第23話 白いバラ
ルークが離れた後沈黙を破ったのはジークフリードであった。
「フィー。話をさせてくれるだろうか。」
フィーリアがジークフリードを見詰めると、ジークフリードはその端整な顔を固くしながらフィーリアの返事を待っていた。
フィーリアはそんなジークフリードに頷いた。
ジークフリードのエスコートでテラスへと出ると夜のひんやりとした空気が気持ちよく感じる。
フィーリアは溜め息を一つ吐いてジークフリードへ顔を向けた。
「兄様は教えてくれなかったけれど…このドレス…ジークからなのよね?」
「ああ…」
「素敵なドレスをありがとう。でも、この色って…」
「お前に俺の色を纏わせたかったからだ。
まだ、信じて貰えないかもしれないが…俺がずっと大切にしたいと思っていたのはフィーお前だけだ。
フィーが気にしていたあの噂…言い訳ととらえられるかもしれないが…よく考えてみたが、騎士団に入った頃から夜会で結婚相手を探さないのかと聞かれた時に俺には決まっている相手がいると何度か言った覚えがある…その話から流れたのかもしれないし…真相はよくわからない。夜会へ行く気持ちもなかったし、お前以外考えられなかったからの言葉だったが、迂闊だったのかもしれない。」
「じゃあ…カトレア様は…?」
「彼女は…俺個人で少し調べたい事があって、どうしても出席しなければならない夜会で彼女から調べる事へ繋がるかもしれないという思惑で失礼ではあるが顔見知りになる為に何度か踊った事がある。だが、それだけだ。信じて貰えるかはわからないが、それ以上の気持ちなどない。」
「…………………。」
フィーリアは、もうどう言葉を言えば良いのかわからなかった。
自分が素直になれずに意地をはっている事もわかっていた。
そして、可愛げの無い言葉ばかりが口を開けば出てきてしまう事もわかっていた。
「ジークは私の事を想っていると言うけれど、このずっと会っていなかった間に私は昔の私とは変わってしまったかもしれないのよ?
ジークが結婚したいと思っていた私ではなくなっているかもしれないのよ?」
「離れていた空白の時を、この婚約している間に一つずつ埋めていきたいと俺は思っている。
俺の知らないフィーリアを教えて欲しいし、フィーには俺を知って欲しい。
フィー…」
「え…」
ジークフリードはそう伝えるとフィーリアの前に白い3本のバラを差し出し渡した。
思わずバラを受け取ってしまったフィーリアはバラとジークフリードを交互に見ながら戸惑ってしまう。
「本来は赤いバラで渡すべきなのだろうが、俺には白いバラで伝える事の方が相応しいと思った。」
ジークフリードはフィーリアの前で跪きフィーリアの手を取る。
「フィーリア・ウェストン嬢。このジークフリード・レイサレルと結婚して欲しい。」
そう言い終わるとフィーリアの手の甲へキスを落とした。
フィーリアは目の前の光景が夢なのかと思った。
ジークフリードが自分の前で跪き求婚してくれている。そして、色々な想いが溢れ出てフィーリアの瞳から涙が一粒零れ落ちていった。
本人の口から聞いてもいないのに、噂を聞いてジークフリードは自分の知らない別な令嬢と恋仲だと疑う事もせず、失恋したと自己完結した事。
それでも、想いは募るばかりでそんな中ジークフリードが戦地へ行った事を知りもう二度と会えなくなったらと恐さを感じた事。
そんな中、数年ぶりにジークフリードと再会したと思ったら、自分の気持ちが追い付いて来る前に婚約が決まっておりジークフリードの真意が分からず思い悩んだ事。
それでも、ずっと変わらず日に日に強くなっていった『好き』という気持ちが心の奥にしまった筈なのに溢れ出てくる事がわかった。
「……ずっと…辛かった…ジークの気持ちがわからなくて…」
ジークフリードは手に取っていたフィーリアの手をギュッと握りしめる。
「すまない…」
「それでも…ずっと…ずっと…好きだったの…昔からこの気持ちだけはどうしても変える事が出来なかった…」
フィーリアの瞳からは決壊したかのように沢山の涙が零れ落ちていく。そんなフィーリアにジークフリードはもう一度言葉を紡いだ。
「フィー…愛している…俺にはお前だけなんだ」
「……私もよ…」
フィーリアの言葉と重なるようにジークフリードがフィーリアを抱き締める。そして、頬を伝う涙を親指でそっと拭った。
「フィー…もう…絶対に離さないからな…」
フィーリアはそんなジークフリードの言葉に小さく頷いた。
暫くして、少し落ち着いたフィーリアは自分がジークフリードに抱き締められている事に慌ててジークフリードから少し距離を取る。
「ご、ごめんなさい…泣いたりして…」
「いや…」
フィーリアはふと握り締めていたジークフリードから貰ったバラへ目を向けた。
「あの…ジーク…この白いバラって…」
「フィーへ想いを伝えようと考えた時に色々と調べたんだ。花言葉というものを…」
フィーリアも花言葉は幾つか知ってはいたが求婚にどうして白いバラだったのだろうかと思い首を傾げた。先程ジークフリードも『本来は赤いバラで…』と言っていたと思った。
そんなフィーリアの考えが伝わったのかジークフリードが話し始める。
「さすがに、99本や108本のバラを夜会に持って来る事は…と思って三本にしてしまった。三本のバラは…『愛している』という言葉があるのだと知って、今の俺には一番相応しい本数かとも思ったからな。本来は赤いバラで伝えるべきなのだろうが、白いバラには『約束を守る』という言葉もあると知って敢えて白いバラを選んだんだ。」
「約束…?」
「ああ…だが、いいんだ。俺がそうフィーへ伝えたかっただけだから…」
ジークフリードは少し切なさを隠した表情をフィーリアへ向けた。ジークフリードはまだ白いバラにある花言葉をフィーリアへこの時伝えられなかった。
──『相思相愛』という花言葉を……
フィーリアはそんなジークフリードを見て不思議な感覚に陥る。
(私はジークと何か約束をしていたの?どうして私はその約束を知らないの?)
ジークフリードは表情を緩めるとフワッとフィーリアの頭を撫でた。
「大丈夫。今、フィーの気持ちを聞く事が出来ただけで嬉しいから。無理に思い出さないでくれ…」
そんなジークフリードの言葉にフィーリアはやはり自分は何かを忘れているのだろうかと思った。
◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
フィーリアとジークフリードは、あのテラスでの求婚の後、ホッとした表情のレオンとジェシカに見送られ二人馬車に揺られていた。
「あの…ジーク?どうして…その…」
「フィー?どうした?」
「いえ…あの……どうして隣に…」
フィーリアは、いつもなら向かい側に座る筈のジークフリードが何故自分の隣に座っているのか戸惑っていた。
「フィーにはストレートに気持ちを伝えていかなければ伝わらないという事を理解したから。気持ちを隠す事を止めようかと思って。」
「そうだとしても、別に隣に座らなくとも…こんなに広い馬車なのに…」
「広いからこそ…隣に座っても窮屈ではないだろ?」
「そうだけど…」
フィーリアは今の現状に付いていく事でいっぱいいっぱいであった。
そんな狼狽えているフィーリアを見てフッと笑みを浮かべたジークフリードはフィーリアの髪の毛を一束手に取ると唇に寄せた。そんなジークフリードの行動にフィーリアの心臓は休まる事がない。
「それに…しっかりと掴まえておかないと…横から攫われそうだしな…」
「攫われ…?」
「いつの間にマーヴェス家の長男と仲良くなったんだ?」
「え?マーヴェス家の長男ってルークの事?」
そんなフィーリアの言葉にジークフリードの眉間には皺が寄る。
「ファーストネームを呼び捨てで呼び合うなんてな…」
「えっ!?ルークとはただの友だちよ?ルークだってそう話していたじゃない?」
「本心かどうかわかないがな。それに、あいつの言う通りなんだ…俺とフィーは婚約はしているが、まだ婚約だけなんだよ…
こんな事なら宰相の言う通りに一年間の婚約期間なんていう条件などのまなければ良かった…」
ジークフリードのぼやきにフィーリアは驚きを隠せなかった。
再会してからのジークフリードとは全く違って自分の想いを次々と言葉にしてくる事にどう対応したらよいのだろうかと戸惑うばかりだった。
「………っ……?…」
そんな時、フィーリアは違和感を感じた。
そして、それはジークフリードも同じようで表情を一転させていた。
馬の蹄の音を感じたのだ。それは今乗っている馬車の馬のものとは別の蹄の音だった。
「ジーク…」
「お前も気が付いたか?」
「ええ…蹄の音…しかも、一頭だけじゃないわ…」
フィーリアは全神経を集中させようとした時、馬の嘶きと人の叫び声が聞こえた瞬間乗っていた馬車が大きく揺れた。
「フィーリアッ!!」
ジークフリードがフィーリアを衝撃から守るように抱き抱えた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
作中に出てくる花言葉ですが、作者が調べ知っている言葉であり、花言葉には様々な意味があるので絶対的な意味合いではありません。
ちなみに、バラは本数でも意味合いが違ってくるようで、作中の3本は『愛しています&告白』99本『永遠の愛』108本『結婚してください』という意味合いもあるそうです。




