第3話 政略結婚
フィーリアとジークフリードは無言でウェストン侯爵家の庭園を歩いていた。
(辛い…何この苦行……ジークも嫌なら断ればいいのに…
それに、どうしてずっと黙っているのよ?)
「あの…リトラル子爵様…」
「……それ…」
「それ?」
「何故、ずっと爵位で呼ぶ?」
「え?それは…成人している男女で馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶ事は礼儀に反していますので…」
「気持ち悪い。」
「は?」
(えっ!?何?今、気持ち悪いって言った?気持ち悪いって…女性に対して!?)
淑女の仮面を貼り付けて内心怒りで震えそうになるのを堪えていたフィーリアにジークフリードはさらに畳み掛けるかのように言葉を続けた。
「そもそも、その嘘臭い態度や表情も気持ち悪い。」
「……ど…どの辺が…?」
怒りを爆発させそうになるのをフィーリアは必死に押さえた。
こんな所で相手の言葉に反応して醜態を晒すなんて事は、淑女として貴族令嬢としてあってはならないと、何度も母親や礼儀作法の講師から言われてきたのだ。社交界へデビューしたら、沢山の悪意のある言葉や態度にもそつなくかわさなければならないとも教えられた。相手の言葉に反応して本心を見せる事は相手に自分の弱味を握らせる事となるのだと。社交界はきらびやかな楽しい場所ではないのだと幼い頃からずっと教えられてきたのだ。
ジークフリードはフィーリアの態度に溜め息を一つ吐いた。
「お前のさっきから現在までの態度や口調全部だよ。
以前はそんな態度を俺に取っていなかっただろ?
呼び方も昔と同じでいい。お前からそんな態度を取られると気持ちが悪いんだ。」
「………っ!!!」
フィーリアは我慢できなかつた。
「何度も人の事を気持ち悪いとか言わないでよ!!
仮にもデビューを控えた淑女なのよ!!
失礼にも程があるわっ!それでも礼儀を重んじる騎士なの!?そもそも騎士である前に貴族の紳士として最低よ!」
胸の中に溜めていた言いたい事を全て言った後、フィーリアは我に帰って背筋に冷汗が流れるのを感じた。
(……やってしまった…どうしよう…)
フィーリアの言葉に動きを止めていたジークフリードであったが、少し口端を上げる。
「それで、いいんだよ。お前から丁寧な言葉遣いをされたいとは思っていないからな。」
先程まではずっと仏頂面であったジークフリードの笑みを見てフィーリアは幼い頃のジークフリードの姿と重なるような感覚を覚えた。
「あの…リトラルし…」
「あ?」
「っ!!……ジーク…」
「次から爵位で呼んだら鼻を摘まむぞ。」
「は、鼻を摘まむ!?わ、わかったわ…」
反射的にフィーリアは鼻を両手で隠す。
「それでいい。」
「あの…母様には…」
「侯爵夫人には俺からそういう態度にして欲しいと言ったと、伝えておくから心配しなくていい。」
「そう…ありがとう…」
昔と変わらないジークフリードとのやり取りに今まで気負っていたフィーリアは体の力が少し抜けた。そして、この婚約の事についてジークフリードの本音を聞きたいと思い口を開いた。
「あの…ジーク…今回の──…」
「テッドはどうしている?」
「え?」
フィーリアの言葉に被せてジークフリードからフィーリアが今朝も散歩へ連れていった白馬のテッドの様子を聞いてきた。
「テッドは元気か?」
「ええ、元気よ。庭なんかよりテッドの元へ初めから案内した方が良かったわね。」
フィーリアはジークフリードを連れて厩舎まで案内した。
「テッド。あなたのご主人様が久しぶりに会いにきたわよ。」
「テッド、元気そうだな。俺の事を覚えているか?」
ジークフリードが優しくテッドを撫でる。
テッドは、元々ジークフリードの愛馬で、ジークフリードが寄宿学院に入学する時に、フィーリアに預けた馬であった。
ジークフリードはテッドの毛並みなどを確かめながら身体に触れて厩番の青年に声をかける。
「毛艶も良いし。筋力も落ちていないな。
馬丁は君が一人で?良く手入れをしてくれてありがとう。」
「いっ、いえっ!テッドの世話は掃除からブラッシングまで殆どお嬢様がおやりになられるので…俺や他の馬丁はお嬢様がどうしても世話に来られない時しかしていません。テッド自身も人見知りなのかお嬢様以外が触れるのをあまり好ましく思わないようで…」
厩番の言葉にジークフリードは驚きフィーリアを見た。
「あ…だって…テッドをお願いされたのは私だから…任されたからには責任持ってと思って…
それに、テッドと関わるのも好きだし厩舎を綺麗にしたりブラッシングするとテッドも喜んでくれるのが嬉しいし、馬術も楽しいから…」
ぼそぼそとフィーリアが話すと、ジークフリードは柔らかい笑みを浮かべた。そんなジークフリードの表情にフィーリアの胸は高まる。
「お前に預けて正解だったな。可愛がってくれてありがとう。」
「お礼を言われるような事はしていないわ。私の方こそテッドが仲良くしてくれて楽しい時間を過ごさせて貰ったから…
でも、もうそろそろテッドをジークに返さなければと思っていたの。騎士団に所属しているとはいっても、レイサレル家のお屋敷から通っているのでしょう?それなら、レイサレル家のお屋敷でテッドもジークと一緒に過ごしたいと思うだろうし…」
「いや…お前とウェストン家が大丈夫ならばこのままテッドはお前と一緒に過ごした方が嬉しいだろう。
俺は屋敷から通っているとはいえ、出る時間も早いし戻る時間も遅い。王都を数日離れる事もあるから満足な世話をしてやれるとも思わない。それと、こいつは人間の好き嫌いがハッキリとしているから、お気に入りのお前と一緒の方が安心できる。
それに、ゆくゆくはお前と一緒にレイサレル家に来る事となるだろうからな。」
「それっ…!」
「何だ?」
「あの…私達の婚約って…突然で驚いて…その…ジークは…この話に納得しているの?」
フィーリアはようやくずっと聞きたかった事をジークフリードに問いかけた。
そんなフィーリアをジークフリードはじっと見詰める。
「………納得というか…お前と俺の間柄だからな…
ようやく、宰相との交わしていた条件も揃えたから約束を果たせる。」
表情を固くしてジークフリードは答えた。
そんなジークフリードの態度にフィーリアは胸が痛んだ…
(父様との約束って……ジークはやっぱり忘れられない女性がいるのにこの婚約話を了承したのね?
……この婚約は…家同士を結ぶための政略結婚…ジークの心はない婚約…
───だって…求婚も何もない事がその証拠だから…)
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