詰むのはもういいのか?』
『うん。ジーク…これ』
そう言ったフィーリアの手には花で作られた冠があった。その冠をフィーリアはジークフリードの頭に乗せる。
『俺に?俺よりもフィーの方が似合うよ。』
『ううん。この冠はジークの。だって、ジークは本物の王冠はもう頭に乗せられないでしょう?だけど…ジークは私だけの王子様だからこの冠を乗せて欲しいなって思ったの。』
『フィー…』
『ジーク…寂しくない?もうずっとジークのお父様の陛下やクリス兄様にお会いになっていないのでしょう?』
『今は義父上や義母上が傍に居てくれるし、フィーやレオンも傍に居てくれるから寂しくないよ。』
そのジークフリードの言葉にフィーリアは微笑んだ。
『良かった。』
『フィーのさっきの言葉だけど…フィーは俺にフィーだけの王子でいる事を望んでくれるの?』
『もちろんよ!だって、ジークはずっと私の王子様よ?』
ジークフリードはフィーリアの前で跪きフィーリアの手を取る。
『フィーは俺の事をどう想っている?』
『ジークの事?大好きよ?』
『フィーそれなら大人になったら俺と結婚してくれる?』
『結婚?それって…父様や母様のようになるっていう事?
ジークのお嫁さんにしてくれるの?』
『ああ、フィーに俺のお嫁さんになってほしい。』
『嬉しい!約束よジーク。』
『ありがとう。フィーこそ約束だよ。フィーの事を俺が絶対に守るから…だから…俺がフィーの元へ帰ってくるまで待っていてほしい…
好きだよ…フィー…』
そうジークフリードはフィーリアの手の甲へ口付けながら伝えると立ち上がりフィーリアの額にもキスを落とした。
その事にフィーリアの頬が赤く染まる。そんなフィーリアをジークフリードは愛しく感じ、そっと小さな体を抱き締めた。
『もう少しでジークも兄様も寄宿学院へ行ってしまうのね…』
『ああ…でも手紙を書くよ。だからフィーも俺に手紙をくれないか?
それと、テッドをフィーに任せてもいいか?』
『テッドを?』
『こいつは人見知りをするから俺の次に懐いているのはフィーだ。フィーと一緒ならテッドも寂しくないし、俺も安心出来ると思ったんだ。』
『うん!大切にお世話をするわ。それに、お手紙も沢山書くわね!だから…お休みになって帰ってこられる時は私にも会いに来てね。』
『ああ…当たり前だよ。』
そうしてまたフィーリアをジークフリードが抱き締めた時、ジークフリードは違和感に気が付く。
丘の横にある茂みに殺気を感じたのだ。
《何故、こんなに近付くに来るまで気が付かなかった?何人だ…?
今、ここにはフィーも居る…どうする?剣は今、護身用の短剣しかない…
兄上が王太子に立太子なされてもう大人しくなると思っていたのに…何故?》
茂みから出てきたのは二人の男であった。
『ジークフリード王子だな。貴殿を亡きものにしろとの命令だ。』
『誰の命令だ!?』
『それは、教えられない。自分の出自を恨んで諦めろ。』
『ジーク…』
『フィー!絶対にここを動くな!』
ジークフリードは男達が動き始める前に速さで間合いを詰め一人の男の首もとを短剣で切り裂いた。
短剣しか持っていなく、フィーリアを守りながらという悪条件の中でそうするしかなかった。ジークフリード自身フィーリアの前で人を殺める事はしたくなかったが、この状況で自分達が生き残る為には他に選択肢はなかった。
一人目の男を仕留めてもう一人の男を見据えた時、男はジークフリードの力と殺気を感じ、フィーリアに目を向けた。その事に気が付いたジークフリードは怒りで震えた。
『フィーリアに近付くなっ!!』
ジークフリードは男の背を切り裂き倒れた男を蹴り飛ばしてフィーリアを抱き締める。
『フィー何ともないか!?』
『大じょ…ジークっ!後ろっ!』
倒れた男が振り下ろした剣がとっさにフィーリアを守るように身を動かしたジークフリードの左腕を切り裂き血飛沫が飛んだ。
『っ!…ジ…ジーク……』
『………くっぁ………』
『死ね…第二王子…』
ジークフリードは手にしていた短剣を男の胸元に突き刺す。呻き声を上げた男はゆっくりと崩れ落ちた。
血が流れ落ちる腕を庇う事もせず、ジークフリードはフィーリアのもとへ駆け寄り抱き締めた。
『フィー!どこも…どこも怪我をしていないか?』
抱き締めたフィーリアは細かく震え顔は蒼白であった。
『ジーク…血が…血が…沢さ…ん…やだぁ…ジークが死んじゃう…ジーク………』
『俺なら大丈夫だ…フィー…?』
ジークフリードの腕の中にいるフィーリアが大きく震えた後、フィーリアの身体から力が抜けそのままフィーリアは崩れ落ちるように意識を失った事にジークフリードは背筋に嫌な汗が流れ落ちた。
『フィー?フィー!どうした!?フィーっ!!』
フィーリアの意識は戻る事がなく、焦るジークフリードはフィーリアを抱き抱えテッドを走らせ丘から近かったレイサレル家の領地にあるマナーハウスへ戻った。
血だらけのジークフリードと意識のないフィーリアに驚いた使用人達が慌てて義母のシリルを呼びに向かった。使用人から呼ばれエントランスへ走ってきたシリルは二人の様子に青ざめる。
『ジークっ!何があったの!?誰か早く医師をっ!』
『義母上っ…フィーが…目覚めないんだ。フィーが…フィーに何かあったら…俺は…』
『ジーク落ち着きなさい!
早く医師を!それと王宮のヴィクターとウェストン家へ鷹で報せを飛ばしなさいっ!』
シリルの腕の中でジークフリードは意識を混濁させていった。
◇*◇*◇*◇*◇
報せを聞いてヴィクターが王宮からマナーハウスまで馬を走らせ着いたのは真夜中であった。
ジークフリードの私室にはレイサレル家専属の、元侍医であった医師が寝ずに容態を見守っていた。
『それで、ジークの容態はどうなのだ。』
『傷口は縫い出血は止まりましたが、出血が多かったのと傷口が深かった事に高熱が出ており意識も混濁しております。ジークフリード様の生命力に懸けるしか…』
『どんな事をしても絶対にジークの命を守れ!これは王命でもあるぞ!!』
『はいっ!』
『シリル、フィーリアの容態はどうなのだ?ウェストン家から何か聞いているか?』
『医師の診察では怪我などはないとの事でウェストン卿とカトリーヌ様が来られてウェストン家のマナーハウスへ連れて帰られましたが、先程報せが届いてまだ意識が戻っておられないとの事です。』
『そうか…最近はクリスの立太子も終わり動きがなかったのに、何故今になって…』
ジークフリードは傷口の痛みと熱に魘され生死の境を彷徨っている時、夢か現実かわからないが不思議な体験をする。亡くなったはずの母であるアリアがずっとジークフリードの傍で抱き締めてくれているような感覚を感じた。
『母…上…?』
『ジーク…貴方はまだやるべき事があるの。だから、こちらへ来ては駄目よ…』
『は…は…うえ……」
ジークフリードの意識がはっきりとし目を開けた時にはもうアリアの姿はなかった。しかし、涙ぐむヴィクターとシリルの姿が傍にあった。
─────………
騎士団第二師団副団長執務室で珍しく窓の外を眺めながらジークフリードは苦しく辛い過去を思い出していた。そして、古傷がある左腕に触れる。
未だに決定的な証拠を掴めず辿り付けない相手に苛立ちを感じながら…
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