第18話 黒獅子の怒り
レオンはいつもの飄々とした調子で執務室へ入ると、ジークフリードの傍でビクビクしながらも仕事をしていたユーゴへ声をかけた。
「ユーゴおはよう。何?ジークずっとあんな感じなの?」
「おはようございます。出仕された時からずっとあのような調子で…何かあったのでしょうか…?」
「まぁ…ジークにとってはかなりな大事があったよね。
ユーゴ、こんな冷気が充満している空気感の部屋にずっと居られるなんて流石ジークを讃えているだけあるね。」
軽口を叩くレオンへジークフリードは鋭い視線を向け口を開いた。
「王太子殿下付きの執務官がこんな所へ何の用だ。ここは近衛騎士がいる第一師団の執務室ではないぞ。」
「声まで、怖っ。僕にまで八つ当たりしないでよ。
僕が出仕前にここへ来たのはフィーの返事を伝えに来たんだけど。」
「返事だと?」
「ジークが早朝に我が家へ送ってきた先触れの返事。
僕が邸を出ようかとしている時に丁度届いたんだよね。フィーから『会いたくないから来ないで』だって。少しイアン爺から聞いちゃった、フィーの態度の理由。」
「………………。」
「だから、あの時忠告したのに『婚約した事に満足していたら痛い目を見るよ』ってさ」
「……お前は、フィーが俺との婚約の事を政略結婚の為の婚約だと捉えていると知っていたのか?」
「そんな、はっきり知っていた訳じゃないけどさ、フィーの様子や言葉を聞いていたら相思相愛で婚約をしたっていう感じじゃなかったし、ジークのカトレア嬢との恋仲の噂は有名だったからね。」
「それは、ただの噂じゃないか。」
「内情を知っていればね?だけど、フィーはジークがカトレア嬢に近付いた理由も知らないし、周りから色々と言われていたら勘違いだってするんじゃないの?
フィーへこの婚約が決まってから求婚をした?
もしかして、子どもの頃の約束があるから大丈夫だなんて思ってないよね?」
「………………。」
「その顔、図星でしょう?
それにさ、ジークだって忘れてはいない筈だよ?君達が結婚の約束をしたっていう後すぐに何が起こったのか。
フィーがその辺りの記憶があやふやな事をジークだって知らない訳ではないよね?それとも、結婚の約束だけは忘れていないとでも思っていたの?」
「あの事件の事のせいでフィーが色々と記憶が混乱していた事はわかってはいたが…あの時からずっとあの日の記憶をなくしているのだと、再会してから端々で思い知らされてはいた。」
「ジークがあの事が起こった後すぐに会いに来られるような状態ではなかった事は知っているけどね…あの時は父上からもジークへフィーの様子を口止めされていたんだ…
フィーは怪我はなかったけど、眠っても魘されての繰り返しでそんな状態が一週間くらい続いてその後目覚めて普通な様子に落ち着いたのかと思ったら、あの日の事が頭の中からすっぽり抜けている状態だった。
そんな状態のフィーを見て父上や母上も、もちろん僕もだけどそれ以上あの事をフィーに聞く事を躊躇していてあの事件から今もしっかりと聞けていないんだ。
そんな中で、いくら大切な二人の約束だってフィーが覚えているかはわからないと思う。
そもそも、ジークはフィーと寄宿学院を卒業してから何年会っていなかったと思うのさ、寄宿学院に在籍している時だって殆んど家へ帰らず勉強をしていてその頃だってフィーと会ったのなんて数える程だったよね?もし記憶があったって疑心暗鬼になるよ?
ジークが騎士団へ入団してから余裕がなかった事もわかるけどね?父上の提示した条件を揃える事に必死だったのだろうから。」
「俺のいたらなさが一番の失態だ。」
「まぁ、それはフォローは出来ないかな?イアン爺でないけど、可愛い妹を泣かせたんだからね。これでも、僕も結構怒っているんだよ。
それで?フィーの返事通り今日会いに行く事は諦めるの?」
「会えなくたって、会えるまで何度でも通うさ。」
「そう?まぁ、健闘を祈るよ。ああなったフィーはかなり頑固だと思うけど。
じゃあさ、騎士団に入ってからフィーの手紙が届かなくなった事をジークから問われても父上から当たり障りない事を言えって言われていてフィーにその理由を聞いてあげなかった謝罪の意味も含めてそんなジークにこれあげる。」
そうレオンは言うと一枚の封筒をジークフリードの前に指で挟みながら見せた。
「………今さらだがとんでもない事を聞いたような気もするが…何だこれは?」
「ジークがさらに機嫌が悪くなって激怒するもの。」
「は?」
レオンはジークフリードに寄り耳許で小声で話した。
「昨日の夜会にフェルナンデスが出席する事は伯父上に確認していて知っていたんだ。カトレア嬢のお茶会からフィーに目を付けていた事はフィーの話でもそれとなく勘づいたけど、護衛として付いていたミアからの報告でフィーを狙っているって確信を持ったから、昨日の夜会の間我が家の影をフェルナンデスの近くへ付けていて、その影からの報告。」
ウェストン家には影とウェストン家の人間が呼ぶ諜報活動も行う暗躍人が数人いる。表向きは周囲の人間には気が付かれる事もなく対象者の事を調べる人間である。その影を知り扱う事が出来るのは当主と限られたウェストン家の人間だけで、そのうちの一人が嫡男のレオンであった。影の存在をウェストン家の人間以外で知っているのは国王陛下とレトリアル公爵そして、レオンと昔からの仲でありウェストン家とも昔から関わりのあったジークフリードであった。
「報告?」
「フィーとダンスを踊る時から二人きりになった時の会話を読唇術で読みとったものだよ。
だけど、この報告書をジークへ渡すには条件がある。フェルナンデスはあんなんだけど、公爵家の嫡男で王妃様の甥である事は忘れない事。感情はコントロールする事を誓う事。」
「レオン?」
「この報告をうけて僕でさえ、あいつへ殺意を持ったから。」
怒りを滲ませたレオンの表情を見てジークフリードの周りの温度がさらに下がったように近くで二人の会話の邪魔にならないよう控えていたユーゴは感じた。
ジークフリードは封筒をレオンから受け取るとすぐに中を確認し始めた。
そんなジークフリードに目を向けつつレオンがユーゴへ問う。
「この後のジークの予定は?」
「あの…今日は定期的な団員への指導の予定になっていますが?」
「怪我人が出ない事を願っておくよ。」
「何ですか?あの書面は…」
「ん?ジークの怒りのもと?
僕は自分の仕事へ戻るから、後はユーゴに任せたよ!」
そう、ユーゴの肩を叩いてレオンは扉から出ていった。
ユーゴが視線をジークフリードへ戻すと先程よりもさらにジークフリードの纏う空気が急降下した事がわかって、ユーゴ自身背筋に変な汗が流れ落ちていく事がわかった。
「ユーゴ。書類整理は片付いたから団長の部屋に全て届けておけ。それが終わったら鍛錬場へ団員を集めろ指導を始める。」
「団長のお戻りをお待ちしなくても大丈夫ですか?」
「構わないから早く集めろ!」
「は、はいっ!!」
ジークフリードの指導は団長であるロッソの指導とはまた異なる厳しさがあった。だが、技術は申し分なく的確な指摘があるので厳しくとも団員から指導を求める声は止まなかった。そんなジークフリードの後輩であるユーゴはこの第二師団へ配属になりジークフリードと相対した時からジークフリードの才能に惹かれ尊敬をし少しでも近付けるように自分の技術を磨いた。そんなユーゴの才能と真っ直ぐな心根を見抜いたジークフリードはユーゴを傍に置くようになったのだ。
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