第10話 獅子王
フィーリアとジークフリードは馬車停めまで王宮の長い回廊を無言で歩いていた。
そんな時、数人の貴族達が今日は開放されている足元灯だけが点灯している薄暗い庭園で話している声が聞こえてきた。
「ジークフリード様が夜会へ出席されるのは久しぶりであるな。」
「ああ、それに王宮へ来られているお姿を見るのは功労会以来ではないか?しかし、功労会もすぐ退席なされてしまったからな。」
「先の戦での活躍は見事なものだったらしいぞ。軍師が唸る程の案を出されたり、相手側と対峙した際は先陣をきられ、我が国軍の被害は殆どなかったらしい。流石、黒獅子の二つ名は名ばかりではないな。」
「我が国の建国者であり初代王である獅子王の再来と言われるお方だからな。
お姿をとっても御髪こそ黒髪であるが、あの獅子王と言われたアシュレイベルト様と全く同じである金と赤の瞳はここ数百年誕生される事はなかったとの事であるし、お姿だけでなく何事にも秀でていらっしゃる実力はやはり獅子王のお力をお引き継ぎなさったのだろう。」
「母君様の身分さえもう少し高ければ、第二王子とはいえ王太子のお立場も手に出来たかもしれないのだ。実に勿体無い…獅子王の力を持った王子を臣下に下すなど…黒獅子と言われるジークフリード様が玉座にお座りなられたら、この国はもっと安泰であっただろうに…」
「おいおいその言葉は誰かに聞かれでもしたらまずいのではないか?」
「舞踏会が始まったばかりのこんな時間に、この場所を通る者もおるまい。それに、内心そう思っている人間が殆どだ。」
「それにしても、宰相殿は上手くやりおったな、黒獅子様とウェストン家の天使と名高いご息女との婚約を結ばせるとは…何を企んでいるのやら…」
貴族達の会話を聞いてしまい立ち止まっているジークフリードへフィーリアが目を向けると、ジークフリードの握られた拳はとても力が入っていた。
フィーリアの視線に気が付いたジークフリードはフィーリアの手を取ると静かにまた足を進める。
フィーリアはジークフリードが『黒獅子』と貴族の間で呼ばれている事を今、初めて知った。
初代王が獅子王と言われている事はこの国の歴史を学んだ時に知っていたが、その瞳がジークフリードと同じであるという事も今日初めて知ったのだ。
フィーリアは、自分が想像している以上のものをジークフリードが背負っている事に改めて気が付いた。そして、王宮へ来る前のレオンの言葉を思い出す。レオンはジークフリードが王宮へ行く事をとても気にしていた。レオンはこのジークフリードを取り巻く状況を知っていたのだと気付き、知らなかったのは自分だけなのだと思い知りフィーリアは焦燥感を覚えた。
カラカラと車輪の音が馬車内に響く。
帰りの馬車でもミアは御者台に乗ったので、馬車内にはフィーリアとジークフリードの二人きりであった。しかし、二人とも言葉を発する事もなく馬車が走る音ばかりが響いていた。
馬車が暫く走った時、ポツリとジークフリードが話し始めた。
「折角のデビューの舞踏会であったのに…悪かった。」
「どうして、ジークが謝るの?ジークは、悪い事なんて何もしていないじゃない。」
「……それでも、俺自身もっと考えて動くべきだった。」
「私の方こそ…私…何も知らない世間知らずで…
ジークの事も何も知らなくて…」
「……俺が貴族の間で、黒獅子…と呼ばれている事か?」
「あの…うん……」
「ただの貴族の戯れ言だ。死んだ人間の再来などある訳がない。俺も他の人間と同じただの人間だよ。初代王に似ているといってもこの瞳の色だけだ。確かにオッドアイ自体珍しいものだが、ごく少数でもオッドアイの人間は他にも存在する。その上で血筋に赤と金の瞳の人間が居ればこのような配色になりえる事なんだ。それを、初代王と同じ色だからと周りが騒ぎたてるから…」
「うん…私にとってはジークはジークでしかないから…
それに私はジークの瞳、朝日や夕日の太陽やお月様の色とそっくりで綺麗だと思うし好きよ?
それに、ジークの瞳は優しいもの。」
そんなフィーリアの言葉を聞いてジークフリードの表情が和らいだ。
「昔と同じ言葉を言ってくれるんだな」
「昔?」
フィーリアは首を傾げ何の事かわからないような表情を浮かべる。
フィーリアのそんな様子ににジークフリードは寂しげに瞳を揺らした。
「……そうか…そうだったな…
いや…この色が太陽や月って…フィーらしいたとえだよ。
……ありがとう…」
ジークフリードは少し複雑な表情を浮かべ言い直す。
だがフィーリアはそんなジークフリードの態度に深く考えもしなかった。その事よりもジークフリードの柔らかな表情と『ありがとう』と言ってくれた優しい声に胸がいっぱいになった。好きという気持ちが溢れてくるのを必死に抑え込む事でいっぱいであったからだ。
ジークフリードと婚約している今、このまま何もなければ想いを寄せている彼と結婚できる。そんな甘い囁きがフィーリアに聞こえてきた。
あんなにも動揺した婚約する事を聞いたあの日…ジークフリードに対してひねくれた返ししか出来なかったのは素直になれなかったからだ。ジークフリードの想い人に対しての嫉妬もあったのだろう。
いくら自分が想いを深くしても届ける事の出来ない想い…その虚しさ…ジークフリードに想い人がいると知った時、淡い初恋は悲痛な心の痛みをフィーリアに与えて消え去っていった。そう思っていた。あの日までは…。
それが今は反対にジークフリードが手に入る立場にいる。しかし、手に入ったとしてもジークフリードの心はけして手には入らない。しかもフィーリア自身が感じていた想っていても想いを伝えられない虚しさをジークフリード自身、そしてジークフリードと想い合っている相手にも感じさせてしまう事になる。
(……私は…どうしたら…良いのだろう……どんどん自分が嫌な人間になっていく気がする…)
フィーリアが胸の苦しみを感じている中、二人が乗った馬車はウェストン家へと走っていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
ブックマークもありがとうございます!
少しずつ読んでくださる方が増えているようで感謝です!
ようやく、10話目でタイトルの『黒き獅子』に少し触れる事が出来ました。
『黒獅子』って何?と思われていた方々1話目でわかるようにしなくてすみませんでした。
これから、この『黒獅子』の名もお話に色々絡んでいく予定です。




