第19話 黒獅子の焦燥
今日王宮の鍛錬場を使用しているのは騎士団第二師団の面々であった。
そんな鍛錬場から屈強な男達の呻き声が沢山聞こえてきた。
そして、一人の男の怒鳴り声が響き渡る。
「次は誰だ!?こんな程度で、有事の際に最前線に立てると思うのか!?やる気のある奴はもういないのか!?」
そんなジークフリードの声に団員達は気力で立ち上がり向かい合う。
「副団長もう一度お願いします!」
「自分もお願いします!」
「同時にでも構わない。体力が残っていないのなら仲間と連携するなり頭を使って戦い方を考えろ!」
そんな、ジークフリードと団員達の様子を見ながら鍛錬場の入口から入ってきた団長のロッソはジークフリードへ声をかけた。
「おい、ジーク。俺の楽しみを取るんじゃねぇよ!
殆んど、使いもんにならねぇじゃあねぇか。
俺がつまんねぇ古狸共との会議をやっと終わらせて来てみりゃよ~…ったく…」
「お疲れ様です。
御前会議も団長の仕事じゃないですか。御自分の分の書類まで全部こちらに回しておいて何を言っているんですか。」
「俺は、机に座っているより体を動かしている方がいいんだよ。
お前は執務仕事好きだろ?」
「別に好きじゃないですし、自分も体を動かす事が好きですので。」
「何が、体を動かすのが好きだよ。むしゃくしゃしているのを、鍛錬の指導に全部ぶつけやがって、そんなんじゃ鍛錬にも何にもならねぇんだよ。
ほら、残りは俺がやるからお前は少し頭冷やしておけ。ったく、何あったか知らねぇけどよ?」
(つくづく自分が嫌になる…私的な苛立ちを仕事にぶつけて…)
「……団長…この後の昼休憩の時、私用で抜けても宜しいでしょうか?」
「……………ウェストン家へ行く為だろ?
午後からは、今朝の会議の書類作りだからなそれまでに戻ってこい。」
「………………。」
ジークフリードは何故ロッソが知っているのか訝しげな表情をした。
「どうして俺が知っているかって?今朝の会議前に義兄上からお前の今日の予定を聞かれた時にな。お前が今朝ウェストン家へ先触れを出していた事を言っていたんだ、あの人の情報量は底がねぇし、お前に対してはいつまでも過保護な方だからな。」
ニィと笑ったロッソは上衣を脱ぐと剣を手にした。
「フィーリア嬢と何があったか知らねぇが、あんまりモタモタしているといくら婚約しているからって言っても横からかっ攫われるぞ?取り敢えず、もうここは俺に任せてお前は身なりを整えたら早くウェストン家へ行け。」
「ありがとうございます。」
ロッソへ頭を下げ鍛錬場を出る。
『ジークの周りには温かい人達が沢山いるのね』そんなフィーリアの言葉が浮かんできた。周囲のお陰で今の自分がいるのだという事にジークフリードはずっと感謝してきた。あの日、宰相がジークフリードへ出した条件とはこのような環境を作れという事だったのだろうとも思った。フィーリアとの婚約を結ぶ条件に出されたけれどそれ以上に自分の事を考え進むべき道を提示してくれたのだとも感じた。宰相は幼い頃から自分の事を駆け引き無しで見守ってくれる数少ない人のうちの一人であったからだ。
(宰相も甘いな…それなのに俺は何をやっているのだろうか…)
ウェストン邸へ着いたジークフリードを対応してくれたのは執事頭のイアンであったが、レオンが言っていた通りフィーリアはやはり、会いたくないと言っているようであった。
また明日も来るという事をフィーリアへ伝えてもらうよう言伝て、持っていた花をフィーリアへ渡して欲しいと預けた。
ジークフリードは溜め息を一つ落としイアンに断りを入れウェストン家の厩舎へ向かった。
テッドに一目会いに行く為だった。
ジークフリードはテッドの首を撫でまた溜め息を一つ落とす。
「お前にも俺の思い上がりを怒られそうだな…」
テッドはジークフリードの心情を察したのか「ブルル」と鼻を鳴らして顔をジークフリードへ擦り寄せた。
「お前も俺に甘いな…慰めてくれているのか」
(何故、昔と変わらないと思っていたのだろうか…
離れている期間が長かった事をどうしてもっと危惧しなかったのだろうか…
もっと、しっかりと想いを伝えるべきだったのに…)
ジークフリードはフィーリアと久しぶりに再会したあの日、あまりにも美しく成長したフィーリアを前にして動揺してしまったのだ。それ故にぶっきらぼうな話し方になってしまい、フィーリアに対しては優しくする事も出来なかった。
再会してからフィーリアがあまり心からの笑顔を見せてくれなかった事も気が付いていた。その原因が自分ではないかとうすうす勘づき不安に感じていたのにも関わらず直視する事から逃げていた。
それから、時間を見つけては何度もウェストン家へジークフリードは訪れたがフィーリアと会う事が出来なく、焦燥感が増すばかりであった。
そして、今日もまたフィーリアに会えずジークフリードが帰ろうとしている時、声を掛けられる。
「あの…リトラル子爵様…」
「君は…」
ウェストン邸の敷地内にある鍛錬場ではこの家の護衛とプラチナブロンドを結い上げた小柄な姿の人間が剣を交えていた。
体格の大きい護衛の懐に入り剣を急所へ当て二人の動きが止まる。
「話で聞いていた以上の腕前だな。」
「ジ、ジークッ!?
どうしてここに…
ミアッ!貴女がジークをここへ連れて来たの!?」
先程ジークフリードへ声を掛けたのはフィーリア付きの侍女であるミアであった。
ミアは、ジークフリードをフィーリアが武術の鍛錬をしている鍛錬場へ連れて来たのだ。
「フィーリア様…差し出がましいかもしれませんが…逃げてばかりでは何もお変わりになりません。どういったお答えを出すにしてもお話をされるべきだと思います。
フィーリア様の言い付けを破ったお叱りは、後程なんなりと聞きますゆえ…」
「私は…」
「ミア感謝する。フィーと話す機会を与えてくれてありがとう。」
「いえ…勿体ないお言葉にございます。
私と護衛はあちらで控えておりますので何かありましたらお声掛けくださいませ。」
ミアと護衛が下がった後、ジークフリードとフィーリアは二人きりになった。
「フィー」
「……………。」
「少し俺の相手をしてくれるか?」
「相手?」
「ああ、手合いの相手。一切手加減はしなくていい。
フィーの実力を教えてくれ。」
「………わかったわ。」
そうして、2人で模擬剣を持ち向かい合い、剣の手合いを始めた。
小柄なフィーリアは身のこなしが軽く隙を作ると懐へ入ろうとする。かといってこちらが間合いへ入ろうとすると距離をとり、なかなか間合いに入る事ができなかった。
騎士団の団員と比べても遜色の無い程の実力であった。
ジークフリードがフィーリアの一瞬の隙をつき、剣で打ち合い力でフィーリアの剣を飛ばした。
フィーリアの息は上がっており、ジークフリードも珍しく額に汗を滲ませていた。
「ハァ……ジークはやっぱり強いわね…」
「いや…団長ではないが、フィーの力量を知って入団を薦めたいぐらいだよ。」
「本気で言ってるの?」
「ああ、フィーでなければ強引にでも入団させたな。
だけど、フィーは駄目だ。」
「…………どうして?」
「俺の婚約者だからだ。」
そんなジークフリードの言葉を聞いてフィーリアは軽く笑った。
「恥ずかしいから?
私が社交界でなんて言われているか、もう知っているわよ…
ハリボテの淑女だって…野蛮な令嬢だって言われているのよね?
そんな噂の令嬢を好んでくれる紳士はいなくて、ジーク貴方も無理矢理父様から頼まれたのでしょう?」
「本気でそう思っているのか?」
「そうだったら何なのよ!?」
「本気で自分の事を卑下するのなら俺は許さないからな!」
「どうして…ジークが怒るの!?ジークはこんな粗悪品を押し付けられた被害者でしょう!?」
「いい加減にしろ!!俺はそんな事を初めから思ってもいないし、そもそもこの話は俺から宰相へ願い出た話だ!」
「ジーク…から?」
フィーリアがジークフリードの言葉に反応したのとジークフリードがフィーリアを抱き締めたのは同時だった。
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