第58話 空き箱は、空っぽで帰らない
第七部第57話では、前の町でまとめた三冊の記録を持って、隣の町を訪れた。
同じ方法を導入する前に、まずその町で何が起きているのかを確かめる。
そこで見つかったのは、荷物を届けたあと、空き箱や返品を回収するために別の車が走っているという問題だった。
店によって、返す物を準備できる時間が違う。
配送会社には、回収する荷物の種類や行き先による制約がある。
近くの店同士でも、条件は同じではなかった。
そこで町は、納品を終えた配送車の帰り道を活用できないか、試すことにした。
ところが、空いている車に荷物を積めば解決するほど、単純な話ではなかった。
「……空き箱って、意外と邪魔だな」
俺は商店の裏口で、積み上げられた箱を見上げた。
中身は空っぽ。
なのに、通路の半分近くを占領している。
「これ、荷物を届けた車が帰りに持っていけばいいんじゃないか?」
我ながら名案だと思った。
しかし、配送会社の担当者は、箱の横にしゃがみ込むと首をかしげた。
「この箱なら相談できます。ただ、あちらは難しいですね」
「あちら?」
指さした先には、別の会社の名前が入った箱と、返品予定の商品が並んでいた。
「……全部、空き箱とか返す荷物じゃないのか?」
『空っぽでも、行き先まで空白とは限らない』
AIが言った。
「今日は、箱にも事情があるって話かよ」
『人間だけではないようだな』
「何でちょっと得意げなんだ」
どうやら、帰りの荷物にも面倒な事情があるらしい。
第1節 「返す物」で、ひとまとめにしない
「まず、種類を分けてみましょう」
配送会社の担当者が提案した。
店の人たちと一緒に、裏口の荷物を確認する。
返却先が決まっている通い箱。
仕入れ先へ返品する商品。
店で資源回収に出す段ボール。
見た目は似ていても、扱いは違う。
「……俺、全部まとめて持って帰ればいいと思ってた」
商店主が苦笑した。
「置いている私たちも、忙しいと一緒に積んじゃうんですよ」
担当者が返品商品を指さす。
「こちらは返品の確認が終わっていません。それに、この箱は別の会社が回収する決まりになっています」
「じゃあ、うちの配送車には積めない?」
「現状の契約や回収先を確認しないと、引き受けられません」
俺は腕を組んだ。
「車に空きがあっても、好きな物を積めるわけじゃないんだな」
『積載スペースと、運べる条件は別の問題だ』
「しかも、積み方によっては安全面も関係するか」
『そのとおりだ』
荷物の持ち主。
返却先。
回収できる時間。
積載条件。
俺は白い紙に書き込んだ。
「箱の数を数える前に、確認することがこんなにあるとはな……」
『中身が空でも、条件は詰まっている』
「……それ、今考えたのか?」
『少しだけ』
「変なところで成長するなよ」
思わず笑ってしまった。
第2節 準備を早めたら、開店が遅れる
「だったら、回収する箱だけ朝までにそろえればいいんじゃないですか?」
店長の一人が提案した。
「私が少し早く来て、準備しておけば――」
「ちょっと待った!」
俺は反射的に口を挟んだ。
店長が驚いた顔をする。
「えっ、何ですか?」
「その『少し早く来れば』って、前の町でも聞いたぞ」
『配送時間の調整で、店長の休憩時間が削られかけた』
AIが補足する。
「そうそう。それに、建物の電気を見直したときも、確認作業が増えてたんだよな」
誰かが少し無理をすれば、仕組みは動く。
でも、その無理が毎日続いたらどうなる?
「回収のために早出したら、結局、店の負担が増えるだけじゃないか?」
店長は少し考え込んだ。
「でも、朝までに用意しないと、車が来てしまいますよね」
すると、配送会社の担当者が口を開いた。
「当日出た箱まで、無理に回収する必要はないかもしれません」
「どういうことですか?」
「前日までに準備できた分だけを、納品後に持ち帰るんです。もちろん、返却先や積載条件を確認したうえでですが」
俺は思わず手を打った。
「なるほど! 全部一度に片づけようとしなくてもいいのか」
『回収する側の都合だけで、店の作業時間を決めないということだ』
「それなら、無理せず始められそうだな」
店長も、ほっとしたようにうなずいた。
町は、回収できる箱を置く場所を決めた。
準備と確認が終わった箱だけに、札をつける。
札のない荷物は、勝手に持っていかない。
「これなら、どれを持っていっていいか分かりますね」
「ただし、札だけで全部の確認が済むわけではありません」
配送会社の担当者が念を押した。
「最終的には、回収先や積み込みの条件も確認します」
「分かってますって」
俺は笑った。
「空き箱一つ運ぶのに、こんなに気を使うとは思わなかったけどな」
第3節 雨の日、箱が道をふさぐ
最初の試運転は、思ったより順調だった。
納品を終えた配送車に、準備済みの通い箱を積み込む。
店の人も、予定していた作業の中で引き渡せた。
「おお、いい感じじゃないか!」
俺は積み込みの様子を見ながら言った。
『まだ初日だ』
「分かってるよ。今日くらい喜ばせろ」
ところが翌日。
空には、朝から雨雲が広がっていた。
商店の裏口へ行くと、準備済みの箱が屋根の下に集められている。
「濡れないようにしてくれたんだな」
俺が感心した、その直後だった。
「すみません! 台車が通れません!」
配送担当者の声が響いた。
「えっ?」
振り返ると、箱が搬入口の通路を狭くしていた。
荷物を載せた台車が、そこで立ち往生している。
「……あっ」
『帰りの荷物を優先して、行きの通路をふさいだ』
AIが指摘する。
「何か、毎回こういう落とし穴があるな……」
『一つの作業だけを改善すると、別の作業に影響が出ることがある』
俺たちは店の人と協力して、通路をふさいでいた箱を移動させた。
「回収のために集めた箱が、納品の邪魔になるとはな」
配送担当者が苦笑する。
「これでは、積み込みの時間が短くなっても意味がありませんね」
「しかも、急いで運ぼうとして事故でも起きたら大変だ」
施設の担当者も、周囲を確認しながらうなずいた。
「避難や搬入の動線は確保しておきましょう」
そこで、箱の仮置き場所を見直した。
通路に物を出さない範囲を決める。
置き場に収まらない日は、無理に回収分を集めない。
雨の日の運用も、別に確認する。
俺は地面に示された通路の境界を見つめた。
「……一台にまとめようとして、裏口を詰まらせたら本末転倒だな」
『効率化は、安全や使いやすさを犠牲にしてよいという意味ではない』
「はいはい。よく分かりました」
俺は赤い字で記録を残した。
――回収のための置き場が、搬入経路を妨げた。
最初から全部うまくいくわけじゃない。
ただ、今回の失敗は、早いうちに見つかってよかったと思う。
第4節 空の帰り道に、まだ答えはない
数日後。
試運転の結果を確認するため、関係者が集まった。
「準備済みの箱を、納品後に持ち帰れた日がありました」
配送会社の担当者が報告した。
「別の回収便を出さずに済んだ日もあります」
「おっ、それはいいじゃないか!」
俺は身を乗り出した。
「じゃあ、燃料も減ったんじゃないか?」
担当者は手帳を開いた。
「そこは、まだ確認が必要です」
「……だよな」
『先に答えが分かるようになったな』
AIが言った。
「最近のお前のせいで、何でも疑う癖がついたんだよ」
『確認する癖と言ってほしい』
「物は言いようだな……」
担当者が、記録を見せてくれた。
持ち帰れた箱の数。
別の回収便が不要になった日。
車に積めなかった日。
返却先が異なるため、回収できなかった箱。
置き場の都合で見送った回収。
「これだけでは、まだ足りませんね」
俺が言うと、担当者はうなずいた。
「はい。回収車が別の場所で走っていないかも確認します。戻りの経路全体で、燃料使用量がどう変わったかを見たいんです」
『配送全体の走行距離、燃料、積載状況を比較する必要がある』
「店の人が早出したり、積み込みに余計な時間がかかったりしてないかも、だよな」
『そのとおりだ』
俺は少し笑った。
「……ようやく、考え方が身についてきた気がする」
『少なくとも、初日に花丸をつけることはなくなった』
「それは言わなくていい!」
会議室に、小さな笑いが広がった。
俺は白い紙に、最後の一行を書いた。
――帰り道を活用する前に、荷物の条件を確かめる。
車に空きがあるからといって、何でも積めるわけではない。
そして、車の燃料が減っても、そのために人の時間や安全を犠牲にしてよいわけではない。
「よし。あとは、数字がそろってから判断だな」
『それが妥当だ』
「今回は、俺たちが全部追いかけなくても大丈夫そうだし」
担当者がうなずいた。
「こちらで集計を続けます。結果が出たら共有しますよ」
「お願いします」
俺は頭を下げた。
商店の裏口を通りかかると、以前は箱でふさがっていた場所が空いていた。
そこを、荷物を積んだ台車がすいすい通り抜けていく。
「……空き箱がなくなると、ちゃんと空き場所ができるんだな」
『その空き場所を、別の荷物で埋めるなよ』
「今、言おうとしたことを先に止めるな!」
思わず笑ってしまった。
だが、そのときだった。
通りの向こうを、大型の燃料輸送車が走っていった。
俺は、その車を目で追った。
「……なあ、AI」
『何だ?』
「俺たち、ずっと車の走り方を見てきたよな」
『そうだ』
「でも、その車が使ってる燃料を、どこから持ってきてるかは、あまり見てない」
『燃料は、採掘や精製、輸送を経て供給される』
「だよな。しかも、燃やしたらCO₂が出る」
『化石燃料の場合はそうだ。燃焼によるCO₂排出に加え、採掘や輸送などの過程でも温室効果ガスが排出される』
俺は遠ざかる輸送車を見つめた。
「……車を一台減らす話から、ずいぶん遠くまで来たな」
『まだ、供給側をほとんど見ていない』
「だったら、今度こそそっちを見に行こうぜ」
町の中で、車をどう走らせるか。
その先には、何を燃やして走っているのかという問題がある。
そして、その燃料は、地球のどこから来ているのか。
俺たちは、まだその全体を知らなかった。
第58話では、納品を終えた配送車で空き箱を持ち帰る試運転を描きました。
空き箱、返品商品、段ボールは、すべて同じ条件で回収できるわけではありません。返却先や契約、積載条件を確認し、引き受けられるものから試す必要があります。
また、配送を効率化しようとして店の早出が増えたり、箱が搬入口をふさいだりすれば、新たな負担や危険が生まれます。
今回、別の回収便を出さずに済んだ日もありましたが、それだけで燃料使用量や温室効果ガス排出量が減ったとは判断できません。
配送ルート全体の走行距離、燃料使用量、積載状況、そして現場の作業負担を比較する必要があります。
一部分の効率化が、全体の改善につながっているか。そこまで確かめて初めて、成果を評価できます。
そして、地域の物流改善の話には、ここで一区切りをつけます。
次回からは、車をどう走らせるかという問題から、その車を動かす燃料がどこで生まれ、どう運ばれ、どのように地球温暖化へ関係しているのかという問題へ進みます。
化石燃料の採掘、精製、輸送、燃焼。
その先には、地球の炭素循環と人間のエネルギー活動の関係があります。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)
校正・文体調整:G(ChatGPT)




