第12話 お茶会
数日後、フィーリアはリントン家へ馬車に乗って向かっていた。
結局、今日の護衛は下手に男の護衛を付ける事は相手の不信感を与える事にもなるので、フィーリア専属の侍女でもあるミアが付く事になった。フィーリア自身の武術の腕が立つ事もあるのと、フィーリア程ではないがフィーリアと一緒に侍女でありながらも武術を学んでいるミアも下手な貴族子息よりも武術の腕が立つので、今日の付き人として選ばれたのだ。
フィーリアにとっても気心知れているミアが一緒で初めてのお茶会の参加で緊張している中、安心する事が出来た。
後は、先日の舞踏会の時のように相手の言葉に反応して感情を出してしまうというような失態を起こさないよう気持ちを引き締めた。
そして、今日のお茶会にも結われた髪に先日のデビュタントの時にジークフリードから贈られた髪飾りを付けてきていた。少しでも初めての一人での社交に勇気が持てるようにと思って髪を結う時にミアに付けて貰ったのだ。そっと、指先を髪飾りに触れる。
(……大丈夫…今回は失敗しない…)
リントン家は、現王妃の生家である。現王妃は現リントン公爵の妹であるので、王太子であるクリストファー殿下とカトレアは従兄弟になる。そういう背景もあり公爵家の中では王弟殿下であったレイサレル公爵と同等の力を持っている家柄であるがそれは表向きであり実質はレトリアル国の貴族の中で一番力を握っている家であるのがリントン公爵家であった。
リントン家へ着いたフィーリアをリントン家の執事が中庭へ案内してくれた。中庭ではもうすでに数人の令嬢方が集まっておりお茶会が始まっているようであった。
執事がカトレアへフィーリアが到着した事を告げると笑顔のカトレアがフィーリアの元へ来た。
「フィーリア様、我が家のお茶会へお越し頂きありがとうございます。」
「いえ、カトレア様この度はお茶会へご招待頂きありがとうございます。遅くなり申し訳ありません。」
「先程始まったばかりですのでお気になさらないで、皆様来られるのが早かったのですわ。」
フィーリアは、招待状に記されていた時間よりも早めに着くように出立したのだが、それよりも早くに他の招待客が全員集まっている事になんとも言えない気持ちになったが、笑顔で話を続けた。
今回のお茶会の招待客には、先日の舞踏会でのお詫びもあるせいなのか、あの時の二人のご令嬢はいなかった。
カトレアから参加している令嬢方へフィーリアの紹介があり席へ着いたがフィーリアの知らない話が延々と続いた。そんな話を笑顔を崩さず聞き役に徹しながら時間が過ぎていく。
そんな時、先日の舞踏会でのジークフリードの話になった。
「先日の王宮での舞踏会でのカトレア様とリトラル子爵様のダンスは見惚れましたわ。」
「本当にお二方よりお似合いの方々などいらっしゃらないですわね。」
「ありがとう。でも、ここでそのお話を始めるのは失礼よ?」
「あら…ごめんなさい。リトラル子爵様はフィーリア様とご婚約をお結びになさったのでしたわね?」
「いえ…気にしておりませんので…」
カトレアから指摘された令嬢が、ここに自分がいる事をわかっていながらその話題を出した事は明白で白々しい謝罪のようにフィーリアは感じた。それでも、そんな感情をグッと抑える。
「ジークフリード様とフィーリア様は幼馴染みと伺いましたわ。王宮にいらっしゃった頃から親しかったのかしら?」
カトレアが柔らかい笑みを浮かべてフィーリアに問う。
「ええ…王妃様と母が親しくさせて頂いていた事もあって時々母と兄と一緒に王宮へ招待して頂いておりました。その頃に王太子殿下やリトラル子爵様と兄が歳が近いこともあって私も交えて交流をさせて頂いた事があります。」
「そうでしたのね。私もよく王宮での王妃様のお茶会に呼ばれていましたの。その頃からジークフリード様はとても凛々しいお方でしたわね。何事にも秀でていらっしゃって素晴らしいお姿はお小さい頃からでしたもの。同じお茶会にご招待頂ければ私達ももっと早くから仲良くできましたのにね?」
カトレアに笑顔で頷いてみせながらカトレアの言葉に少し違和感を感じた。朧気に覚えている王宮にいた頃そしてレトリアル家に来たばかりの頃のジークフリードは何事にも秀でている事は確かに幼い頃からではあったが、佇まいが凛々しいというよりも、何処か儚い雰囲気があり綺麗な整った顔とその雰囲気に天の神様がいつか天へ連れていってしまいそうな今にも消えてしまいそうなそんな儚げな姿のようにフィーリアは感じていた。今の凛々しい姿からは程遠く感じたのだ。それとも、そう自分が感じていただけで他の人はその頃から凛々しいと見られていたのだろうかとも思った。
しかし、フィーリアが確かに覚えているのは優しくて大好きなジークフリードが自分の前から居なくなってしまうような不安が大きくてその頃何度も『ジークっ!私を置いて何処へも行かないで!』とジークフリードに言ってはジークフリードが何処へも行かないように腕にしがみついたり、手を離さなかったり離れる事をしなかった自分。その度にジークフリードは困った表情を浮かべながらも『ずっと、フィーの傍にいるよ』といつも優しい口調で言ってくれていた。
疎外感を少々感じながらのお茶会は特に何か起きる事もなかった。時々他の招待客の令嬢方から嫌味とも取れるような言葉をかけられ、それをカトレアが窘めるような場面が何度かあった頃中庭へ一人の人物が笑みを浮かべながらやってきた。
「やぁ、皆さん今日は妹のお茶会に集まってくれてありがとう。」
その人物を見て出席している令嬢方が色めき立った事がわかった。
「お兄様どうなさったの?もう、帰ってこられたの?」
「そうなんだ。今日は早めに帰って来られてね。
おや?珍しいお客さんがいるじゃないか?カトレアは彼女と知り合いだったのかい?」
「先日の舞踏会の時に、私のお友達が不慮の事故とはいえ失礼な事をしてしまって、お詫びといっては失礼でしたけど、招待させて頂いたら快く参加してくださったの。
フィーリア様、こちらは私の兄ですの。」
「お初に御目にかかります。リントン公爵家嫡男のフェルナンデス・リントンと申します。」
フェルナンデスはフィーリアの手を取ると手の甲に唇を寄せた。
紳士の令嬢に対しての挨拶であるという事はフィーリアも知っている。しかし、甲へ唇が触れた瞬間フィーリアは何か嫌な感覚を感じた。
「はじめまして。ウェストン侯爵家の長女であります、フィーリア・ウェストンと申します。カトレア様には色々とお気遣い頂いており感謝しております。」
カトレアの兄であるフェルナンデスは赤茶の髪色にカトレアと同じように少しつり上がった茶色の瞳で背はフィーリアの兄のレオンよりも少し低いぐらいだった。ジークフリードやレオンよりは見劣りはするもののそれでも整った風貌であった。フェルナンデスは人好きのする笑みをフィーリアへ浮かべる。
「いや、兼ねてからお噂には聞いていましたが、本当に美しい方でありますね。レオン殿もこんな美しい妹君がいる事を自慢しないなんて勿体ない。
フィーリア嬢。これからも、カトレアと仲良くしてくださいね。何かありましたら私に何でも相談してください。」
「あ、ありがとうございます……」
フィーリアの手を取っているフェルナンデスは挨拶のキスを落とした後もフィーリアの手をなかなか離してくれない。その事に、フィーリアはどんどん不快感が大きくなっていく。
自分のファーストネームを断りも無しに呼ばれている事も拍車をかけた。
「あ、あの…」
「白くて美しい手ですね。ですが…この剣を握っているとわかる淑女にはない幾つも皮膚が固くなっている掌…武術を嗜むという事はお噂だけではないのですね?それも、嗜む程度ではなく本格的におやりになっているのでは?」
「リントン様…何を…」
フェルナンデスはじっとフィーリアを見つめながら笑みを浮かべた。
「フェルナンデスとお呼びください?フィーリア嬢。
私なら、貴方に剣など握らせなくとも、毎日館でこのような茶会を開く事も好きなドレスや宝石を与える事も厭わないし苦労はさせませんよ?
貴女はあの方には勿体ない…」
フェルナンデスの言葉を聞いてフィーリアの手は震えていく。
「リントン様あの…私には婚約者がおりますので。」
「フェルナンデスとフィーリア嬢には呼んで頂きたい。婚約者のリトラル子爵殿の事は知っていますよ。先日の舞踏会でのお二人のお姿に貴族の間ではその話題で持ち切りですからね。
ですが…フィーリア嬢、貴女をあの方のお飾りの妻にしてしまうのは勿体ないと、そう私は思ったのですよ。」
「あの……」
フェルナンデスの言葉にフィーリアは何ともいえない思惑を感じ不安を覚えた。そして、フェルナンデスの笑顔は彼の考えが全く読めないとフィーリアは感じた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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フィーリアのぐるぐるな後向きのような考えや鬱々とした話の流れにストレス展開すみません…もう少しこんな展開が続きます…




